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2020.03.17

ワーキング・ペーパー(20-002E)「債務リストラクチャリングの不在と債権者の信頼性:不良債権の理論(Lack of debt restructuring and lender's credibility - A theory of nonperforming loans -)」

本稿はワーキング・ペーパーです

 企業や家計は、不運が続いたときや、金融危機時において、支払い可能なレベルを超えた債務を背負ってしまうことがある。しかし、債務リストラクチャリング(債務減免)にはかなりの時間や労力がかかる。教科書的な経済理論では、債務減免は瞬時にコストなしで完了すると仮定していて、債務減免がすぐにできない場合(つまり債務が過剰債務になった場合)に何が起きるかを分析した研究は少ない。過剰債務(債権者からみれば不良債権)があると、債権者と債務者の間に相互不信が生まれ、その結果、債務者の事業活動が非効率になる。本論文ではそのメカニズムを分析する。

 たとえば、銀行に1億円の借金があるが、100万円の返済能力しかない債務者がいたとしよう。この債務者は過剰債務を背負っていることになる。

 もともとの返済計画(毎年1千万円ずつ10年で返済する計画)が守れないことは、銀行も債務者も、理解している。二人は、今後、どうするべきかを交渉するが、銀行が何らかの案を債務者に対して提案するものとしよう。銀行が「額面1億円の契約上の債権を100万円まで大幅に減額する」という正式な債務減免をすれば、それがもっとも効率的である。その場合、債務者は自分のビジネスを続けて100万円を返し、その後は借金から自由になれる。

 しかし、銀行が何らかの理由で額面1億円の契約を変更できない状況にあるとする。このとき銀行は「(契約上の債権1億円は変更しないが)100万円さえ返してくれたら、それ以上は返済を要求しない」と債務者に提案するかもしれない。このとき、債務者は自分のビジネスを続けて、その収益から100万円を返済するだろうか?

 そうはならない、のである。

 銀行が「100万円さえ返してくれたら、それ以上は要求しない」と提案したときに、債務者は次のように予測する。自分が頑張って100万円を返したら、そのあとで、銀行は「契約上は、あと9,900万円の借金があるのだから、やはりあと100万円を追加で返してくれ」と言い出すに違いない。追加で100万円を返しても、さらに100万円を要求されるだろう。すると借金をいくら返しても、いつまでたっても借金から自由になれないだろう。つまり「『100万円さえ返してくれたら、それ以上は要求しない』という銀行の提案は信用できない」と債務者は判断する。

 債務者はこう判断するので、最初の100万円すら返すのもバカバカしくなって自分のビジネスを続けるのを止めてしまう。結果的に、銀行は最初の100万円も回収できなくなってしまうのである。

 この例が示しているのは、契約上の債務(1億円)が減免されないときには、銀行が示す返済案(「100万円さえ返してくれたら、それ以上は要求しない」)を債務者が信用できなくなる、ということである。債務者が銀行を信用できなくなることで、債務者のやる気が削がれ(債務者が疑心暗鬼になり)、経済活動が非効率になる。

 我々の理論では債務者が疑心暗鬼になって意欲を失う点で、信用収縮やデット・オーバーハングなどの既存理論(銀行が疑心暗鬼になって貸出の供給を減らし、経済に非効率が発生する理論)とは異なる。また我々の理論では、債権者の利得は、契約上の債権額とともに当初増加するが、債権額がある値を超えると減少に転じる(債務ラッファーカーブ)。

 過剰債務の債務者が意欲を失うことや債務ラッファーカーブの存在は、現実の不良債権のエピソードにも合致すると思われる。バブル崩壊後の日本や、現在の欧州の停滞を理解するうえで、不良債権のもたらす弊害を理解することは重要である。この点に関して、本論文では「過剰債務(不良債権)の債務者が、銀行の提案を信頼できなくなる」ことが経済に非効率をもたらす要因となっているのではないか、という論点を提起した。



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