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2019.05.07

統計の将来

  • 吉川 洋
  • アドバイザー
    吉川 洋

 厚生労働省の毎月勤労統計に端を発した「統計不正」の問題は、国会で大きな議論を巻き起こし、新聞でも毎日のように大きく報道されることになった。時を追って明らかになった事実を知ると、今やわが国の統計には大問題あり、と誰しも思うに違いない。

 2001年から06年まで省庁再編により新たに誕生した経済財政諮問会議の民間議員を務めた私は、その関係で06年小泉内閣最後の仕事の1つとなった統計法の改正に携わった。法律改正に向けて05年から内閣府に設けられた統計制度改革検討委員会は、かなりの頻度で会議を開き統計制度が抱える問題を多面的に検討したが、私はこの会議の座長を務めた。

 改正前の旧統計法の下では、統計はそれぞれの役所が自らの業務の遂行に資することを目的としてつくるものだった。したがって当時は、整備が著しく遅れていた観光はじめサービス関係の統計が不足しているからつくるべきだとか、逆にこうした統計は時代の変化の中で役割を終えたからもはや不要だろうとか言うことは、所管する役所以外他の役所ですら誰も言うことができなかったのである。時代に即応した統計の整備に向けた体系的なリストラが不可能だった。

 一方で世界に目を転じると、先進国では着々と統計の整備が進んでいた。数々の悩みを抱えながらもアメリカは、今でも学界と政府がしっかりスクラムを組んだ統計先進国である。ヨーロッパでも欧州連合(EU)創設以来、一段と統計の整備が進んだ。EU内では様々な補助金や負担が各国に割り振られるが、それらはいずれも統計に基づいて決まる。各国の統計がしっかりしていなければ、EUは成立しない。こうした中で気づいてみると、日本は先進国に大きく水をあけられていたのである。

 60年ぶりとなった改正によって成立した新しい統計法では、第1条で公的統計は「国民にとって合理的な意思決定を行うための基盤となる重要な情報である」と規定している。統計の体系的整備が政府の役割として明確に位置付けられた。それに伴い「司令塔」として内閣府に統計委員会という組織が新しくつくられた(数年前に総務省に移行)。

 しかしそれから10年あまり、当時統計法の改正に携わった多くの人の夢は、まさに夢と消えた。たしかに、統計にかかわる予算・人員の不足が今回の問題の背景にはある。05年6000人ほどいた国の統計職員の大半は農林水産省だった。さいわい当時の農水省の幹部は開明的な人で、統計職員を自省から他省の統計部門へ配置転換することに同意してくれた。しかし、そこで待ったをかけたのが行政改革担当大臣だった。結局、統計職員は純減し、現在は2000人を下回っている。

 統計は国の鑑である。国が栄えるとき必ず統計の整備は進む。逆に、国が衰えるにしたがって統計は綻ぶ。古代律令制のピークであった奈良時代に人口統計の整備が最も進み、平安時代に入りそれが綻んだことは、このことを象徴するものである。今回の問題の本質は、政府が統計を軽んじていることだ。これは時代を象徴するものなのかもしれない。