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2020.06.04

「パンデミック後」は来るか

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2020年5月28日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 新型コロナウイルスの緊急事態宣言は漸(ようや)く全面解除されたが、過去2カ月自宅勤務が続いた筆者に「これで安心」という実感はない。今も世界では感染者と死亡者が増え続けている。やれ発令が遅い、検査が少ない、強制力がない等と内外で散々批判されてきたが、振り返ってみれば日本のコロナ対策は理由はともかく、それなりの結果を出している。

 今後は経済活動の本格再開時期が気になるが、今も世界では「思慮深いが根拠のない」楽観論と「世紀末的」悲観論が飛び交っており、不安は募るばかりだ。そんな状況で専門外の話を書くのは、はばかられるが、今回もあえて筆者の見立てを書こう。

 前々回も書いた通り、人類の歴史は疫病との戦いだ。人から人へ伝染する疫病は人間を絶滅させても、人間に征服されても、生き残れない。その意味で今回の新型ウイルスは手ごわいが、疫病から人類史を見ると幾つか興味深い教訓がある。

 例えば、「疫病は生産しない」。新型コロナ後、何が変わるかとよく聞かれるが、パンデミックの本質は生産ではなく破壊だ。それまで人類が築き上げてきた制度、社会、ルールの多くは破壊され、疫病収束後も元の状態には戻らない。いや、戻れないからこそ、「パンデミック」なのだろう。

 パンデミックが破壊者であれば、その対象は民主制度、独裁制度、保守、リベラルを問わない。疫病は全てを平等に破壊する。破壊後に創造するのは人間だけであり、疫病後に適切な創造活動を再開した勢力のみが生き残るのだ。

 巷(ちまた)では、新型ウイルスで反グローバル化が始まるといわれるが、それは違う。21世紀の情報通信、AI技術は疫病にもかかわらず進展する。問題は経済ではなく、政治・社会・文化だ。「経済」の国際化は進んでも、「人の心」の国際化は容易でないからだ。

 14世紀の黒死病は、荘園制度の衰退を一層促進した。同様に、今回の新型ウイルスは既に佳境にある人間社会のデジタル化を加速する一方、米国の民主主義と中国の権威主義を等しく破壊していく。

 どちらのシステムが生き残るかは疫病の知ったことではない。最終的勝者が誰になるかは不明だが、今後、米中対立が一層激化することは確かだろう。

 欧州では荘園制度の崩壊後にルネサンスが始まった。今回も新型コロナによる破壊の後、人類の創造的活動が再開されるだろう。

 一部の悲観論者は、欧米型自由民主主義が衰退する一方、中国型の国家資本主義が台頭すると見るのだが、筆者は懐疑的だ。デジタル技術による国家管理統制は当面の体制維持には有利でも、中長期的な創造活動には不向きだと思うからだ。

 先月英字紙のコラムで「パンデミックは外圧だ」と書いた。日本にとり、新型コロナウイルス禍は一種の「黒船」であり、今こそ日本は自己変革すべきである。

 旧来の非合理な法令や慣行を廃し、前例に固執して国家としての進化を妨げる国内の「抵抗勢力」を抑え、医療、年金、教育、金融などサービス関連諸制度をデジタル化、効率化すべきだ、という内容である。

 今回の宣言解除で新型コロナ後の時代が始まるという保証はない。歴史はむしろ第2波、第3波がやってくる可能性を示唆する。

 されば、日本も今のうちにパンデミック後の世界でどう生き延びるかを考えておく必要がある。コロナ後では遅すぎるからだ。


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