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2020.04.17

米空母艦長解任の是非

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2020年4月9日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 艦内での新型コロナウイルス感染拡大に警鐘を鳴らした米空母の艦長が先週解任された。同艦長が空母を去る際に乗組員から拍手喝采が上がった映像をCNNニュースで見て複雑な思いがした。新型コロナ感染防止、軍隊組織の規律と人道的判断、安全保障と対中抑止力など、切り口は少なくない。

 同艦長は解任の数日前、乗組員の命を救うため直ちに行動が必要と訴える書簡を海軍上層部だけでなく、メディアにも送付していたそうだ。CNNによれば、書簡には「われわれは戦争状態になく、水兵らが死ぬ必要はない。直ちに行動を起こさないと、最も信頼できる米軍の資源たる水兵を適切に守れない」と書かれていたという。

 同艦長は「稚拙な判断」を理由に海軍長官代行の指示で解任されたが、乗組員は当然この艦長に感謝している。これが事実関係の概要だ。さて、これをどう理解し評価すべきなのだろうか。

 新型コロナ対策の一環と考えれば、艦長の判断は正しい。彼の空母の士官・兵員は約4千、航空要員が2,500だから、2月のクルーズ船の倍近い規模だ。一日でも早く感染者を下船させたいという気持ちは艦長なら当然だ。他方、現在米海軍が持つ空母は11隻、通常運用できるのは3分の1の3、4隻だ。うち1隻が運用不能となれば西太平洋における米海軍のプレゼンスと抑止力の低下は不可避だ。海軍上層部がその点を懸念したのも当然だろう。

 しかし、軍隊は指揮命令系統で成り立っている。部下が上官の命令に反して勝手に動き始めたら組織は崩壊する。いかに部下の乗組員・水兵の命を守るためとはいえ、通常の指揮系統を外れて外部マスコミに情報を流せば、組織として黙認することは不可能だろう。恐らくこの艦長は確信犯、すなわち処分覚悟で職を賭したのだ。浪花節のようなアッパレな話ではないか。

 だが、この話は軍紀と人道の葛藤にとどまらない。問題はより広く、新型コロナ対策にせよ、国家安全保障にせよ、民主制と独裁制のいずれが問題解決に適しているかとなる。

 この点は先週のジャパンタイムズ英語コラムに詳しく書いたが、ここでは概要のみご紹介しよう。

 要は、ウイルス対策に関する限り、民主制も独裁制も大きな違いはない。確かに個人の自由を尊重する民主制はパンデミックに不向きかもしれない。だが、力で封じ込めたものは必ず元に戻るというのが独裁制の弱点。この種の感染症対策にイデオロギーは関係ない。ポイントは過去のSARSの教訓に学び、将来のパンデミックの準備を怠らないことだった。その点では欧米諸国より、香港、台湾、シンガポールに一日の長がある。抑止力も同じだ。

 仮に中国の空母でウイルス感染が始まったとしよう。中国の遼寧は乗員・兵員2千人と小型だが、密集、密閉、密接の「3密」では米空母以上に危険だ。一度感染が始まれば、またたく間に拡大するだろう。しかも、艦長は上司に報告すらできない。すれば、その時点で解任間違いないからだ。

 となると、ただでさえ低い遼寧の戦闘力はさらに低下する一方、報告・公表が遅れ、感染はますます拡大する。海の上ではお得意の「力による封じ込め」も難しい。

 されば、独裁制の軍隊にも弱点は多々あり、中長期的に見れば民主制軍隊の方が優れているかもしれない。少なくとも人民解放軍の空母には今回米国で解任された勇気ある艦長はいないだろう。これだけは確かである。


 

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