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2020.04.02

政治家の評価と危機管理

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2020年3月26日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 新型コロナウイルスとの戦いが世界各地で続く中、感染拡大防止に失敗した多くの指導者が批判されている。政治家とは、かくも報われぬ職業なのか。戦争に勝利しようが、善政を行おうが、政治家の歴史的評価はたった1度の危機管理の失敗で決まってしまう。これが古今東西、政治のおきてだ。

 米大統領も例外ではない。イラク戦争に勝利した子ブッシュの評価は2005年ハリケーン・カトリーナ対応の不手際で地に落ちた。フーバーは1929年の大恐慌に狼狽し、カーターは79年イラン革命への対応に失敗した。ウィルソンは、18年のスペイン風邪を放置した。いずれも未曾有の危機への対応失敗で歴史に汚名を残した例だ。

 一方、危機管理の成功で名声を上げた大統領は少ない。有名な例は、南北戦争後に合衆国の再統一を実現したリンカーンと、フーバーの後を受け大恐慌を乗り切ったフランクリン・ルーズベルトぐらいだろう。

 ルーズベルトの名言といえば「われわれが恐れるべきはわれわれ自身の恐怖」が有名だが、筆者が気に入ったのは「現在の暗い現実を否定できるのは愚かな楽観主義者だけだ」という危機管理の本質を突いた言葉だ。

 このルーズベルトに比べれば、14カ条の平和原則で有名なウィルソンの評価は意外に低い。第一次世界大戦に忙殺され、当時多くの若者の命を奪った「米国発」のスペイン風邪への対応に関心を示さなかったからだ。この人類史上最も死者を出したパンデミックを、中国発の新型コロナによるパンデミックと比べる価値はあるだろう。

 当時、スペイン風邪の感染者は全世界で5億人、世界人口の4人に1人が感染し、死亡者も1億人を超えたといわれる。これに比べれば、今の新型コロナ感染者、死者とも規模は今のところ小さい。しかし、スペイン風邪には大流行が3回もあったから、今も油断は禁物だろう。最も興味深いのはトランプ政権の対応ぶりだ。ニューヨーク・タイムズは辛辣にも「側近たちは縄張り争い、補佐官たちは自己防衛、優柔不断の大統領は自分を批判するメディアに責任転嫁、専門家を信用せず、彼らの提案を無視、娘婿を含む、ごく少数しか信じない」のがトランプ政権だと喝破した。これが実態だ。

 今回のパンデミックが「中国発」であり、中国共産党内の忖度で党中央への正確な報告が遅れたため起きたことは疑いない。だが、現在の米国内での急速な感染拡大を見れば、トランプ政権が初動を誤り、十分な準備を怠ったといわれても仕方ない。さらに、米情報機関は1月の段階で大統領府に新型ウイルスの危険性を報告していたという。

 確かにトランプ政権の下でこれまで米国経済は好調であり、株式市場も右肩上がりだった。しかし、過去300年強の米国政治史だけを見ても政治家の歴史的評価はたった1回の危機管理の成否で決まってきたではないか。されば今回のトランプ政権の対応が政治家トランプ氏の歴史的評価を決める可能性は高い。

 最後に、日本はどうだろうか。パンデミックの最終結果を見通すことは難しい。だが、危機は解決が容易でないからこそ危機なのである。一度危機が起きれば、政権内部では縄張り争いが始まり、指導者は判断に悩み、何度も不人気施策を決断せざるを得ない。いつも政治は非情なる「結果責任」の世界だが、リンカーンにせよ、ルーズベルトにせよ、人々の心をつかめる政治家は生き延びた。危機管理の鍵はやはり人心の掌握である。


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