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2020.03.19

ケンタッキーに根付く日本企業

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2020年3月12日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 この原稿は米シカゴ空港で書いている。全米日米協会から日米同盟に関し講演を依頼され、ケンタッキー州へ出張したのだ。米国でも新型ウイルス感染が拡大し、一時は真剣に延期も考えたが、結果的には成果の多い旅となった。

 実はケンタッキー訪問は今回が初。何とワシントンから来た米国人講演者も同じだという。日本でケンタッキーといえばフライドチキンだが、当地州民の誇りは、競走馬とバーボンと全米最大の日本自動車工場なのだそうだ。

 まずは競走馬。ケンタッキーダービーは有名だが、同州レキシントンが世界の競走馬の「首都」だとは知らなかった。郊外には競走馬を飼育する広大な牧場が果てしなく続く。欧州の王族やアラブの首長も自慢の馬を育成・治療しているそうだ。秘密は当地のライムストーン。鉄分を吸収しカルシウムの豊富な石灰土壌が生む牧草がサラブレッドを育てる。馬の育成は開拓以来の伝統産業なのだ。

 次は日本でも有名なバーボン。当地は熟成用樽の再利用を禁ずる独自製法で作ったウイスキーのみを「バーボン」と認定する。ケンタッキーにはこうした酒造が数多く残っているが、やはり秘密は水にあるそうだ。ライムストーンがおいしい水を生み、それを使っておいしい酒を造る。確かに本場で飲むバーボンの味は格別にうまかった。

 最も驚いたのが当地にあるトヨタの巨大な生産工場だ。屋根を持つ工場としては全米最大の規模、既に30年以上の歴史を誇る。日系企業米国進出の話はよく聞くが、ここの米国人従業員は1万人を超える。トヨタは既に地元ケンタッキーの一部なのだ。

 日本企業の同州進出第1号は1974年のヤマザキマザックだが、88年以降、トヨタ、日立、サントリー、住友、三菱など180を超える多種多様の日本企業が当地に進出、今や進出外国企業の4割は日系だという。しかも、同州にとって日本は第7位の海外輸出先でもあるそうだ。

 五大湖周辺工業地帯が衰退する中、ケンタッキーやインディアナなどで日系製造業が成功するとはうれしい話だが、今こうした成功物語が転換期にあると聞きまた驚いた。今や米国内では将来の米国製造業を担う後継者たる優秀な若手労働者の雇用が難しいというのだ。

 日本企業が問題ではない。理由は米国社会の世代交代なのだ。今米労働市場では戦後生まれの「ベビーブーマー」から、80年代以降生まれの「ミレニアル」への世代交代が始まっている。堅実で組織を重視する伝統的労働倫理で育った前者は、米国に進出した日本の製造業の職業倫理と強い親和性があった。

 ところがベビーブーマーが引退し、ミレニアルの時代になると、リクルートが格段に難しくなったという。自らの能力に自信を持つ若い彼らは、高卒よりも大卒志向ながら、独立よりも親との同居を望む。組織よりも個人、努力の蓄積よりも早期の成果を重視する。昔のように製造業に誇りを持たないので、仕事も長続きしないそうだ。なるほどね。

 でも、これって米国だけではなく、世界共通の問題だろう。逆に言えば、米国にも古き良き職業倫理はしっかり残っていたということ。されば、米国で成功した日本製造業の次の課題は、米国のミレニアル世代に健全な職業倫理を継承させることなのかもしれない。もちろん、決して容易なことではなかろうが...。

 今回は、ケンタッキーがチキンだけではないことを学んだ。やはり百聞不如一見(ひゃくぶんはいっけんにしかず)である。


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