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2019.12.09

GSOMIA延長は戦略的か

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年11月28日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 22日夕刻、韓国政府が土壇場で決断した。日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を「条件付き延長」すると当初は報じられた。その後は「失効回避」「終了猶予」「破棄凍結」とも表現された。正確には同協定の「対日終了通告の効力を条件付きで停止する」のだそうだ。この舌をかみそうな表現からも韓国政府の苦難が見えてくる。

 安倍晋三首相は、「北朝鮮への対応のために...韓国も戦略的観点から判断したのだろう」などと述べた。「親韓派暗躍も『一切妥協なし』の姿勢崩さず完勝」「韓国の外交的自爆」などと報じたメディアもあったが、果たしてそうだろうか。

 さらに、決断翌日の本邦英字紙はこの「大ニュース」を1面トップで報じたが、同日の欧米主要紙はどれもほとんど扱っていない。日韓国民と米国アジア専門家を除けばあまり関心はないのだろうか。もちろん、本稿の目的は揚げ足取りではない。今回は韓国の決定を正確に理解すべく筆者の見立てを書こう。

◆決定的な米の圧力

 一部では日本の毅然たる態度が功を奏したとする向きもあるが、今回の交渉で決定的だったのはやはり米国の圧力だろう。日韓GSOMIAは日米韓が有事に軍事協力するため不可欠だ。米国が関与しなければ韓国が譲歩する可能性は極めて低かっただろう。

 日韓合意に米国が関与するのはこれが初めてではない。古くは昭和26(1951)年、米国は韓国の李承晩(イ・スンマン)大統領の要請を受け日韓協議を取り持ち、それが40年の日韓基本条約につながった。最近でもいわゆる慰安婦に関する日韓外相共同発表やGSOMIA合意の裏には、常に米国の水面下での働き掛けがあったことはよく知られている。

◆無関心トランプ氏

 それにしても今回は米側も大変だったと思う。左派民族主義者の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を説得するなら、大統領レベルでの働き掛けが不可欠だろうが、今回トランプ大統領はGSOMIA問題にほとんど関心を示さなかった。もし米大統領が早い段階から動いていれば、今回のような後味の悪い米国の外交圧力は不要だったろう。

 戦略が軍事、経済などあらゆる国家の諸資産を熟慮の末活用し政策目的を達成する技術・科学だとすれば、今回の韓国の決断は極めて受動的でおよそ戦略的ではない。文政権は韓国民に対日勝利を強調する一方、日米にはGSOMIA維持の可能性を示そうとしたが、もし今回の決定が苦し紛れの戦術的対応だとすれば、問題の解決どころか、現状維持すら容易ではない。

◆真の「取引の技術」

 今回の決定が中長期的な問題解決に資するかどうかは別として、今回交渉を担当した日本、韓国および恐らくは米国の外交官諸氏は称賛に値するだろう。今回の交渉はほとんど出口のない迷路からの脱出劇に近い困難なものだったと理解する。

 トランプ氏の自伝「THE ART OF THE DEAL(取引の技術)」を地で行くような成果だが、逆に言えば、トランプ氏がツイッターなどで関与しなかったためにプロの交渉屋に活躍の余地ができたのかもしれない。

 いずれにせよ、今回の結果は新たなラウンドの始まりにすぎない。万一いわゆる"徴用工"などの問題で日韓関係が再び険悪化しても、次回、米国が関与する可能性は低い。日本は状況のさらなる悪化に今から備えておく必要がある。1990年代まで日韓には「合意できないことに合意」する技術があった。今一度当時の技術を思い出す価値はある。

 

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