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2019.11.29

日本の英語教育を憂える

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年11月14日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 この原稿はタイのバンコクで書いている。アジア・シンクタンク・サミットなる国際会議に参加しているのだ。アジアを中心に30カ国、80のシンクタンクが集まった。この会合は当地に本部のある国連のアジア太平洋経済社会委員会と米ペンシルベニア大学の共催で、日本からも筆者の属するキヤノングローバル戦略研究所を含む複数の有力シンクタンクが参加した。

 筆者は幸運にも安全保障問題を扱うパネルの議長を仰せつかった。パネリストはドイツ、スリランカ、ミャンマー、インド、韓国の専門家だったが、皆立派な英語で堂々と議論する。これに比べると、日本からの参加者は、英語のレベルや積極性の面でどうも見劣りする。日本での英語教育は最低6年間、しかも彼らは国際問題の専門家で留学経験まである逸材ばかりだ。それにもかかわらず、一部の例外を除けば、彼らの英語コミュニケーション能力にはまだ難がある。これは一体なぜなのだろうか。

 そんなことを会議場内で考えていたら、ふと羽田発の機上で読んだある新聞記事を思い出した。世界各国で語学教育事業を展開する国際企業の発表によれば、日本人の英語力は非英語圏の100カ国・地域の中53位で、前年の49位から低下。日本はアジアの中でも後れを取り、シンガポールが5位、フィリピンが20位、韓国が37位、台湾が38位、中国ですら40位という。日本はロシアやベトナム、イランと同程度ということだ。これらの数字は国際社会での日本の英語発信力のレベルを見事に暗示している。

 筆者の懸念はこれだけではない。最近日本では、文部科学相の「失言」で大学入学共通テストへの英語の民間試験導入が延期された。主要各紙社説は一様に厳しく、「延期は当然、入試の公正さを保つ上で大きな欠陥がある」(毎日)「制度設計に無理があった」(読売)「教育行政の失態は目を覆うばかり」(日経)などと批判。産経も「英語教育を民間試験頼みとする安易な政策全体を見直すべし」と論じた。朝日に至っては「まず話す力を含む総合力が学校で身につくよう、授業改革を徹底すべし」と実に手厳しい。

 野党側は「学生にこれだけ迷惑をかけた以上、ただでは済ませない」と批判、安倍晋三首相は「多大な心配と迷惑をかけて申し訳なく思っている」と述べたそうだ。しかし、誤解を恐れず言おう。民間試験導入延期といった対応は間違っている。理由はこうだ。

 よーく考えてほしい。日本の英語教育は過去100年間、致命的な悪循環に陥っている。英語をしゃべれない英語教師に何年間英語を習っても、英語がしゃべれるようには決してならない。これが英語、中国語、アラビア語を学んだ筆者の外国語学習の教訓である。

 バンコクの国際会議場で日本の主要紙社説をじっくり読み返し、改めて驚愕した。朝日が主張するように「まず話す力を含む総合力が学校で身につく」ためには、まず今の英語をしゃべれない英語教師を総入れ替えすべきなのだ。

 改めて申し上げる。英語教育の公平性とは結果の公平ではなく、機会の公平であるべきだ。貧富の差、大都市と地方の差があろうが、英語のしゃべれる立派な英語教師から学べば、英語は必ずしゃべれるようになる。民間英語試験導入の5年間延期は、日本の英語学習者の英語能力を今後5年間公平に低下させたままにするだけだ。導入延期は国内政治上の判断だったのだろうが、それで英語教育の改善まで止めるなら、それこそ本末転倒ではないか。

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