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2019.06.07

中国との関係に苦慮する韓国 〜対中3NO原則の現在〜

笹川平和財団の国際情報ネットワーク分析IINAより転載


進まない北朝鮮の非核化、着実に進む韓国の安全保障態勢の変化


 昨年4月に板門店で行われた南北首脳会談から1年が経過した。先月27日に板門店の韓国側で行われた1周年記念行事は南側だけの単独開催となった。事前に北朝鮮へ記念行事計画を通知するも応答を得ることさえできなかったとされる[1]。また、5月10日には文在寅大統領が就任して2年の節目も迎えた。最近の世論調査[2]によれば、韓国国民の52%が南北政策を「うまくやっている」と回答したが、非核化への展望が見えない状況が続き、「仲裁者」としての文在寅政権の牽引力が国内外を問わず弱まってきている現実がある。

 この1年間に北朝鮮の非核化が依然として進展しない一方で、韓国の安全保障を取り巻く環境は一変した。最近の動きとしては、ハノイでの米朝首脳会談が「合意なし」という結果に終わった直後の3月2日に、米韓両国政府は米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ(Key Resolve)」と「フォールイーグル(Foal Eagle)」を廃止し、規模を縮小して名称を変更して継続すると発表した[3]。これで昨年3月に実施された米韓合同軍事演習を最後に、米韓両軍部隊による大規模演習が今後も行われないことが確定した[4]。すでに半年前の昨年9月に平壌での南北首脳会談後に締結された南北軍事合意書によって、軍事境界線付近の南北双方の監視所(GP=Guard Post)などが撤去され、2010年に北朝鮮から 砲撃を受けた延坪島や天安艦沈没事件があった西海エリアにおける韓国軍の演習も実施されていない。

 さらに、南北軍事合意書では軍事境界線付近に飛行禁止空域が設けられ、合意書が発効した昨年11月1日以降、在韓米軍も例外なくその適用を受けているとされる。航空機の位置情報をリアルタイムで把握できる「Flight Rader24」を使って深夜の朝鮮半島上空を見ると、米軍機も合意に従って飛行している様子を確認できる。1996年に配備されて以来、韓国上空で活動してきた米陸軍第8軍第501軍事情報旅団隷下の第3軍事情報大隊所属RC-7B偵察機の航跡がそれである。同機は高度を一定に保って飛行しながら、北朝鮮軍の動態情報を収集しているとされる。南北融和の雰囲気が高まっていた昨年8月に筆者が確認した際、同機は軍事境界線に沿うように仁川空港、金浦空港、京畿道高陽(コヤン)市、議政府(ウィジョンブ)市、抱川(ポチョン)市といった韓国側の要衝を巡る経路を何度も往復飛行していた。しかしながら、その飛行経路に変化があったのが南北軍事合意書発効前の昨年10月末である。南北軍事境界線から南に40km以上離れた京畿道安山(アンサン)市や城南(ソンナム)市といったソウル郊外のベッドタウン上空を東西に往復する航跡を残すようになった。まさに、米軍が南北軍事合意書に基づく、軍事境界線付近での飛行禁止を徹底している証左の一端であった[5]。現在も同機はほぼ連日のように活動しているが航跡に変化は見られない。


中韓関係に変化?


 昨年は韓国の外交・安全保障専門家と話をすると「関係が良好なのは南北だけ。日本だけでなく、米国、中国との関係が悪くて困っている」とささやく声があちこちから聞こえてきたのが印象的であった。日韓関係が最悪の状態を脱することができないだけでなく、米韓関係も北への制裁解除を巡って意見の隔たりが大きいとされる中、2016年のTHAAD配備決定以降冷え込んでいた中国との関係は、昨年後半ごろから国防当局間を中心に雪解けの兆しが見られた。

 そもそも中韓関係が最も悪化していたのは昨秋であった。昨年9月20日に、ソマリア沖アデン湾での海賊対処任務を終えた韓国海軍の駆逐艦「文武大王(DDH-976)」が韓国南部の鎮海軍港へ帰港した。ところが、中央日報の報道によれば、同艦が韓国への航海において、大型台風を避けるためにパラセル(西沙)諸島周辺海域へ退避を余儀なくされた。その際に、同艦は中国側が領有権を主張する島の12海里内に入ってしまった。中国軍が無線で何度も同艦に対して交信を試みたものの、応答がなかったために中国政府が韓国政府に抗議したとされる。その後、済州で行われた国際観艦式への参加を日本だけでなく中国も直前で見送った理由は、本件が原因なのではないかと言われた[6]。

 しかし、昨年10月初旬の国際観艦式以降、日韓関係が悪化の一途を辿ったのとは対照的に、中国とは10月19日にシンガポールで国防相会談が行われ、両国間の戦略的な意思疎通を強化し、高官と部隊の交流を活性化することで合意したとされる[7]。日韓の間でレーダー照射問題が起きる前日の12月19日には、中韓国防政策実務会議が北京で開かれた。その結果、THAAD配備以来となる両国の国防交流再開が決まったのである。本年1月には韓国海軍の駆逐艦「李舜臣(DDH―11)」と補給艦「大清(AOE-1)」で構成された韓国海軍練習艦隊が、THAAD問題で両国関係が悪化して以来3年ぶりに上海の呉淞軍港への入港を果たした。本年が大韓民国臨時政府誕生100周年であることから、海軍士官学校生徒らの長い訓練遠洋航海の最後の入港地として同政府が設置された上海が選ばれたとされる[8]。


3NO原則のその後


 こうした最近の中韓の動きを見据え、2017年10月末に出された、いわゆる「3NO原則(以下、3NO)」がその後守られているのか気になるところである。3NOとはTHAAD配備(2017年)以来の中国の安全保障上の懸念を払拭し、冷え込んでいた両国関係を改善するために、韓国政府が中国政府に対して表明した立場のことである[9]。その具体的な内容は、外交部が「韓中関係改善関連両国間合意結果」として発表した前日の2017年10月30日、康京和外交部長官は国会での与党議員の質問に答える形で、(1)韓国内にTHAADを追加配備しない、(2)米国のミサイル防衛網(MD)に加わらない、(3)日米との軍事同盟を構築しないという立場を明らかにしたのである[10]。これに対して、日米両国政府は表面的には反応を見せなかったが、それまで築いてきた日米韓三カ国連携に対して、韓国政府が冷や水を浴びせた形になったに違いない。

 現在、中国側が3NOの履行状況の中で満足していると見ているのは、(1)の「THAAD追加配備なし」と(3)の「日米韓三国の安保協力を軍事同盟化しない」の二点だと考えられる。在韓米軍のTHAADは追加配備が実現していないだけでなく、すでに配備された6基の運用に必要とされる施設・土木工事を行う予定だったが、現政権が配備のための環境影響評価を実施する方針を示したため、工事を実施できない状態が続いている。さらに、THAAD配備基地入口周辺を反対派グループが占拠しているため、発電用燃料や交代人員をヘリコプターで輸送している。こうした中、4月20日に在韓米軍は平澤基地でTHAADの模擬弾装着訓練を実施した。現在THAADが配備されている基地からの射程範囲にソウル・首都圏地域が含まれないため、在韓米軍が首都圏防衛目的の訓練の一環として、初めて実施・公開したのではないかとの指摘もある[11]。

 最近、訪中した文喜相国会議長に対して、栗戦書全国人民代表大会常務委員長が、「THAADが韓国から撤去されるべきだ」との立場を改めて示したが[12]、それでも中国としては、在韓米軍のTHAADが暫定配備のまま、運用に大きな支障が出ている現状を肯定的に捉えているに違いない。

 (3)の軍事同盟については、昨秋以降の日韓関係の悪化の流れに駄目押しとなる「レーダー照射事件」が発生したことによって、日韓の間では同盟どころか安全保障協力の進展も望めない状況である。これに米韓の不協和音も重なり日米の結びつきがより一層強くなっているのが現状である。最近の中国の対日外交を見ても、日米の強力な同盟関係に楔を打ち込むべく、日本に対して融和的な姿勢をとっているのは周知の通りである。中国が日米韓の連携が弱体化したことで初期の戦略的目標を達成し、次は日米同盟強化を防ごうとするのは当然の行動だろう。

 その一方で、(2)の米国ミサイル防衛網へ加わらないという原則は、韓国側によって事実上反故にされているように見受けられる。昨年10月、韓国海軍はSM-3ミサイルの導入を決定したとされ[13]、2028年までに建造される新型イージス艦3隻にはSM-3が発射可能な垂直発射管を備えると報道された[14]。韓国軍がSM-3を導入すれば、米軍のイージス艦や早期探知衛星などミサイル防衛システムとの連携が行われることから、これまでSM-3導入が見送られてきた[15]。2017年10月に開かれた韓国国会国防委員会の時点では、SM-3導入は決まっていないとの立場を取っていた韓国軍であるが[16]、中央日報の報道によれば、軍当局がSM-3を導入するという暫定的な結論を下していたとされる[17]。

 従来韓国側は、あくまでKAMD(韓国型ミサイル防衛)は北のスカッドなどの短距離型弾道ミサイルが対象であるとの原則を示してきた。2015年に当時の崔潤喜(チェ・ユンヒ)合同参謀総長が「SM-3は韓国の戦域に適応しない」との理由から導入不採択とした経緯がある。しかしながら、政権交代後、海軍出身の宋永武(ソン・ヨンム)前国防長官の強い意向により、急展開で配備への動きが強まった。昨年10月の拙稿[18]でも紹介した通り、現政権は「国防改革2.0」によって陸軍力削減に躍起になる中、海軍出身の宋前長官が海軍力拡大を図っていたのではないかとの指摘もある[19]。

 また、今年1月に発表された最新の韓国国防白書の中では、2013年10月に行われた第45回米韓定例安保協議会(SCM)において定められた「Tailor-Made Deterrence Strategy」に基づき、米韓が共同で北朝鮮の核・弾道ミサイル攻撃に対応する「4D作戦概念」が前回の白書からそのまま残されただけでなく[20]、「我々の軍は持続的に韓国型ミサイル防護体系を発展させて、米国のミサイル防護体系と相互運用性を強化する等、ミサイル対応能力の実行力と信頼性を高め今後多様なミサイル脅威にも対応していく」[21]と記述された。これらは明らかに中国との合意に反する韓国側の公式見解と言えるだろう。

 振り返れば2017年8月から10月にかけて、米朝間で最高潮に達した軍事的緊張状態を打開するため、韓国は「戦争回避」、「平和体制構築」との掛け声で、中国の安全保障上の懸念を払拭し、平昌オリンピックという好機を利用して南北関係改善という推進力を得ることができた。その一方で、従来からの最も重要なパートナーであった日米両国との関係を不安定化させていった。今後、韓国はより一層北の非核化交渉での「仲裁者」としての役割が弱まっていく中で、日米中三ヶ国との関係調整に苦慮するものと考えられる。


脚注(外部のサイトに移動します)

  • [1]「『板門店宣言1周年』交錯する南北...南は記念公演・北は対南非難」『中央日報(日本語版)』2019年4月28日
  • [2]「『執権2年』文政府韓半島平和政策、肯定52%vs否定45%」Real Meter、2019年5月8日
  • [3]「米韓、最大合同軍事演習を終了へ]」『共同ニュース』2019年3月3日
  • [4]「韓国単独で「乙支太極演習」...全面戦争対応訓練は除外か」『中央日報』2019年3月7日
  • [5]ただし、同機の位置情報は民間機の往来がほとんどない江原道に入ると消えてしまう。位置情報発出装置を意図的に切っているものと考えられる。
  • [6]「韓国軍艦、台風避けようと中国領海を侵犯...中国政府が抗議」『中央日報(日本語版)』2018年10月29日
  • [7]「韓中国防相会談 空軍のホットライン追加開設で一致」『朝鮮日報(日本語版)』2018年10月19日
  • [8]「THAAD対立後初めて中国の港に入った韓国海軍艦艇•••『国防交流復元の信号弾』」『中央日報(日本語版)』2019年1月15日
  • [9]韓国外交部「韓中関係改善関連両国間合意結果」2017年10月31日
  • [10]韓国国会事務処『2017年度国政監査外交統一委員会会議録』2017年10月30日、pp.6-7
  • [11]「在韓米軍、平澤でサード熟達訓練」『YTN NEWS』2019年4月24日
  • [12]「中・栗戦書、文喜相議長に「韓国、サードの立場をはっきりと明らかにすべき」」『東亜日報(韓国語版)』2019年5月9日
  •  
  • [13]「軍、弾道弾要撃ミサイルSM-3導入決定」『朝鮮日報(韓国語版)』2018年10月13日
  • [14]「建造予定の韓国新型イージス艦 弾道ミサイル迎撃システム搭載へ」『聯合ニュース(日本語版)』2019年4月30日
  • [15]この背景については、渡邊武「韓国のミサイル防衛と同盟の地域的な役割」ブリーフィング・メモ(2016年3月号)、防衛研究所、2016年2月、pp.2-3が詳しい
  • [16]韓国国会事務処「2017年度国政監査国防委員会会議録」2017年10月19日、p.33
  • [17]「国防部、「KAMD完成のためにはSM-3導入必要」...要約報告書において結論」『中央日報(韓国語版)』
  • [18]「文在寅政権が進める国防改革2.0とは何か」国際情報ネットワーク分析 IINA、2018年10月3日
  • [19]「2年前不適合判定「SM-3」強行する宋国防」『毎日経済』2017年10月31日
  • [20]「4D作戦概念」とは、北朝鮮からの弾道ミサイル防衛のため、4D(Detect, Defend,Disrupt,Destroy)からなる米韓同盟のミサイル対応作戦遂行計画のこと。韓国国防部『2018国防白書』、2019年1月19日、pp.52-53と『2016国防白書』、2016年12月31日、pp.57-58にそれぞれ記述がある。
  • [21]韓国国防部『2018国防白書』2019年1月19日、p.54
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