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2019.06.04

トランプ訪日は単なる儀礼か

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年5月30日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 ゴルフ、大相撲、宮中晩餐(ばんさん)から横須賀訪問まで、嵐のような米大統領国賓訪日が終わった。記録的な炎天下で奮闘した関係者、特に警備担当者に心から敬意を表したい。

 本稿執筆中から米国メディアは「トランプ訪日は儀礼中心、ワシントンの政治環境はますます険悪化」と報じ、ペロシ下院議長に至っては大統領の行為を「隠蔽(いんぺい)」と断じた。だがペロシ氏が誰で、「隠蔽」なる語が持つ政治的毒の意味を知らない大半の日本人は素直に米大統領夫妻を歓迎したようだ。千秋楽の大相撲夏場所でトランプ氏は大統領杯を授与したが、相撲をよく知る米国の友人は「トランプに座布団が投げられるかも」と真面目に心配していた。筆者は「心配無用、日本人は礼儀正しい。ここは欧州でも中東でもない」と答えたが、懸念が全くなかった訳ではない。結局授賞式は滞りなく終了、ワシントンとは異なり、幸い東京の大相撲ファンは総立ちで大統領夫妻を歓迎した。

 別の米国の友人は幾つか質問をぶつけてきた。第一は今回の訪日の目的であり、筆者は「真剣に議論すべきことは多々あるが、今回はより公式で象徴的、儀礼的なもの」と答えた。続いて日米貿易交渉を問われ、「日本は急いでおらず、また急ぐ必要もない。合意は追加関税問題を含むパッケージであるべし」と述べた。米国武器購入や駐留軍経費問題については「日本に新たな譲歩はない」と断言。重要なことは武器購入量の多寡ではなく、同盟の質の向上だと思うからだ。

 さらに友人は中国とイランについても質問したので、「いずれも静かに議論すべき最重要問題。議論の詳細が公表されることはない」と答えた。最後に今回の訪日の日米内政上の意味を問われ、筆者は「日米の有権者は賢明であり、外交的成果は必ずしも内政的勝利を意味しない」と述べた。こうした判断は今もほとんど変わっていない。

 しかし、上記の第一の質問に対する答えだけは例外だ。確かに令和時代初の国賓ではあるが、内容的には決して儀礼的、象徴的なものにとどまらなかった。東アジアでは中国が米国の覇権に挑戦し始め、中東ではイランが影響力を増しつつある。こうした現状変更勢力の台頭に対し、現状維持勢力の雄である米国の内政は不確実性が高まっている。今や日本を取り巻く戦略的環境には地殻変動が起こりつつあるのだ。今回の国賓待遇はトランプ氏個人に対するものではなく、同盟国の大統領に対するものだ。日米首脳は今こそこの戦略的「新常態」により具体的、現実的に対応すべく真剣に議論すべきである。

 過去半世紀を振り返ってみれば、世界が再び変わり始めたのは、1979年だった。この年、ソ連(当時)がアフガニスタンに侵攻し、イランでは王制が倒れ、イスラム共和制が誕生した。中国では改革開放により国家資本主義が始まった。

 あれから40年、われわれは判断を誤った。ソ連こそ崩壊したが、ロシアがかえってきた。中国では資本主義化で市民社会が生まれると予測した。イランのイスラム革命は短命に終わると期待した。これらの期待は全て希望的観測に終わった。これこそが今回の米大統領の国賓訪日を取り巻く国際政治環境の本質なのである。

 されば日本は何をすべきなのか。確かに拉致問題も、貿易問題も重要ではあるが、今日米に求められているのは国際戦略環境、特に東アジアと中東における「新常態」にいかに対処し、両国の国益を相互に最大化するための具体的方策を議論することである。


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