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2019.05.24

東京から見た米中貿易戦争

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2019年5月16日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 先週筆者は英語のコラムに「圧力を最重視するトランプ流の交渉術はメンツを重視する中国には通用しない」と書いた。案の定、米中貿易交渉は10日、事実上決裂した。

 本邦有力紙社説は見事に割れた。以下の通り、米国の姿勢を批判しつつ米中双方に自制を求めるものもあれば、産経新聞のように中国の構造改革を重視する声もあった。

 東京新聞...25%関税発動、米中首脳の対話を望む。「日本経済への影響も指摘」できる。「米国の強引な交渉がまかり通れば、次の標的はEUと並び日本である」

 朝日新聞...米中貿易紛争、打開へ粘り強く協議を。「米国の主張は理にかなっており、日本や欧州も同調している。だからといって、国際ルールを無視するような行動が正当化されるわけはない」

 毎日新聞...米国が対中関税を強化、通商を超えた深刻な事態。「中国は改革に取り組む必要がある。かといって力ずくで押さえ込むと国際秩序を著しく不安定にする」

 日経新聞...米中は貿易戦争の打開へ対話を続けよ。「正当性あるが、国際ルールに抵触する高関税を自制し、話し合いで中国の行動を正せ」

 読売新聞...米中貿易摩擦、協議重ねて泥沼化に終止符を。「日本も米中協議の行方を注視すべし。日米交渉でも日本に制裁を振りかざし、強硬に譲歩を迫ってくる恐れあり」

 産経新聞...米の対中制裁関税、揺るがず構造改革を迫れ。「対話は重要だが、貿易赤字といった目先の成果を焦るあまり、中国の構造問題に切り込めないようでは本末転倒」

 確かに対話は必要だが、問題の本質は交渉が決裂した真の理由だろう。米側は「順調だった交渉は、中国側が突然中国国内法改正に関する合意済みの文言を削除し、再交渉を求めたので決裂した」と主張する。これに対し、中国側は「中国は合意を破っていない。両国は今も交渉中であるが、中国は原則を重んじ平等と威厳を伴わない合意には反対する」と述べた。一体どちらが正しいのだろうか。

 1994年から2年間、世界貿易機関(WTO)でサービス貿易の首席交渉官だった筆者の見立てはこうだ。

 報道によれば今回の米中合意案は7章、150ページもあるという。通常この種の案文は全体で一括合意する「パッケージ」であり、案文にはカッコ付きの米中両論併記が少なくとも数十カ所はあったに違いない。交渉の過程で個々の相違点につき一定の条件で了解し合うことは多々あるが、それはあくまでパッケージの一部であり、変わり得るもの。合意は未成立だ。

 以上に鑑みれば、米側の主張は信じ難い。そもそも交渉は決着に程遠く、中国側は国内法改正に関する決着していない条項を拒否しただけで、合意を破り再交渉を求めた可能性は低い。一方、中国側の説明も噴飯ものだ。彼らが交渉過程で国内法改正の可能性に言及した可能性は高い。もちろん、そのような法改正問題が公表されず、中国の指導者が米国の圧力に屈し「メンツ」を潰されないことが前提である。しかし米側は合意文全体の公表を求めたらしい。これを受け入れる指導者など今の中国にはいないだろう。

 米中貿易交渉は今後も長く続く米中覇権争いの一環であり、仮に合意ができても、それはあくまで一時的、限定的、表面的なものだろう。このままでは米中対立激化は必至だが、いずれ世界は米中を中心とする2つのデジタル経済ブロックに分裂するかもしれない。起こり得る最悪の事態ではあるが、日本も今から考えておく必要がある。


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