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2019.02.19

MFO司令部要員派遣を機に考える日本の国際平和協力

  • 本多 倫彬
  • 研究員
    本多 倫彬
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 2月12日に防衛大臣によって、陸上自衛隊の隊員数名を、シナイ半島に展開する軍事監視ミッション「多国籍監視軍(Multinational Force and Observers)」司令部に派遣することが発表された。


 平和安全法制で定められた「国際連携平和安全活動(国連の統括しない平和活動への協力)」の初の適用事例として注目を集めている。それは、国連PKOなどの「国連が統括する」平和活動ではないミッションに対する初の自衛官派遣だ。


 そのためか、批判の声も多い。「戦争協力」や、要員の安全上の懸念、さらには武力行使の可能性といった批判の声まで聞かれる。既視感のある批判だ。およそ30年前、国連PKOに対する自衛隊派遣をめぐって盛り上がったときと同じだ。国連PKOなどの国際的な平和活動への自衛隊派遣は、平成の時代とともに始まった。平成の終わる今年、新たな展開をみせるその活動をめぐってなされている批判は、いくつか考えておくべき論点を改めて提起している。


 まず、今回のMFO司令部要員派遣は、基幹となってきた米軍がMFOから撤収する中で、日本が多少なりとも肩代わりをするものだ。つまり、そうした取り組みのもつ国際平和における意味合いをどう考えるべきか、である。


 イスラエルとエジプトは、過去、戦火を交えた中東地域の大国だ。両国の停戦を監視することで、戦争の再発を抑えるのがMFOの第一義的な目的にある。しかしそれは、単に「(停戦を)監視」する役割に留まるものではない。戦火を交えた国同士は、いつ再び攻撃されるか分からず、互いへの不信感の塊となる。古来、戦争の要因としてしばしば「恐怖」が指摘されてきた所以だ。


 MFOは、その存在によって、国際社会がイスラエル・エジプトの停戦と平和の維持に関心を持っており、また紛争の再発を望んでいないというメッセージを双方に対して送るものだ。多国籍軍による監視という形で国際社会が介在することによって両国に安心を提供する、そういう一種の安全装置として存在する。


 こうした中で、自国第一主義を掲げる米国が撤収する。ただでさえ混迷する中東地域で、同地域で最も強力な戦力を持つイスラエル、エジプト両国の間での緊張は高まらざるを得ない。エジプト、イスラエルは、在留邦人も多数存在する、ともに日本にとって重要な国である。また、仮に両国間で戦争が始まった場合、それは日本が多くの原油を頼る中東地域のさらなる混迷に繋がることになる。


 さらに、イラク戦争とシリア内戦による混乱の中からイスラム国(IS)が誕生したように、新たな戦争は、過激派勢力の台頭を招く。今回のMFO派遣が批判される要因の一つには、過激派勢力の台頭と、それによる派遣要員の危険性がある。まさにそうした勢力が存在するからこそ、MFOの意義は死活的に重要なものだ。仮にMFOが全面撤収すれば、治安の空白域としないためにエジプト、イスラエル双方は過激派勢力への軍等による実力行使を行わざるを得ない。それはそのまま、両国(軍)の衝突の危険性を高めるものとなる。


 このようにMFOに自衛官が加わることは、中東の問題に日本が関心を持ち、またイスラエル・エジプトの停戦の継続を望むことを伝えるメッセージを持つ。平和安全法制で可能になった国際連携平和安全活動の実績作りに過ぎないといった批判は適切ではない。


 次に、MFOが、いわゆる「多国籍軍」である点についてである。つまり、多国籍軍、あるいは国連が統括しない形の平和活動に対する自衛隊派遣をどう考えるのか、である。


 そもそも国連が統括しない多国籍軍主導型や、地域機構主導による平和活動は、現代の潮流だ。それは、かつて国連PKO-紛争当事国を含めて国際社会全体が関心を持ち、皆で平和を維持するという合意と意思がある-という形で進めてきた平和活動が成立しない時代の要請でもある。


 ISや、あるいは南スーダンで日本も直面した集団のように、停戦に意義を見いださず、むしろそうした試みを破壊しようとする勢力は顕著に目立つようになっている。そうした環境下、停戦合意とその履行監視を前提にした国連PKOでは対処困難な地域が増加し、国連PKOに対する意欲も失われつつある。非国連統括型の活動とは、それでも当該紛争に何か対処をしなければならないという様々な必要に応じて生み出されたものだ。日本の国際的な平和活動への参加の枠組みとして、国連PKO以外の「国際連携平和安全活動」が設けられた意義は、時代の潮流にあった取り組みを可能にしたことにある。



 1990年代初頭、国連PKO派遣を日本が検討した際には、「戦争協力反対、自衛隊海外派『兵』反対」といった声が多数存在した。振り返れば、それは、国連PKOとはどういうものかを理解せぬままに「自衛隊を海外に派遣する」という一点をもって批判が行われたものだった。


 それでは当時の国連PKOはどういうものだったのか。従来、国連PKOは、各国の派遣した軍隊が、国連の指揮の下で、停戦を監視して平和を維持する取り組みだった。しかし1990年代初頭には、内戦終結直後や内戦下の不安定な国・地域などで、平和を維持しつつ、国連が主導して安定的な国作りを支援することを目指す国連PKOが模索された。それは、冷戦が終結する中で、それまで軍事力整備に資源を振り分けていた各国が、紛争によって悲惨な人道危機状況に置かれた人びとを助け、そうした平和に対する脅威に立ち向かう取り組みに資源を割り振るようになった中で生み出されたものだった。


 言い換えれば、人道危機に対して、ある種の理想主義的な試みとして模索されたのが当時の国連PKOの挑戦だった。当時の「海外『派兵』反対」とは、それについて、単に「軍隊の海外派遣=侵略」と捉えて批判し、またそうした平和に向けた理想の追求の始まっていた国際情勢を直視しようともしない姿勢だったといってよい。


 平成が終わろうとしている。しかし、国際的な平和活動をめぐる議論は、平成が始まった際の議論から進歩していない。


 平和の問題についてまず認識しなければならないことは、時代に応じて国際社会の平和と安全の様相が変化し、それに応じて求められる対処方法も変わり続けるということだ。その上で考えなければならないのは、そうした平和と安全に向けた新たな国際協力という文脈において、「日本が何を為すのか」ということだろう。


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