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2019.01.17

政策シミュレーションから振り返る平和安全法制と日本の対外政策

  • 本多 倫彬
  • 研究員
    本多 倫彬
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 2018年度に実施した政策シミュレーションの報告書がひととおり公表となった。直近のシミュレーションは、2018年10月に実施した「中東危機新時代:米イラン関係の悪化と中東をめぐる国際関係」である。サウジアラビアとイランの対立を基底に不安定な状況が続く中東を舞台にした危機事態を想定し、シミュレーションによって各国の方針や行動を検討したものである。同報告書は以下を参照願いたい。

 第29回CIGS政策シミュレーション「中東危機新時代:米イラン関係の悪化と中東をめぐる国際関係」概要報告と評価


 中東危機は、平和安全法制の審議で大きく注目されたテーマの1つである。とりわけ「ホルムズ海峡の機雷封鎖」が発生したとき、それは「存立危機事態」にあたるものかどうか、議論が紛糾した。

※存立危機事態:我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態 (武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律 第二条四)


 シミュレーションでは、このホルムズ海峡における偶発的な軍事衝突を想定した。シミュレーションの結果を踏まえて、ユニット主幹の宮家は、日本について以下のように総括している。


 「やはり日本は蚊帳の外: これまで実施した中東関係シミュレーション全てに共通することだが、日本チームは誰が首相であっても中東では主要プレーヤーになれない。残念だが以上が中東有事の際の日本を取り巻く現実である。今回日本チームは現行法の枠内で最大限の活動を実施したが、それすら対外発表できなかった。一部識者とメディアにお願いがある。日本は蚊帳の外と批判するなら、現行法改正を主張してほしい。」

 宮家邦彦「第3次湾岸戦争は起きない?」(2018.10.30)


 平和安全法制以降の政策シミュレーションでは、平和安全法制に基づく日本の対応が常に関心の射程内にあった。法制によって具体的に何が出来るようになったのか/いざというときにどのように適用され得るのか/そもそも平和安全法制は有効に機能するものなのか。つまり、新たな法律で可能になった活動について、様々な事象の中で日本が具体的にどのように運用するのか、という関心である。


 最新のシミュレーションでも「蚊帳の外」だった日本だが、振り返ってみると、日本政府の行動は制約され、「蚊帳の外」に置かれるケースが目立つ。


 詳細は各回報告書に詳しく記載しているので割愛するが、いかなる地域であっても、邦人が拘束される人質事案など、日本(人)に直接的被害が発生したときには対処(解放交渉など)に政府のリソースのほぼ全量が投入される。一方で、それ以外のケースでは全体の中で目立つ動きはほとんどみられない。


 たとえば第21回のシミュレーション「新安全保障法制下での邦人保護と危機管理」では、自衛隊のジブチ拠点が攻撃されたほか、南スーダンが争乱状態に陥る中で、邦人を含む多数の人質が発生し、さらに日本船舶がハイジャックされる事案が発生した。この際には、各国の取り組みと協調しつつ、解決に向けて日本政府の強いイニシアティブが発揮された。最終的には自衛隊による救出作戦まで実施される結果となった。

 またその際には、救出作戦(保護措置)の要件として「国際紛争の一環としての戦闘は行われないこと(自衛隊法第84条の3)」が必要な中、実際には国または国に準じる組織か定かではない武装組織と救出作戦部隊との間で戦闘が生起し、自衛隊側に死者も発生した。犠牲が生じる結果を見越しつつ、邦人保護に向けて積極的な対応を日本政府は採用したといってよい。


 一方で、第22回「北朝鮮崩壊:そのとき日本は?」、ならびに第28回「北朝鮮クライシス:米朝首脳会談は朝鮮半島緊張緩和につながるのか」は、日本政府の消極的な対応が印象的なシミュレーションだった。朝鮮半島危機は、日本本土が攻撃対象となる蓋然性が比較的高い。それにも係わらず、いずれのシミュレーションでも日本政府の対応は限定的だった。核実験やミサイル実験の激化、さらには米朝交渉の決裂、北朝鮮での政変発生など、いわゆる朝鮮半島有事が想起される多くの事態が発生し、韓国、米国、中国、ロシアなど周辺国が活発に行動を起こすなか、日本政府の関心は、ほとんど韓国からの邦人退避だったといってよい。

 シミュレーションで露わになったのは、第一に、日本政府の対処能力が限定されることのみならず、日本政府自身に危機に積極的に対処する意図があまりないということである。第二に、各国は日本を最初からまともに相手にせず、半ば蚊帳の外に置いてくるという構図である。米国でさえも、日本に対しては米軍の後方支援を限定的に求めるのみだった。こうした中、日本は邦人保護に政府のリソースのほとんどをあて、時間が経つほどに、ますます国際的な動きから取り残されていく結果となった。

 実際に半島有事の際にどうなるのかはケースバイケースではある。しかし、半島有事をケースとして取り上げた二回のシミュレーションでは、日本は「蚊帳の外」だった。


 逆に邦人保護以外で積極的な対処を日本が行って印象的だったのが、平和安全法制がどのように機能するかを直接の検討目的とした第20回、「新安保法制はシームレスか?」である。同シミュレーションでは、南シナ海の架空の国「パラダナオ」で、某国との軍事衝突が生起した。これを端緒に、南シナ海全域で米国や周辺国を巻き込みつつ国際紛争の烈度が増していく事態を設定。新たな法制に基づく日本の対応を考えたのである。

 シミュレーションでは日本の商船が浮遊機雷によって沈没する中、日本政府は海上自衛隊のP-3Cや護衛艦を予防的に展開した。特筆すべきは、平和安全法制で新設された事態認定(存立危機事態、重要影響事態)に向けて国会で審議しつつも、海上自衛隊の展開そのものは、「海上警備行動」発令によって実施したことである。それは、第20回報告書で総括したように、「実質的に重いミッションが意外に簡単に実行できたのに対し、簡単なことが逆にやりにくいという一種の『ねじれ』状態が発生した。しかも、この段階においても「存立危機事態」認定は事前承認できなかった。」という状況である。

 少なくともこのケースでは、危機の初動段階において平和安全法制は有効に機能したとは言い難い。しかし別の方法によって自衛隊の早期展開を実現することで、初めてその後の事態認定が行われた際には迅速な行動が出来るという現実の一側面が露わになった。平和安全法制の掲げた「シームレス」な対処には、(法制で可能になった)活動を実現するための事前展開が求められることを示すものだった。



 これらのシミュレーションを踏まえて平和安全法制を再考すると、どのような教訓が得られるのか。以下、いくつかの論点を整理しておきたい。


1.邦人保護の再考

 第一に、邦人保護をどのように考えるか、である。繰り返しになるが、シミュレーションでは、いかなる地域・事態であっても日本(人)が直接関わると、日本政府の全リソースがその対処に当てられる。日本政府にとって重要な任務ではある。しかしそれは、サッカーコートの隅に流れたボールに、コート上の全員が殺到するサッカーのような様相を呈している。直接的なボール・コントロールは重要だが、相手を含めた全体の動向をみつつ、ボール確保を考えることの重要性は指摘するまでもない。

 言い換えれば、邦人保護を日本の国家戦略全体を見渡して考える視点が重要だろう。少なくとも、その解決のみに政府のリソースの大半を当てることは、危機における日本の対応を常に後手に回らせる結果となる。


2.迅速な対応に向けた準備措置

 第二は、危機発生時の迅速な初動対応の確保である。存立危機事態など平和安全法制で新たに設定された事態は、原則として国会の事前承認が必要となっている。したがって認定までには一定の、そしておそらくは長い時間を要する。他方、何らかの危機に対処する想定の政策シミュレーションにおいては、基本的には初動で動いた(対処方針を明確にした)国が主導権を握りやすい。事態認定に向けて延々と議論を続けることは戒めるべきだろう。

 この観点から実は、シミュレーションでは日本にとっては踏み込んだ取り組みがしばしば実施されている。たとえば掃海艇や輸送機、哨戒機等を戦場の手前地域まで早期に展開すること、あるいは現地に近い場所で活動中の自衛隊部隊などに、対応準備を指示することなどが代表例である。軍事衝突が発生し、クライシスコントロールに各国が必死に取り組む全体状況から見れば、埋没してはいる。しかし、それは日本にとって、いざ事態認定を行って行動する際には不可欠な準備といえる。

 たとえばジブチにあるように自衛隊拠点を整備しておくこと、国際平和協力活動で自衛隊の部隊などが活動していることなど、アセットが広範囲に存在することが、情報収集や現場での国際協調の手段として重要な意味を持つことが示唆される。もとよりそれは自衛隊に限ったものではない。クライシスと直接に関係のない国際機関や諸外国に、いざという時の交渉窓口や情報収集経路が広く存在することの重要性を意味するものと言えよう。


3.「期待されない日本」への最適化

 第三に、平和安全法制を経てもなお制約は多く、また諸外国からの期待も薄いということをどう考えるか、である。平和安全法制を推進した側には、「できないのだからできるようにしよう」という方向性があった。これを踏まえるとき、法制によって「何か(新しいことが)やれるはず」という思いがある。しかし実際のところ、どれほど「やれるようになった」と主張しようとも、最初の事態認定から手間取り、対処は遅れ、また不十分となりがちである。また、諸外国の日本への期待もそもそも最初から極めて薄い。これは裏を返せば、日本は自ら政策オプションを選択して行動する余地が、逆に大きいということを意味している。

 これを前提に考えると、なかなかできないことをできると主張し続け、いざというときには不可ないし不十分になるよりは、最初から期待されていないことを踏まえて対応を考えてみるという発想の転換には再考の余地があろう。

 危機対応を想定したシミュレーションにおいて相対的に大きな利益の確保を実現するのは、しばしば危機と直接的関係の薄い国である。典型例が中東危機におけるロシアである。中東地域を舞台にシミュレーションを行うと、同地域におけるプレゼンスが他国に比して限定されるロシアが漁夫の利を得るケースが印象に残る。ロシアは、中東危機対応に真剣に取り組まざるを得ない直接的当事者では必ずしもないため、危機を自国の国益最大化につなげる発想に基づいた行動をとることが可能である。その結果が、こうした帰結を招いている。日本にとっては、期待されていない自らのポジションをどう活かすのか、さらに日本自身が直接には死活的関係のない事態にどのように係わるのか、という点の重要性が強く示唆される。


4.明確な国家戦略とビジョンの確立

 最後に、以上の点を踏まえても、国家目標とその実現に向けた意思が何よりも重要ということである。当然だが、「法律を使って何ができるのか」は、大前提として「そもそも何をしたいのか」が、先にある。積極的に係わる意思がなければ、何であれ法律は使いようがない。逆に意思があれば、新たな事態認定を経ずに部隊を予防的に展開するなど、実施できる幅は意外に大きい可能性が示されている。(それはもとより、その先の事態認定を経た活動が射程にある。)

 日本政府はいかなる国家目標をもち、たとえば中東湾岸地域で、中央アジアで、あるいは極東地域で、あるいは別の地域で、どのような係わりをもつのか。また、国家としてどのような世界観を描き、何を実現していくのか、そうした国家意思こそが大前提として重要ということが示唆される。

 シミュレーションで露わになるのは、日本は常に危機を真面目に考え、自国にどのような(とくに負の)影響をもたらすのかを真剣に検討するということである。この文脈で最大の悪影響として想定されるのが、邦人が被害者の事案である。逆にそれがなければ、あまり積極的に行動する意思はない。

 他方、様々な危機を自国の国益実現の機会として活用する、したたかな行動こそがシミュレーションにおける日本以外のチームの基本的な行動原理である。プレーヤーを日本人が担う外国チームでも、それは同様に現れる。したがって日本人にそういう発想がないわけではない。しかし、日本チームにはそれがほとんどない。

 そうした行儀の良い国家像を貫くことも、国益確保の一つの選択肢である。そうではなく、自国と離れた地域で危機が発生したとき、それを好機とみなすような発想に基づいて対処を考えることも選択肢である。いずれにしても、日本自身のビジョン、確保すべき国益とは何なのかを考え、日本にとって望ましい世界とは何かを構想することの重要性を、これまでのシミュレーションは示している。


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