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2018.12.21

エジプトの日本式教育

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年12月20日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 この原稿はカイロからアブダビに向かう機上で書いている。中東4カ国を回る講演とインタビューの旅で日本外務省の依頼だ。恐らく大丈夫だろうと気軽に引き受けた筆者がばかだった。7日間で4カ国、経由地も含めれば7カ国の「死のロード」はあくまで自己責任だ。というわけで、今回は中東各地の現状に関する筆者の見立てを書こう。

 最初はマスカット。オマーンの首都は「湾岸の良心」である。人々が優しく、開放的なせいか、サウジなどアラブ隣国だけでなくイランとも関係が良好、外交もバランスが取れている。さすがは昔アラビア半島だけでなくアフリカ東岸からインド西岸、さらにはジャワ島の一部に植民したインド洋海洋帝国の末裔(まつえい)だ。

 続いてチュニス(チュニジア)。いわゆる「アラブの春」発祥地だが、今も民主化の実験は続いている。こちらも地中海の中心という地政学的、戦略的要衝にあり、古(いにしえ)は地中海全域と交易した海洋帝国カルタゴの子孫だ。昔はあまり英語が通じなかった国だが、最近若いチュニジア人を中心に英語力が大幅に向上していると感じた。

 オマーンとチュニジア、どちらも筆者お気に入りのアラブ国家だが、これからアラブ首長国連邦の首都アブダビに入る。各地での仕事は日本の「アジア太平洋戦略」をアラブ人に説明すること。簡単なようで意外に難しい課題だ。

 だが筆者にとって今回出張の本命はエジプトである。同地は40年前、アラビア語研修で2年間青春をささげた懐かしい場所。2011年の革命、13年の反革命を経てエジプトがどうなったかをこの目で確かめたかったのだ。

 カイロ空港の新ターミナルは最新式で湾岸アラブと変わらないが、街中に近づくと案の定、大渋滞が始まった。あの、喧噪(けんそう)、クラクションによる運転手同士の挨拶、独特の匂い。やはりカイロは変わらない。エジプトは永遠に母なるナイルのたまものである。

 一方、新しい大統領の下で変わりつつあるエジプトもあった。最も印象深かったのはエジプト小中学校における変化だ。16年に訪日したエル・シーシー大統領の肝いりで「トッカツ(特別活動)」など日本式教育概念を既に35校で導入しつつあるという。日本政府も多くの日本人専門家をエジプトに派遣するなど最大限協力しているが、これにはさすがの筆者も驚いた。

 関係者によれば、日本の教育の特色は「学校で、学力に加えモラル、体力を含め子供たちの成長すべてを支える」ことだそうだ。暗記だけでなく自分で考える力、モラルの側面、特に協調性、相手を思いやる心、責任感、規則正しい生活など良き市民としての言動も学ばせたいらしい。

 例えば、生徒全員で行う教室の掃除や毎日の日直当番を決めるなど、日本では当たり前だが、エジプトでは信じられないことらしい。もちろん、やりとりは全てアラビア語でエジプト人がエジプトの子供たちを教える。既に効果は出始めており、エジプトの子供たちが自発的に自分の部屋を掃除したり、率先して公共の活動をするようになったという。大統領は訪日し、こうした日本式教育にほれ込んだのだそうだ。なるほど、こういう手もあったか。

 そういえば、チュニスでは学生から日本経済発展の、秘訣(ひけつ)を問われた。筆者は「全員が、同時に、同じことを、同じ方法かつ同じ品質で実行できる能力を磨く教育が必要」と答えたが、その答えが実はエジプトにあったのだ。どの国にも教育には独特の哲学がある。しかし、外国人の教師から外国語で外国のことを学ぶだけでは不十分なことは前から分かっていた。少数精鋭エリートへの特別教育も良いが、母国語で外国の精神を教えるなら、より効果的だろう。エジプトの将来を考えれば、こうした日・エジプト教育協力が成功することを心から祈りたい。

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