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2020.05.25

中国に追いつけ追い越せ、コロナ後の社会インフラ: 「新しい生活様式」で特に参考になる中国の先行事例

JBpressに掲載(2020年5月19日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

新生活様式に必要な社会インフラ整備

 新型コロナウイルスとの戦いが長期戦となることを前提に、日本政府は非接触型の日常生活を定着させるため、「新しい生活様式」を提唱している。

「新しい生活様式」では、マスクの着用、手洗いの励行、買い物・運動・勤務などでの周囲の人との一定の距離の確保、時差出勤や徒歩・自転車による通勤・通学など各人の努力が求められている。

 その一方、各人の努力だけでは難しいこともある。

 買い物における通販の利用や電子決済、飲食時のデリバリー利用、テレワークやオンライン会議を前提とした働き方などの定着の促進である。

 全国民がこれらの「新しい生活様式」へとスムーズに移行していくためには、それを支える社会インフラの整備が必要である。

 その最も基本的な条件はスマホとパソコンが国民各層に1人1台ずつ普及することであろう。

 通販、飲食のデリバリー、電子決済などにはスマホが不可欠である。テレワークとオンライン会議にはパソコンまたはタブレット端末が必要である。

 加えて、それらの通信機器を全国どこでも安心して使える通信ネットワークの整備も重要である。

 最近は在宅勤務でオンライン会議を通じたコミュニケーションが急速に増えているが、会話中に画像や音声が途切れてしまうことがしばしばあり、不便を感じることが多い。

 これでは業務上の会議・面談や学校教育で常時活用するには不十分である。

 スマホ、パソコンなどの通信機器が国民全体に行き渡り、通信上の不便が解消することが「新しい生活様式」の出発点だ。

 その上で、日常生活に必要な各種サービスの円滑な運用を支える経済社会システム、それと連動するアプリ等のソフトウエアの開発・拡充がついてくれば、日本全国で「新しい生活様式」への移行が本格的に進み始めるようになる。

 今回の政府の提言の中には明記されていないが、「新しい生活様式」においては学校教育のオンライン化、医療に関する診断・処方・薬購入のオンライン化も待ったなしの重要課題であり、これらについても社会インフラの早期整備が必要である。

 長期化するコロナとの戦いに備え、「新しい生活様式」への移行を迅速に進めるためには、以上のような社会インフラの整備を最優先で実現することが政府の重要な責務である。

 PCR検査体制整備、休業補償、中小企業支援など各種コロナ対策を実施する中で国民の間に安倍晋三政権、中央省庁に対する強い不満が蓄積している。

 それでも日本はぎりぎりのところで何とか持ちこたえている。

 その国民の努力に報いるためにも、「新しい生活様式」への移行に当たっては、「日本に住んでてよかった」と多くの国民が感じるスピード感のある的確な政策対応が求められる。


感染爆発を抑制した外出自粛の徹底

「新しい生活様式」の最大の目的は、もちろん新型コロナウイルスの感染再拡大の阻止である。筆者の理解では、その導入効果は中国におけるこれまでのコロナ対策の中で具体的に示されている。

 中国では新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、武漢における都市封鎖など強力な隔離政策を実施するとともに、中国全土において厳格な外出規制を徹底した。

 これら2つの主要対策により早期の抑え込みに成功した。その対策が有効だったこともあり、PCR検査は欧米諸国のように多くの国民を対象に実施されていない。

 隔離政策としては、都市封鎖や省をまたぐ高速鉄道、高速道路等を遮断したほか、自宅隔離の陽性患者を出入り口の監視センサーと監視カメラにより監視するなど、日米欧諸国では国民の支持を得ることが難しい対策も含まれていた。

 もう一方の外出規制としては、マンション、オフィス、商店などの入り口において、検温、連絡先と身分証の登録、スマホ上のグリーンコード(注)の提示の3点セットの確認が徹底されていた。

(注)本人が陽性認定されていない、居住する省市の区域内から出ていないことなどを証明するコード。各人のスマホの上に表示される。


 ある日本の医療専門家の説明によれば、新型コロナウイルスのPCR検査の精度が7割程度であるうえ、無症状患者の比率も高いため、上記の3点セットのチェックを徹底しても医学的には感染拡大抑制効果はあまり高くない由。

 それにもかかわらず、中国が早期抑え込みに成功したのは、外出自粛の徹底により、人同士の接触が極端に減少したことによるものと考えられる。

 それを可能にしたのは、政府の規制が厳しかったことだけが重要な理由ではないように思われる。

 中国では、「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉をしばしば耳にする。

 中央政府がいくら全国一律に政策を実施しようとしても、地方分権的で地域別に極めて多様な14億人の国民全員には徹底できないのが中国の常である。

 それにもかかわらず、今回は厳しい外出自粛を徹底できたのは、各地域における町内会のような伝統的なコミュニティのモラルに基づく自発的努力が機能したこと、それに加えて、「新しい生活様式」を可能にする様々な社会インフラの整備のおかげが大きかったように思われる。

 もしこの社会インフラの整備が実現していなければ、いくら政府が外出自粛を徹底しようとしても、無症状の陽性患者が媒介となって、欧米諸国と同様に感染爆発を招いていたはずである。


外出自粛徹底を可能にした社会インフラ

 中国において一般国民の外出自粛徹底をベースの部分で支えた陰の主役は社会インフラだった。それはこの数年の間に急ピッチで整備が進められたものである。

 中国では2010年代に経済社会のIT化、デジタル化が急速に進展した。様々な分野でこれほど利便性が高まることは10年前には誰も想像すらしていなかった。

 元々各家庭に固定電話がなかったために携帯電話やスマホが普及し、便利な商店がなかったためにeコマースがそれにとって代わり、便利な金融機関が存在していなかったため、電子決済、フィンテックが急速に発展した。

 それをAI・ビッグデータ分野の技術革新が加速させ、IT・AI・デジタル化技術に基礎を置く経済社会インフラを中国に定着させた。

 このように、利便性の高い新技術の登場により、ある段階の技術を飛び越えて、次世代の先進技術が一気に普及する現象は「馬跳び(Leapfrog)」型発展と呼ばれている(注)

(注)詳細はJBpress2017年6月19日掲載の「中国で突然生まれる超巨大市場を見逃すな-インフラ整備の遅れが逆に最先端市場を拓く「馬跳び」型発展-」を参照。


 経済社会のIT・AI・デジタル化が進展する中、中国での消費財小売総額に占めるネット消費の比率は、2014年の10.4%から2019年には25.8%にまで急上昇した。

 とくに外出自粛のためにeコマースに頼らざるを得なかった2020年1Qは28.2%にまで上昇した。

 これほどeコマースが発展する背景には、肉・魚・野菜などの生鮮食料品も1時間以内に配送する、あるいは、様々なレストランがフードデリバリーに迅速に対応するといった、日本では想像できないほど利便性の高い宅配サービスの存在が大きい。

 基本的な日常生活上の買い物のために外出する必要がないのである。

 今回の新型コロナウイルス感染対策の中で遠隔医療も急速に進化し、診断・処方・薬の購入・配送までオンライン化が部分的ながら実現した。

 また、学校教育のオンライン授業は本年2月以降、一気に全国で始まったが、これもスマホ社会が前提にあったからこそ短期間で実現したものだ。

 このように中国全土でコロナ対策として厳しい外出規制の徹底を実現できたのは、「非接触型」の生活様式を可能にするIT・AI・デジタル化技術を活用した社会インフラの存在が大きかったと考えられるのである。


日本企業に中国拠点強化の動き

 コロナ後の日本では「新しい生活様式」の早期実現に向けて急速な変化が求められる。そのモデルとなる多くの先行事例が中国の社会インフラの中にある。

 もちろん政治経済体制が異なるため、そのまま導入することはできないものもある。

 とは言え、この数年、世界に先んじて中国で発展したスマホ決済、シェリング自転車などを日本に導入した際に、日本企業は中国の成功例を参考にしてきた。

 今後、eコマース関連サービスの高度化、遠隔医療の整備、マイナンバーカードの活用分野の拡大などにおいては、中国の先行技術・サービスを参考にしながら日本に新たなシステムを導入するケースが続くはずだ。

 すでに一部の先端的日本企業では、IT・AI・デジタル化社会の高度化を実現する新技術・サービス開発のためには、中国に研究開発センターを設立し、中国現地主導で研究開発体制を構築することが必要となっていると考えている。

 日本ではIT・AI・デジタル化社会に必要なインフラの整備が遅れているため、最先端の技術を活用した製品・サービスの市場ニーズを考えることが難しいからである。

 具体的な市場ニーズと結びついた先端技術開発の必要性は社会インフラが整備された環境で初めて理解できるようになる。

 日本にはその条件が揃っていないため、中国駐在の責任者が本社の経営層に説明しても中国市場における具体的なニーズを理解させることが極めて難しい。

 本社経営層の理解が追い付くのを待っていては世界トップレベルの技術開発競争にしのぎを削る海外企業との激烈な競争の中で生き残ることができないのは明らかである。

 こうしたIT・AI・デジタル化技術の発展に必要な社会インフラ整備を今後急速に加速させると見られているのが5G関連技術である。

 中国では中央政府が5G基地局の建設などを「新型インフラ建設投資」と位置づけ、5G関連技術の普及促進を支援している。

 この発展がコロナ後の「非接触型」を重視する「新しい生活様式」の定着の中で一段と重要性を増していくと見られている。

 遠隔医療、オンライン教育、eコマースなどの分野における5G技術の重要性はすでに広く認識されている。

 これらの分野で世界の最先端企業と互角に競うためには社会インフラが整備された中国で研究開発、マーケティング、生産販売など経営戦略の策定などを実施しなければ勝負にならないと認識する日本企業が増えている。


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