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2020.04.23

日本に伝わっていないテスラの圧倒的な「ユーザー視点からみた価値」:「価値」の土俵をここまで変えている、さまざまな業界ディスラプションの予兆を見逃すな!

  • 櫛田 健児
  • International Research Fellow
    櫛田 健児
  • [研究分野]
    Political Economy, Information Technology, Politics

 これからコロナウイルスの影響で世界経済は大不況へと突入する可能性が高い。そこで、日本企業は「どうやったら価値が生み出せるか」という本質的課題に、今まで以上に向き合わなくてはならならなくなる。自動車産業は消費が落ち込み、回復には時間がかかるかもしれないが、ここが新たな価値を提供できる強い企業とそうでない企業との分かれ目になりうる。そして、自動車産業に限らず、それ以外の産業も実は今こそシリコンバレーでの価値の作り方を学ぶべき絶好のタイミングである。そのためには、現在日本にはあまり伝わっていないテスラの動きを切り口として見ていくことが衝撃的でもあり、参考になる。


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 高速道路を時速70マイル(約113キロ)で走行中、運転手が会話のためステアリングから手を放す。しばらく前からペダルは踏んでいない。車はそのまま前の車との距離を保ちながら、車線の真ん中を走る。カーブに差しかかっても、ブレることなく車線の真ん中を走り続け、前の車が速度を落とすと、車間距離をキープするために勝手に時速が落ちる。

 そして、ドライバーがウインカーをつける。すると、車は車内の大画面に映し出されている通りに周りの車が「見えて」いるので、安全な状態になると自主的に車線を変更する。

 バッテリーは走行距離約500キロもつので、普通に乗る分には全く不自由しない。遠出する場合やバッテリー残量が少なった場合には、目的地までの途上にある高速充電スポット(北米で1万か所以上あり、それぞれに複数の充電設備を設置している)を提示して案内してくれる。充電スポットはほぼ全てスターバックスやショッピングセンターの近くにあり、立ち寄るには好都合な場所である。10分~15分の充電時間で2~3時間は走れるようになり、車から離れていてもスマートフォンで充電状況を見ることができる。

 夕方、家に帰ると、新しいソフトウエアのダウンロードが推奨されており、車を駐車している夜間に自動的にダウンロードされる。すると、翌日からブレーキの性能が上がる。加速が良くなる。電池の「もち」が良くなる。オートパイロットの精度がグングン上がり、動きがどんどんスムーズになっていく。

 精度が上がると、オートパイロットを使う人が増え、さらに走行データが集まることになる。集まれば集まるほどレベルが一層上がって行く。その結果、長いドライブや渋滞での疲労が驚くほど軽減される。

 買い物にペットの犬を連れて行くことがあるが、夏場の車内はかなり暑い。しかし、「ドッグモード」をオンにすると、車内の空調がかかったままになり、一方でスマートフォンには車内の温度が常に表示される。車内の大画面には「僕は大丈夫。ドッグモードに守られていて、車内は今快適な〇〇度」とペット目線で表示されるため、通行人も車内に犬が閉じ込められていても余計な心配をしたりしない。

 この車にはそもそも鍵がなく、スマホでドアが開く。駐車場の停車スポットは窮屈なので、スマホで"Summon(呼び出し)"ボタンを押すと、無人の状態でも、駐車スポットからドアを簡単に開けられる位置まで自動的にコロコロと出て来てくれる。 結構離れた駐車場の向こう側からも呼び出すことができる。


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 これは、一体どんな近未来のシナリオなのだろうか?

 実は、全く近未来の話しではなく、現在のテスラの話しなのである。


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 このようなことができる車とは、一体どのような高級車なのだろうか?

 量産型のモデル3で、最も安いモデルは3万5千ドルである(約380万円)。トヨタカムリのハイブリッド車の2020年モデルは、2万8千ドル(300万円ちょっと)である。

 それでは、きっとテスラは安全性を犠牲にしているに違いない(シリコンバレーを訪れる多くの日本人から、そのような漠然とした印象を聞く)。

 アメリカの運輸省はNHTSA (National Highway Traffic Safety Administration)(https://www.nhtsa.gov/)という機関を運営しており、アメリカの車道を走る全ての車について安全性テストを行い、ランク付けをしている。トヨタが世界に誇るレクサスは、全ての項目で最高ランクの5つ星を得ている。テスラのモデル3も全て5つ星である。レクサスと比較しても遜色ない。しかも、このNHTSAのデータを使って、事故によって怪我が発生する確率を割り出すと、テスラのモデル3、 モデルS、 SUVのモデルXの順に低いのである(https://www.tesla.com/blog/model-3-lowest-probability-injury-any-vehicle-ever-tested-nhtsa)。つまりトップクラスの安全性なのである。
(ただし、NHTSAは、「4つ星」や「5つ星」というランキングしか公式に認めていない。テスラはNHTSA自身が公開しているデータを使って「事故によって怪我が発生する確率」を具体的に割り出し、ランキングが「5つ星」以上としているが、これはNHTSAが公式認定したものではないということ。)


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 しかしながら、このような動きをする自動車は一部の先端的ユーザーしか目を向けず、実際には売上はあまり良くないのではなかろうか?と思われるであろう(最近の日経ビジネスには「テスラが造るEVはアーリー・マジョリティーの心を射止めるには斬新すぎる。アーリー・マジョリティーが求めるのは、どちらかというとトヨタ自動車の「カムリ」やホンダの「アコード」のような安心感のあるクルマだからだ」という記事もある(https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00019/013000138/))。

 実は、カリフォルニア州の2019年1月から9月までの売上は、1位がホンダシビック(58,967台)、2位がトヨタカムリ(48,760台)。そして何とテスラモデル 3が3位(48,483台)である。4位がホンダアコード(43,709台)、5位がトヨタカローラ(40,928台) なので、テスラモデル3が、アコードやカローラよりも多く売れている結果である。もはや王道となった。
https://cleantechnica.com/2019/11/30/tesla-model-3-is-3-best-selling-vehicle-in-california-through-september/

 私が住むスタンフォード大学の側では、右も左も斜め向かいも、その隣もみんな、2台目の車はテスラである。しかも、幼稚園児と4歳児を持つ家族、大学生と高校生を持つ家族、老夫婦、全てのパターンの家族構成においてテスラを所有しており、ユーザー層は幅広い(ちなみに、我が家は20年前のトヨタセリカのオープンカーが愛車で、あと20年はもちそうなのでテスラはまだ所有できそうもない)。

 また、売れているのは天気が良くて、物価が高いカリフォルニアだけで、車大国の米国全体では売れているはずがない。皆さんは、そう考えていないだろうか?

 実は、2019年の米国での自動車売上を見ると、テスラモデル3は11位で161,100台である。これはトヨタプリウス全車種合計の69,718台の倍以上である。 テスラモデル3は、トヨタプリウスの倍以上売れているのだ(もちろん、米国でのトップはトヨタカムリ、2位はホンダシビックである)。

 あるいは、テスラは気候が悪いところ、寒いところには適していないのではないか?と思われる向きもあるだろう。

 実は、2019年にノルウェーで最も売れた車はテスラのモデル3である。ちなみに、オランダでもトップの売上である。これらの地域での売上には環境規制や税制も影響してくるが、冬のノルウェーは極寒地であり、そのような土地でも電気自動車ながら問題はなく、しかもCar of the Yearを受賞している。
https://cleantechnica.com/2020/01/19/tesla-model-3-1-best-selling-automobile-in-netherlands-norway-in-2019/


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 テスラは今までの車とは本質的に異なる。

 買ってから次々と新しい機能が付け足されるだけでなく、ブレーキや加速、電池のパフォーマンスも上がっていく。つまりスペックが変わるのだ。このような動きをする自動車メーカーは他にいない。

 そして、トップクラスの安全性と中流家庭でも手が出せる価格帯により、幅広いパターンの家族構成に受け入れられ、売上を伸ばしている。

 売上台数で勝負していないのに、驚異的に台数が伸びている。 さらに、2020年の4月から新たな分野として小型SUVサイズのモデルYが発売され、ホンダCR-VやトヨタRAV4に真っ向から勝負を挑み始めることになる。

 最も重要なポイントは、テスラは根本的に車の「価値」の付け方を変えている、ということである。

 シフトレバー(画面上)がパーキングに入った停止状態で操作性抜群の車内の大画面でチェスができるし、ネットフリックスも視聴できる。レーシングゲームでは本物のハンドルとアクセル、ブレーキを使うので、ゲームセンターさながらのリアル感が体験できる。クリスマスが近づくと「ホリデーモード」が使えるようになり、地図上にトナカイが出てきたり、ウインカー音が鈴になったりする。はっきり言って「面白い」のである。

 先日、コロナウイルスで全域が基本的に外出禁止となっているシリコンバレーで、我が家のお隣さんは、夜お父さんが一人でテスラの車内で映画を鑑賞していた。家には帰省中の大学生と高校生の娘たちと妻がいて、恐らくそのお父さんは、観たかった映画が家族からは却下され、追い出されたのだろう。車にはWiFiが届くので、ネットフリックスにつないでミニ映画館として使っていたのである。予期せぬ状況でのペインポイント(課題、困りごと)をも解消していた。

 これは、日本企業がこれまで築き上げてきた「品質」とはまったく異なる軸の「価値」である。モデル3は極端に自動化を進めた工場で製造されているため、トリミングのフィットが数ミリあまいことがあり、風の音がうるさかったり、たまに窓の開閉機能が停止してしまったりする。これは同価格帯のレクサスではあり得ない品質である。しかし、ユーザーからすると、テスラが提供している「価値」は従来の「品質」ではなく、ダウンロードでどんどん高性能になって行くワクワク感だったり、圧倒的に優れたオートパイロットだったりするのだ。しかも最新のモデルYでは大幅に製造品質が設計のレベルから上がっているという分析も出ている。

 ユーザーに価値を与えていることが、Consumer Reportsという非常に信頼性が高い企業による2019年の調査でも現れている。この調査によると、全ての自動車メーカーのユーザーの中で、テスラのオーナーが最も満足度が高いことが示されている。数年前にはトップだったプリウスや、2位のポルシェを抜いてテスラがトップである。
https://www.businessinsider.com/tesla-tops-consumer-reports-owner-satisfaction-list-2019-2

 ブルームバーグが行ったモデル3ユーザー5,000人を対象とした調査では、99%のユーザーは友達や家族にモデル3を勧めると回答し、98%は買い直すとしても再びモデル3を選びたいと回答した。驚異的なユーザーからの支持である。
https://www.businessinsider.com/tesla-model-3-customers-say-they-would-buy-it-again-2019-11

 これはテスラという一企業が自動車業界に与えるディスラプションもさることながら、「ものづくり」という概念全体に対するパラダイムシフトに他ならない。

 テスラの元社員(猛烈に働くので、自らを充電する必要があり、燃え尽きて辞める社員も少なくないが、新しいトップ人材はいくらでも集まる)の成功体験や、テスラが持つ徹底的なユーザーへの価値提供の目線が、「もの」を作る他の業界にも浸透する。すると、今まで日本企業があらゆる業界で追い求めてきた「高スペック」と「品質」とは全く異なる軸が競争の土俵となる。

 自動車業界は日本経済にとって中枢であり、国際競争力で優位性を発揮している心の拠り所でもある。そんな自動車業界の「価値」を大きくディスラプトしようとしているにもかかわらず、すでにこれだけ売れ、これだけ物凄い進化を遂げてきたテスラの実態は、なぜ日本のメディアでは取り上げられていないのだろうか。

 これまで述べてきたことは、ごく限られた専門家しか知らないものではなく、アメリカ(特にシリコンバレー)では一般家庭でも知っていることである。

 このような状況を見ると、日本は圧倒的な「情報格差」の向こう側に存在しているとしかみえない。日本に重要な情報が入ってきていない。たまに見るテスラの報道は、プロセッサーがトヨタの5年先を行っているといった技術の話だったり、高騰する株価を冷ややかな目で見る証券アナリストの引用だったりで、ユーザーから見た価値の本質が伝わっていない。

 コロナウイルスによる海外への渡航規制が行われるまでは毎週のように、日本からシリコンバレーを訪れる企業の方に会っていたが、若手社員から部長、取締役、役員、社長、会長、そしてあらゆる政府関係者を含め、ほぼ誰もテスラについて基礎知識すら持ち得ていなかった。日本で報道されていないので、知らないのは理解できるが、なぜ報道されないのかが不思議で仕方がない。

 私が抱く危機感は強烈である。

 なぜなら、テスラは、ユーザーが感じている電気自動車周辺のペインポイントを片端から潰しているだけではなく、より本質的なエネルギーに関してもペインポイントを解決すべく快進撃を続けているので、EVと補完関係にある他の産業領域にまで、テスラの自動車の「価値」が敷衍することになるからである。

 そして、コロナウイルスによる世界経済の冷え込みの後自動車産業が復活する時、ユーザーが求めている価値をテスラがさらに高めている可能性が強い。しかし、このような話はテスラという会社が凄いという自動車業界の話に限ったことではない。

 シリコンバレーがものづくり全体の従来のパラダイムをここまで脅かしていることは、絶対に知っておくべき事象である。それは、今後の世界で今まで以上に重要になるであろう。



写真1:最寄りの充電ステーションと、空き状況が一目で分かる(赤はテスラが自ら提供しているスーパーチャージャー)。Google Maps上に表示される。

20200422_Kushida_coiumn_photo1.jpg       隣家のテスラの画面より、筆者が撮影

写真2:テスラが提供しているスーパーチャージャー以外のテスラ対応可能な充電ステーション(灰色)もひと目で分かる。随時最新版になっている。

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写真3:テスラのスーパーチャージャーを選択すると、分かりやすいアイコンで周りのアメニティー(トイレ、レストラン、カフェ、ショッピング、WiFi、など)が見える。充電器数と空いている数、料金も見える(料金は、充電料金と充電後に繋ぎ放しにすることによる罰金とが表示されている)。

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写真4:車内で、車のハンドルとペダルを使ったレーシングゲームも楽しめる(ダウンロードで次々と更新される)。

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写真5:シリコンバレー からシアトルまでの長旅(約1,350キロ、運転時間約13時間)をナビに入力すると、途中の充電ステーションが表示され、到着時点でのバッテリー残量と、次の推奨充電スポットにたどり着くまでの充電時間も表示される。約20分の充電で2時間走れる。

20200422_Kushida_coiumn_photo5.jpg

写真6:Autopilotがオンになっていなくても、画面で常に周りの車が見える。ミラーでは見落としやすい「ブライドスポット」エリアの車も見える。最近のアップデートにより信号や「Stop」サインがきちんと見えるようになり、一般道のAutopilotが実装直前になっていることをアピールしている。

20200422_Kushida_coiumn_photo6.jpg

写真7:数年前のテスラモデル3。見かけは同じでも、ここ数年でトリミングや内装、パネルのハマり具合などが改善され、車載コンピューターのプロセッサーもアップグレードされている。

20200422_Kushida_coiumn_photo7.jpg

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