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2020.01.27

リーダー不在のグローバル社会の安定化策は何か:困っている人を見て見ぬふりをしないモラルの大切さ

JBpressに掲載(2020年1月20日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

1.世界秩序の不安定化と新たな解決策の模索

「われわれ連合国の人民は、(中略)国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、すべての人民の経済的および社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した」

 これは国連憲章の序文の一部抜粋である。世界中の国々が国連に加盟し、この基本的な考え方を受諾している。

 しかし、実際には毎年のように世界のどこかで共同の利益とは言えない目的で武力が用いられ衝突が起きている。

 最近は世界秩序の安定確保をリードしてきた米国自身が「アメリカ・ファースト」を唱え、単独で武力行使を行っている。

 これらは明らかに国連憲章に定められた内容に反している。すなわち、国家間の合意に基づくルールが守られない状況が常態化しているのである。

 国連のように多数の国家が加盟する組織では経済発展レベルや社会環境に関する国家間のばらつきが多いため、どの国にも当てはまる共通ルールを定めることが難しいのはある程度やむを得ない。

 しかし、G20という限られた国の間でも合意形成が難しいほか、先進主要国だけからなるG7ですら共同声明をまとめることが難しくなっている。

 1648年のウェストファリア条約以降、世界秩序形成の大前提は国家間の取り決めにより国際的な組織・枠組みを設立し、そこで定めるルールを遵守することに基づいている。

 しかし、最近は上述のように、グローバル社会が直面する問題を解決するための有効なルールを定めること自体が難しいうえ、定められたルールが無視されることも多い。

 これでは世界秩序の安定確保が難しいのは明白である。

 こうした問題は従来から存在していたが、外交・安保・経済面で圧倒的な影響力を有していた米国が強力なリーダーシップを発揮して世界秩序が円滑に保たれるよう重要な役割を担っていた。

 その米国が、トランプ政権誕生後、「アメリカ・ファースト」のスローガンの下、世界秩序形成をリードするリーダーの役割を急速に後退させた。

 EU、中国、日本などグローバル社会の主要プレイヤーである主要国・組織の中には、これまで米国が果たしてきた役割を補完的に担うことができる存在が見当たらないため、このままの状態が続けば世界秩序はますます不安定化に向かう。

 こうした状況に対処する一つの方法として、これまで主権国家が担ってきた役割の一部を非国家主体(non-state actors=企業、NGO、個人など)、すなわち「民」が補完すると同時に、有効に機能しなくなったルールベースの枠組みをモラルベースの自発的努力によって補完することが考えられる。

 ただし、このやり方では国家間で定めるルールによる強制力がないため、問題解決に向けた即効性のある効果は期待できない。

 とは言え、国家間で合意が難しい気候変動、環境、人権、経済規律などに関する問題については、長期間の共同努力が実現すれば、一定の成果を上げる可能性は十分ある。


2.モラルベースの自発的努力拡大のために必要な条件

 互いに異なる多様な考え方の人々が、モラル、すなわち道徳(あるいは倫理)に基づく自発的努力を通じて世界秩序形成の安定化のために協力し合うためには重要な前提が必要である。

 それは、異なる考え方を互いに認め合うことである。

 異なる考え方に基づく多様な問題解決に向けた努力の仕方を相互に認め合わない限り、共通の目標達成に向けて協力し合うことはできない。

 モラル、道徳という規範意識は、宗教と結びついていることもあるが、特定の宗教と結び付ける必要はない。

 むしろ、特定の思想・宗教と結びついたモラル、道徳を前提とすれば、異なる考え方に基づく多様な自発的努力を否定することにつながることが多い。

 ただし、モラル、道徳なしに、人間社会を安定させることはできない。

 ジョージ・フリードマン氏はその著書「ヨーロッパ炎上 新・100年予測」の中で、次のように指摘している。

「科学と啓蒙主義は、人間を単なる物理的な存在に還元してしまった。身体と欲望だけの存在だ」

「だとすれば、人間は他人に対してどのような義務を負うと考えるべきなのか。道徳とは何か。どうすればそれがわかるのか」

「この問いの答えが見つからなければ、人間は危険な存在になってしまう。野生動物とほとんど変わらない」

 以上から導かれる論理的帰結は次の通りである。

 グローバル社会において「民」の自発的努力による秩序形成の補完を目指すためには、多様な考え方をもつ人々が思想・宗教を超えて、それぞれ異なる努力の仕方を相互に認め合うことが必要であるということである。

 モラル、道徳は特定の思想・宗教に依拠するものではなく、グローバル社会において存在する様々な思想・宗教と共存する規範意識である。


3.多様な思想・宗教を超える東洋思想の規範意識

 以上の結論は頭の中では理解できても、現実の世界の中で実現するには障害が多い。

 ユヴァル・ノア・ハラリ氏はその著書「サピエンス全史」の中で、以下のように述べている。

「一神教信者はたいてい、自分は唯一絶対の神の全メッセージを有すると信じているので、他の宗教は全て偽りと見なさざるを得なかった」

「過去2000年にわたって、一神教信者は、暴力によってあらゆる競争相手を排除することで、自らの立場を繰り返し強めようとしてきた」

「(中略)今日、東アジア以外の人々は、何かしらの一神教を信奉しており、グローバルな政治秩序は一神教の土台の上に築かれている」

 東アジアでは、古来多様な思想・宗教が共存してきた。儒教、仏教、道教、禅、神道などの代表的な思想・宗教が相互に否定し合うことなく、ともに社会秩序の安定に寄与してきている。

 中国では国家の指導理念の根底をなす社会主義思想が西洋思想のマルクス主義に由来している一方、仏教、道教、儒教など様々な東洋思想と共存している。

 日本では明治維新以来、広く西洋思想に基づく科学、啓蒙主義の考え方、西洋型民主主義社会思想に基づく政治経済社会制度を構築し、長期的に定着させた。

 それでもなお、東洋思想の伝統精神文化は生き残り、共存状態が続いている。

 新年の初詣、クリスマス、様々な様式の婚礼・葬儀、仁・礼・慈悲の心などを重んじる実態を思い起こせば、多様な思想・宗教を受け入れる特徴は明らかである。

 その日本において、ルールを超えたモラルに基づく各自の自発的努力により社会秩序の安定が保持される明確な事例として見られるのは、自然災害による甚大な被害が発生した直後の混乱状態における道徳的行為である。

 2011年の東北大震災直後にライフラインが寸断され、しばらくしてコンビニが営業を開始した時、地域の住民は整然と整列して、必要なものを入手した。

 お金を持たずに来た人々にも商品を提供し、後日ほとんどの人々がお金を支払いに来た。

 その光景は、2004年のインドネシア・スマトラでの大津波の被害直後、あるいは2005年の米国でのハリケーン・カトリーナの被害を受けた後のニュー・オリンズなどで発生した商店略奪事件の横行と比較して、日本社会の安定が際立っており、世界中が注目した。


4.日本における道徳教育を通じた規範意識向上の必要性

 こうした日本社会にみられるモラル、道徳により社会秩序の安定が図られている原因は単に外国人が人口に占める比率が少ないからであり、日本も欧米並みに移民を受け入れれば、社会は不安定化するとの見方がある。

 2019年に日本の人口に占める移民比率が2%に達した。

 少子高齢化の進展とともに深刻化する労働力不足問題に対処するため、外国人労働力の受け入れを増やさざるを得ないため、今後日本の移民比率は急速に上昇し、2030年代には5%を超える可能性が高いと見られている。

 これに対して、主要欧米諸国の移民比率はすでに10~16%に達している。移民が急速に増加する際に、社会の不安定化が目立ち、極右政党が登場するケースも見られた。

 日本も今後、そうしたリスクが高まる可能性が高いと覚悟すべきであろう。

 移民の増加に伴って社会を構成する人々の思想・宗教はますます多様化するため、相互に理解し、認め合う姿勢が一段と重要になる。考え方の異なる相手を排除し合えば、社会の調和が失われる。

 日本社会が10年後にはそうした厳しい状況に直面することを考えれば、早急に道徳教育の拡充を通じて異なる思想・宗教を超える規範意識を醸成することが必要である。

 現在、東アジアにしか残っていない多様な思想・宗教に基づく異なる考え方を認め合う精神的土壌は中国古典を中心とする道徳教育の中で培われてきた。

 日本では江戸時代以降、藩校、寺子屋、私塾などにおいて広く社会各層に対して道徳教育が行われ、職業倫理を重視する理念が日本全国に広がったことと相俟って、規範意識が伝統精神文化として定着した。

 すでに学校教育では教えられることがなくなったが、現在も多くの企業経営、家庭教育等の中で無意識のうちに規範意識が引き継がれている。

 しかし、明治維新以降は江戸時代のように意識的に道徳教育が行われていないため、規範意識を尊重する精神基盤が失われてきている。

 これがルールさえ守っていれば、良心の呵責を感じない風潮を蔓延させている。

 たとえば、鉄道車両のシルバーシートでは老人や妊婦に席を譲るが、それ以外の場所では、目の前に老人が立っていても、若年・中年の人々がスマホを操作しながら老人を見て見ぬふりをして席を譲ろうとしない光景をしばしば目にする。

 そのたびに暗い気持ちになる。中国でも道徳意識の低さを感じることはしばしばあるが、鉄道車両内で老人に席を譲るのは常識として定着しているように見える。

 それとの相対比較で日本のモラルの低下を実感することが多い。

 今後日本社会の安定基盤が急速に弱体化し、不安定化リスクに晒されることが不可避である現在、取り組むべき課題は明確である。

 江戸時代に日本の規範意識形成の土台となった東洋思想(中国古典)教育のエッセンスを小中学校における道徳教育において積極的に取り込み、日本の美徳を支える伝統精神文化を新時代に調和する形で再度醸成するべきである。

 その努力を通じ、多様な考え方をもつ人々が異なる思想・宗教を超えて、それぞれの自発的努力を相互に認め合う姿勢をまずは日本国内で再構築し、世界に向けてその姿勢を示す。

 これがルールを超えたモラル、道徳の大切さを世界に認識させることにつながれば、日本が世界秩序の不安定化を部分的に補強する役割を担うことができる。

 日本および世界秩序の長期的な安定確保のために、小中学校における道徳教育拡充に向けての努力を即座にスタートさせる時が来ている。

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