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2019.10.23

災害に負けない日本とラグビー快進撃 日本人の伝統精神で世界の経営をリードする時代が到来

JBpressに掲載(2019年10月18日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係
1.台風19号の爪痕と防災努力の成果

 10月12日から13日にかけて大型の台風19号が凄まじい暴風雨によって広範な地域に甚大な被害をもたらした。

 15日時点で確認された死者は70人以上に達している。突然の台風襲来により平穏な生活が一転し、苦しみのどん底に突き落とされた方々の苦悩は筆舌に尽くしがたい。  亡くなられた方々には心よりご冥福を祈るとともに、被災地の一日も早い復旧と、被害者の方々が心の平穏を取り戻されることを願ってやまない。  日本が高度成長期に入って以降の大きな台風や最近の豪雨などによる死者を比較すると以下のとおりである(行方不明者は含めず)。


   狩野川台風(1958年9月、死者1269人)
   伊勢湾台風(1959年9月、死者4697人)
   九州北部豪雨(2017年7月、死者40人)
   西日本豪雨(2018年7月、死者263人)
   台風19号(2019年10月、死者70人以上)

 単純な比較は難しいが、かつては1000人以上の死者を出していた大型台風による被害が、最近は数十名から数百名となり、被害を少なくする努力が実を結んでいる。

 犠牲者の人数が減少したとはいえ、亡くなられた方々の尊い命は戻ってこない。その大切な命を悼み、一人でも多く被害者を減らそうという強い想いがこうした防災の成果を生んでいる。

 自然災害による被害を最小限にするため、テレビや携帯電話を通じた災害関連情報の周知と必要な防災対応策をタイムリーかつ繰り返し伝える呼びかけ、安全な避難場所の確保等準備体制の強化、堤防の建設、建築物の強化など様々な努力が積み重ねられている。

 自然災害発生時にテレビのニュース番組のアナウンサーが視聴者に対して発信するメッセージは以前に比べてよりきめ細かく、災害関連情報の伝達にはるかに多くの時間を割くようになっているのは近年の明らかな変化である。

 以前は存在しなかった携帯電話を通じた警戒警報や災害関連情報発信も年々効果的な内容になっている。

 こうした防災のための様々な対策の地道な積み重ねが災害の犠牲者数の減少をもたらしたのは間違いない。

 防災対策強化を支えた人々の思いは、金銭的利害でもなく、社会的名誉のためでもない。その努力が誰に知られなくてもそれを恨むこともなく、被害者を一人でも少なくするために積み上げられた善意そのものである。


2.ラグビー・ワールドカップに見る日本の努力を支える伝統精神文化

 ラグビー・ワールドカップの日本-スコットランド戦は台風19号が関東地方を通過した翌日の10月13日に横浜で行われた。

 台風の余韻ともいえる強風がまだ吹いている最中、暴風雨の被害を受けた会場の整備のため、早朝から関係者約2000人が尽力し、試合開始に間に合わせた。

 競技場が水害を想定して高床式の設計となっていたことも整備が間に合った大きな要因の一つであると報じられている。

 日本人は過去における数多くの自然災害の被害から防災や被災地の復興に必要な努力の仕方について多くを学び、自然災害の防止のための努力を一歩一歩積み重ねてきた。  その努力の根本をなすのは、利他の精神である。

 自分だけが災害を避けられればよいと考えれば、安全な場所に住居を移すだけでその目的はほぼ達せられる。

 しかし、先人たちは自分たちが経験した被害を分析し、次の災害に備えて人々の被害を少しでも小さくするよう長期にわたり様々な努力を継続してきた。

 その結果、台風や洪水による死者がこの数十年の間に大幅に減少した。

 筆者が推測するに、利根川の流れを変える大土木工事が実行された江戸時代以降、こうした努力がずっと継続されてきていると考えられる。

 こうした利他の精神、長期的信用、社会貢献を重視する思想哲学は江戸時代以来、日本の職業観の中核をなしてきた。

 その根底には、日々の仕事や商売の中で仁義礼智信などの道徳を実践することが天命にかなっており、充実した人生を全うできる生き方であるという意識がある。  こうした思想哲学は、中国古典に代表される、儒教、仏教、道教、禅、それに日本古来の神道を加えたものである。

 江戸時代以降、この精神は、鈴木正三、石田梅岩、渋澤栄一らを中心に一般庶民、企業人の間でも脈々と受け継がれ、現在も日本企業の経営理念の土台を形成している。

「三方よし」(買い手よし、売り手よし、世間よし)という近江商人の精神を受け継ぎ、社員全員でその精神を日々の仕事において実践している企業は少なくない。

 ラグビー・ワールドカップの運営に当たっても、こうした日本人の心に浸透している利他の精神が自然にあふれ、台風直後の会場整備、選手や観客に対するおもてなしや応援などの面で世界中から高い評価を得ている。

 これが多くの日本人にとって日本の伝統精神文化に対する誇りを再認識する機会となっている。

 経済的な見返りを超えた精神的な喜びを最も重視する日本人ならではの成果である。

 そうした思いを共有したカナダのラグビーチームは台風で被害にあった岩手県釜石市において後片づけのボランティアに加わり、多くの人々に大きな勇気と感動を与えた。

 この出来事からも明らかなように、日本人の誠心誠意は国を越えて心をつなぎ、善意、道徳心を感化するエネルギーを持っている。


3.日本企業の経営理念をグローバル社会に向けて発信へ

 欧米諸国では特に1980年代以降、株主第一主義、市場メカニズムの徹底、自由貿易体制の拡充、資本主義の発展などを重視する考え方が強まった。

 経営目標は短期化し、利益の増大、株価の上昇、社長以下役員給与水準などを重視し、社会の安定への貢献、長期的な顧客からの信用、従業員の幸せなどは相対的に軽視される傾向が強まった。

 その結果、米国では所得階層の上位10%の富裕層だけの収入が伸び、その下の階層の収入は横ばいまたは下落する状況が30年以上にわたって続いている。

 これが中所得階層以下の一般庶民の強い不満を招き、所得格差の拡大を防ぐために有効な施策を考えようとしなかったエスタブリッシュメントに対する不信感を強めた。

 その不信感を代弁し、エスタブリッシュメント層を罵倒するドナルド・トランプ大統領が米国において一般庶民の強い支持を得ている。

 戦後70年以上にわたってエスタブリッシュメント層が米国および世界の平和と経済発展のために積み重ねてきた素晴らしい努力と成果までが否定されている。

 これが米国の直面する社会の分裂という深刻な問題の背景である。

 欧州では英国がブレグジットに向かい、ドイツやイタリアでは極右・極左が台頭し、フランスでは黄色いジャケット運動が広がった背景にも同様の問題が存在している。

 こうした深刻な社会問題を抱える欧米諸国の現状に対して、この2、3年国家の政策設計の根本的誤りを指摘する学者・有識者の声が強まっている。

 筆者自身も、欧米流の短期利益や株価を過度に重視する経営が社会の分裂をもたらした事実を直視し、日本企業の社会貢献、長期信用、従業員の安心・安全・日々の幸福を重視する経営理念を重視するべきであるとの主張を繰り返してきた。

 同時に、日本企業がそうした経営理念を世界に向けて発信することは日本の21世紀の責務であると訴えてきた。

 今年の8月19日、米国の主要企業経営者の団体であるビジネス・ラウンドテーブルが企業経営の目的に関する重要な声明を発表した。

 それは、1997年以来ずっと続けてきた株主第一主義を転換し、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主といったすべてのステークホールダーを重視するという新たな経営理念を重視する姿勢の表明である。

 その基本精神は「三方よし」の理念と同じく道徳的理念や善意を重視する方向を向いている。

 ついに代表的米国企業の経営者までもが企業経営理念の転換に向かおうとしている。

 以前の米国企業であれば、いくら日本企業が社会貢献・長期的信用・従業員の幸せなどを重視する経営理念を発信しても耳を傾けようとはしなかったであろうが、今は違う。

 日本企業が世界に向けて日本型経営理念を堂々と胸を張って発信すべき時を迎えた。

 そのタイミングで、利他の精神を強く思い起こさせる自然災害に見舞われ、ラグビーのワールドカップを通じて利他の精神が評価される機会も得た。

 台風とラグビーと企業経営。普段であれば何もつながりがないように見える3つの事象がつながり、日本人の背中を押して日本の伝統精神を世界に向けて発信するタイミングの到来を示している。

 今後その成果をきちんと形にしていくためには、ラグビーの日本代表チームのように誰にも負けないハードワークが必要である。

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