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2019.04.22

激変する中国市場:日本企業の出遅れが顕著に ~警戒を強めつつも果敢な投資を続ける欧米企業との違いは何か~

JBpressに掲載(2019年4月19日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係
1.戦前の日本政府の失敗の本質

 元在中国日本国大使の宮本雄二氏が先月、素晴らしい著書を出版した。書名は『日中の失敗の本質』。

 筆者は著者の宮本氏から、日中関係の改善に尽くす並々ならぬ情熱と豊富な経験、そして大所高所からの冷徹な分析を学ぶ貴重な機会をしばしばいただいている。

 筆者が2006年から2008年まで宮本大使(当時)と同時期に北京に駐在して以来、現在に至るまで、一貫して指導を仰いでいる大恩人である。

 この著書の第1章で、宮本氏は、対米開戦が戦前の日本が犯した最大の判断ミスであり、その根本原因は中国問題だったと指摘している。

 米国の強大な国力を過小評価し、同時に中国のナショナリズムに対する正確な認識と政策を欠き、対中戦線を拡大したことが相俟って、日本は対米開戦という大きな過ちを犯した。

 その根底には、欧米諸国の間で共有されていた第1次大戦に対する痛切な反省と平和への希求に対する認識が乏しく、日本は一周遅れのトラックを走っていた。

 国際社会の変化に日本は鈍感であり、日本社会は内向きになり、「井の中の蛙」となってしまった。対米開戦という大きな過ちはそのツケなのだろうと分析している。

 筆者も宮本氏のこの歴史認識に同感である。

 人は自分にとって都合のいい、見たいと思うものだけよく見えて、都合が悪く、見たくないものは見えない、とよく言われる。

 逆にプロフェッショナルは、人が見えない物事の本質を見抜く。つまり暗い部分が見える。だから日本語では、これを玄人(くろうと=暗(玄)い部分が見える人)と呼ぶ。

 戦前の日本政府では国際情勢に通じ、的確に判断を下す玄人の見解が共有されていなかったため、大きな過ちを犯した。これが戦前の日本の失敗の本質である。


2.日本企業の中国ビジネスにおける失敗の本質

 宮本氏が指摘するのは戦前の日本政府の失敗である。

 しかし、筆者は、「欧米諸国の認識を理解せず、日本は一周遅れのトラックを走っていた。国際社会の変化に日本は鈍感であり、日本社会は内向きになり、「井の中の蛙」となってしまった」という指摘を読んだ瞬間、最近の日本企業の失敗にも多くの共通点があると感じた。

 これは戦前の問題のみならず、現在の問題でもある。

 中国経済は2005年以降急速に構造変化が進み、ほんの数年の間に輸出投資主導型の経済モデルから内需主導型モデルへと移行した。

 それとともにドルベースで見た所得水準は驚異的な伸びを示し、2010年代に入ると、中間所得層の急増とともに、先進国企業にとっての製品・サービス需要が年々急速に拡大し続けた。

 この変化に気づいた欧米企業は優秀な人材と大量の資金を投入して中国国内市場の開拓に注力し、巨額の利益を稼いだ。

 一方、日本は2012年の尖閣諸島領有権問題発生後、日中関係が戦後最悪の状況に陥り、日本国内で厳しい反中感情が支配的となった。

 メディアは日本の国民感情に合わせる形で中国経済に関してポジティブな事実をほとんど伝えず、ネガティブな面ばかりを強調した。

 日本企業はその報道を鵜呑みにし、中国ビジネスに対して極めて慎重な、後ろ向きの姿勢を取り続けた。

 最近2、3年は、中国企業の競争力向上とともに、多くの欧米企業が中国政府・企業への警戒感を強め、対中投資姿勢が慎重化している。

 ただし、技術競争力が高く、市場開拓能力にも秀でた欧米グローバル企業は中国国内市場で毎年巨額の利益を稼いでいるため、全体のネガティブな雰囲気に関わりなく、引き続き中国において積極的な姿勢を保持している。

 国別対中直接投資額の推移を見ても、米独英仏とも2018年の投資額は前年を上回っている。

 大半の日本企業はこうした欧米の主要なグローバル企業の動向に気づかず、単純にネガティブなメディア報道を鵜呑みにして、欧米諸国のグローバル企業も対中投資に消極的になっていると誤解している。

 これは、国際社会の変化に鈍感で内向きな「井の中の蛙」の姿にほかならない。

 戦前の日本の失敗の本質である上記の特徴は、今もなお日本人の思考・行動パターンの中に形を変えて引き継がれている。


3.トップリーダーの決断と実行の重要性

 宮本氏は前出の著書の最終章で、平和で安定した日中関係の構築に向けて多くの重要な提言を行っている。その中で筆者が注目したのは次の指摘である。

 「日中関係の様々な障碍を乗り切って前進させるためには、第一に、何よりも両国政治指導者の強い意志が必要である」

 「第二に、指導者の考えを実行に移すための環境整備として、日中間のできるだけ多くの積極的な要素を発掘し、実現し、社会に注入していく必要がある」

 「首脳同士が頻繁に会うことは、問題を解決するためにも、また雰囲気を改善するためにも、大きな役割を果たす」

 ここを読んで、日本政府の改善すべき点が、日本企業の直面する問題に対する解決策と重なっていることに気づいた。

 日本企業が中国ビジネスで一定の成果を上げ、成功を手にするための重要な条件として、筆者は常に以下の点を強調している。

 社長自身が中国各地の市場の最前線に年6回以上足を運び、自ら市場ニーズと自社製品の改善すべき点を明確に認識し、中国現地マーケティング主導型での経営組織再編を目指して抜本的改革を指揮する社長の強い意志と行動力が必要である。

 宮本氏の提言と筆者の主張の共通点は、組織のトップリーダーの強力なリーダーシップ、現場最前線からの実践的アプローチ、そして、トップリーダーが現場に足を運ぶ頻度の高さを重視している点である。

 日本政府が日中関係改善のためにとるべき行動と日本企業が中国ビジネスで成功するために必要な行動の共通点だ。


4.失敗の本質を克服するリーダーを育成せよ

 このように戦前の日本の失敗の本質と現在の日本企業の中国ビジネスの失敗の本質とを比較してみると、両者に共通する国際社会の変化に鈍感で内向きな「井の中の蛙」の日本人の問題点が浮かび上がる。

 その失敗を繰り返さないための対策としては、トップリーダーの指導力向上、および正しい判断・決断のための現場主義の重視が共通の解である。

 政府の政策運営にせよ、企業の経営活動にせよ、日本の失敗の本質は時代を超えて、組織を超えて共通である。日本人はこのことを肝に銘じる必要がある。

 ただし、肝に銘じただけでは問題解決としては不十分である。

 日頃からトップリーダーにふさわしい指導力を身に着けるための自己研鑽の蓄積、および、トップリーダーに就任してからの現場主義の徹底が不可欠である。

 そうした人格的素養を備えた人物でなければトップリーダーは務まらない。だからこそ日本人自身の努力で失敗の本質を克服するリーダー人材を育成することが必要である。

 そうした人格の形成には初等中等教育における道徳教育が決定的に重要である。

 日本が再び失敗を繰り返さないよう、失敗の本質の根本原因を解決するため、日本の初等中等教育のあり方を見直すという抜本的な対応が必要である。これは一見迂遠のように見えるが、実は問題解決への近道である。

 40歳を過ぎ、自分流の考え方が固まった人間の考え方を変えさせること、あるいは、内部管理システムが充実した大組織の人々に染みついた組織文化を抜本的に修正することはたとえ10年、20年の年月を費やしても極めて困難である。

 むしろ、一から新たな考え方の人間を育成する、あるいは新たな理念を共有する組織を一から作る方が圧倒的に早く、中身も徹底することができる。

 日本の戦前の失敗の本質を振り返っても、グローバル化時代の企業経営の問題解決策を考えても、未来を担う子供たちの道徳教育こそが日本の将来を左右するカギである。

 小中学校では、国が定める一律の評価基準で採点される偏差値を高めることを全員が同じように目指すのではなく、子供たちの個性をよく理解し、一人ひとりの個性を豊かに伸ばす教育が求められる。

 その教育環境の中で、私心のない、常に周囲の人たち、ひいては社会のために自己の最善を尽くしきる人格を備えたリーダーを育てていく。これが日本の失敗の本質を根本的に解決するための最も早くて有効な方法である。

 それだけで日本が国際社会の変化に鈍感で内向きの「井の中の蛙」となることを防ぐことができるのかと疑われるかもしれない。筆者はその心配はないと考えている。

 現在のグローバル社会において、仕事の能力が一定レベルに達すれば、政治・経済・学術・文化のいかなる分野においても外国の人たちと直接向き合うことがない仕事はほとんどない。

 立派な人格を備えたリーダーであれば、グローバル社会において日本が直面する問題から目を背けて逃げることはない。

 必然的に意識は世界と向き合い、世界情勢に敏感となり、井の中の蛙であり得なくなる。明治維新を成し遂げたリーダーたちの国際感覚の鋭さの原点はここにある。

 今こそもう一度教育の原点に立ち返り、人格を磨くことを重視する初等中等教育の構築を目指す抜本的教育改革が急務である。


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