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2019.03.22

【シリコンバレーに見る自動車業界の「価値破壊」の予兆と「価値創造」への道(3/4)】 テスラの「価値」:競争の土俵を変える

  • 櫛田 健児
  • International Research Fellow
    櫛田 健児
  • [研究分野]
    Political Economy, Information Technology, Politics

<CIGS International Research Fellow 櫛田健児 シリーズ連載>

シリコンバレーに見る自動車業界の「価値破壊」の予兆と「価値創造」への道
1. そもそもウーバーとは(2019年3月20日掲載)
2. リフト(Lyft)のグリーンモードの衝撃(2019年3月20日掲載)
3. テスラの「価値」:競争の土俵を変える(2019年3月22日掲載)
4. オーロラ(Aurora):先陣を切る企業を飛び出した起業家たち(2019年3月22日掲載)



 次にテスラを取り上げよう。テスラは日本では余り馴染みがないので、誤解されがちである。「かなり無茶をする高級電気自動車を作るニッチな会社」というイメージかもしれないが、実はかなり奥が深く、既存の自動車業界にとって大きな脅威となる会社である。テスラが成長して既存の自動車業界を飲み込むという話ではなく、テスラが提供する「価値」が既存の自動車と異なる点が脅威なのである。

 販売業績は、テスラの全モデルを高級車とすると、アメリカでは2018年の9月以降、レクサスやBMWを押さえて高級車部門で売上トップになっている。テスラには工場が一つしかなく、2018年6月には量産型のモデル3を週に5千台製造できるかをめぐって資金ショートを起こして倒産目前となった一弱小メーカーと見る人が多かった。そのような会社にとっては、それだけでも凄いことである。上場企業にしては、かなり無茶をしていたのである。

 キャッシュフローの状況を、歴代モデルの開発から生産までの観点から見てみると、テスラがソフトウェア企業のような動きをしていることが分かる。資金調達してから新しいモデルの製造まではキャッシュフローはずっとマイナスである。最初はセダンのモデルSだった。モデルSが製造できるようになるとキャッシュフローはプラスに転じ、それを元に新たな資金を調達した。次は、かなりこだわりのある(こだわり過ぎとも批判された)モデルXを作るために、キャッシュフローは大きくマイナスになり、製造開始後にプラスとなった。それを元の今度は量産型のモデル3のために資金調達し、かなり大きなマイナスが長期間続いた。マイナスが最大となった時期には、ウオール街から倒産寸前だというレポートが多く発信され、テスラ株でショートした投資家たち(それまで上がり続けていたので大損していた)は喜び始めた。創設者であり社長のイーロン・マスクは四六時中工場に泊まり込み、製造問題の改善に取り組んだ。報道によると、社員が朝出社すると受付デスクの下で寝ている人がおり、イーロン・マスクだったことがあったそうだ。これが多くの社員にとって精神的な支えになったという。そして、ついにモデル3が製造できるようになった夏の終わり頃から、キャッシュフローは大幅に黒字に跳ね上がり安定経営ができるようになった。イーロン・マスクは「会社の全てを賭けて作るようなモデルは、もうないだろう」と言っている。

 このようなテスラの自動車、特に量産車で価格が安いモデル3は、日本の自動車メーカーやサプライヤーからみたら、ドアパネルのハマり具合、窓の周りのトリミング、内装など、とても400万円の車とは思えないような低いクオリティーである。テスラのショールームで「この程度のクオリティーの車が400万円もするのはおかしい」という声があることを、日本人のティアワンサプライヤーの社員から聞いたことがある。しかし、テスラの価値はそこにはない。消費者は車の価値をそこで評価していないのである。

 まず、オートパイロット(自動運転アシスト)の衝撃的なデビューがあった。2年以上前のある日、モデルSのオーナー全員に「今夜ソフトウェアをダウンロードすれば、明日はオートパイロットが実装されるよ」という軽いノリのイーロン・マスクからのメールが届き、人類史上ほとんど変わることがなかった人間と車の関係を一気に覆したのである。しかも、最初のオートパイロットには特に規制がなかったので、手放し運転が可能であった。シリコンバレーのフリーウェイや交通量が少ない車道でドライバーが恐る恐るハンドルから手を離して、オートパイロットに命を預ける動画が次々にユーチューブ等にアップロードされ、ニュースになった。人類が新しいフェーズに突入したような感覚があった。

 オートパイロットの質が非常に高いので、このような動画は日に日にエスカレートして行き、遂には運転しながら食事をする人、ギターを弾く人、そして仮眠を取る人の動画まで登場してしまった。これを見たカリフォルニアの行政当局が「これは行き過ぎだ」ということで、ハンドルに手を添えないといけないという規制を作った。これを受けて、テスラはすぐに新しいソフトウェアのダウンロードパッチを出し、ハンドルに手を添えていないとオートパイロットがオフになるという設定に更新した。ユーザーによるソフトウェアのダウンロードという最も簡単な方法よって、以前から車と人間の関係を変えることは技術的には可能であったが、実現させた会社が出現したことによって、「技術により何ができるか」という次元から「誰が何をするのか」という動きで価値を作り出せる力学が明確になった。テスラはこのような動きをする会社なので、車の価値はドアパネルのハマり具合などでは測れないのである。

 ソフトウェアのダウンロードにより、車自体の性能も大きく変わった。モデル3のブレーキの効きが当初の想定より悪いことが自動車評価メディアに取り上げられると、イーロン・マスクは最初ツイッターで否定していたが、エビデンス(実証的な根拠)を見てから発言を変え、「すぐに直す」と言い出した。予想通り、翌週にはソフトウェアのダウンロードパッチによってブレーキ性能が大幅に向上したのである。

 ダウンロードで追加された機能はそれだけではなく、便利な機能も次々と追加されている。例えば、「ペットモード」という、犬等のペットを車の中で短期間留守番させても車内温度を適温に保つというモードがある。車内の画面上に通行人に向けて「僕は大丈夫。ペットモードになっているから中の温度は快適な○○度だよ」と表示して、車内温度を特大の文字で見せる。この機能は、ペットを買い物に連れて行く人のペインポイントを解決するものである。この他にも「キャンピングモード」もあり、席をフラットにして車内で快適に寝泊まりできるよう温度設定してくれ、コンロや照明等に電気を供給する機能もついている。最近流行りの「グランピング」(優雅でしんどくないキャンピング)にはもってこいである。この他にも、クリスマス頃に一時的に実装された「サンタモード」では、音声認識によるアクティベーションによりウインカーの効果音がジングルベルになったり、画面上に表示される近くの車がトナカイになったりという遊び心満載の機能もあった。子供騙しかと思いきや、実は車がこんなにもワクワク感を与えてくれるエンターテインメントだということを示して、自動車の価値の軸を変えた。このようなことをテスラができるのは、テスラの安全性レーティングがトップだからである。

 要するに、安全性という価値を担保にして、既存の自動車とはかなり異なる軸の価値を提供しているのである。

 テスラを買う人の多くは、テスラをただの自動車メーカーとしては見ていない。イーロン・マスクの夢と構想の一部と捉えているのだ。イーロン・マスクの夢と目標は、人類のエネルギーシステムの抜本的な改革であるが、その改革でも地球環境が保たない可能性が高いので、人類が火星に移住できるように文明の進化を加速させようとしている。テスラのメイン製品は電気自動車だが、ソーラーパネルやバッテリーを開発して供給しており、目指しているのは脱炭素エネルギーである。気が付くと、全米でのテスラのスーパーチャージャーの数は1万台を超え、「瓦自体が太陽光発電パネル」という大変魅力的な製品もニューヨーク州の工場から出荷を始めている。イーロン・マスクの構想は、家の屋根瓦全てをソーラー発電の瓦(見かけは普通の瓦であるが、より長持ちし発電もできるので、実質コストは普通の瓦より安い)で覆い、家庭用蓄電池であるテスラウォール(今の所まだ十分供給できていない)で電力を溜めて、テスラ自動車で走行する。これにより、完全に電力グリッドから外れた生活が送れるという構想である。地球温暖化の影響が目立ちつつある現在、個人が行える建設的な行為として、これにより環境に多大な貢献ができる。しかもペインポイントを解消しており、楽しくワクワク感もある。このようなこと全てを含めて評価されているのがテスラである。このように書くと、「それは単なるマーケティングのきれいごとではないのか」と疑う人もいるだろうが、単なるマーケティングにしては、どう考えてもイーロン・マスクは多方面で頑張り過ぎているように見える。

 会社は誰のためにあるのかという議論があるが、イーロン・マスクがメディアで公言しているのは、「テスラはエネルギーシステム改革への起爆剤である」という考え方である。会社は従業員のためのものでもなければ、株主のためのものでもない。起爆剤なのである。このような会社は競争相手にとって大変厄介なことは、上記に述べた通りである。

 ここまで書けば言う必要もないが、イーロン・マスクは短期間に一発当てて大儲けしようというモチベーションで動くようなタイプのアントレプレナーではない。1990年代半ばの最初の起業で、彼は会社を2200万ドルほどで売却して億万長者となった。しかし、その収入のほとんどを次のスタートアップにつぎ込み、それは競争相手と合併してPaypalとなり、言わば最初のフィンテック企業となった。Paypalの社長を引き摺り下ろされた後も、筆頭株主として最大株主のまま、13億ドルでPaypalをeBayに売却した。誰が見ても大富豪となり、これ以上頑張らなくても、南国での優雅な生活を一生楽しめたのだが、ようやく資金のプレッシャーから解放され、いよいよ本当にやりたかった人類のエネルギー改革と火星移住計画を目標にして、再利用可能ロケットを製造するSpaceXと、テスラモーターズの両社を起ち上げたのである。そして、他の誰よりも働く意気込みで突っ走っている。競争相手にしてみれば、本当に厄介である。

 テスラは乗用車だけではなく、電動のピックアップトラックや大型貨物トラックも開発している。カリフォルニアでは、大型貨物トラックの試作機が長距離高速道路のテスラ充電施設にいるところを何度も目撃されている。近年、大型貨物トラックの大手グローバル企業であるボルボがディーゼルの開発を打ち切り、数年後には販売もやめると発表した。ボルボの社長はテスラがその原因だと明確に述べた。テスラは本当に起爆剤なのである。

 テスラは販売網でも革命を起こそうとしている。アメリカで車を買おうとする場合、消費者にとって大きなペインポイントは「ディーラーでの消耗戦」である。自分で値段を決めておらず、自分が欲しいオプションの在庫がなければ、ディーラーはあの手この手で売りたい車を押し付けてくる。交渉を長期戦に持ち込み、「もう分かりました。これでいいです」と言うまで、一日がけで粘り強く交渉してくる。よく読まれる記事として、「ディーラーに騙されないための基礎知識」といったものが出回るほどで、消費者にとっては、これは本当にペインポイントなのである。各州のディーラーのネットワークによる縛りがきつく、自動車メーカーは「ネット上での透明性が高い販売」という簡単な仕組みを構築できずに困っている。

 州によっては、既存の自動車会社のディーラーがテスラに販売店を作らせまいと、あの手この手で阻止してきた。テスラはあくまで直販にこだわっており、既存のディーラー網、特にフランチャイズには全く関心を示していない。ほとんどの注文をネット上で済ませていた。

 2019年3月に、テスラが突如新しいモデルを発表した。販売店をほとんど閉めて、ネットとスマートフォンによる購入のみというものであった。こうすることで、消費者はサクッと定額のものをネットで注文でき、数週間後には宅配のようにテスラが届くのである。そして、二週間以内であれば、気に入らなければ返品できるとした。イーロン・マスクはツイッターに「注文して購入し、週末にバケーションに行き、翌週に返品することもできる。しかし、一度乗ればこの車は絶対キープしたいと思うので、私達にとって問題ではない」という趣旨を書いた。販売店をなくしてコストを下げることで、量産型のモデル3を3万5千ドルという中流家庭でも手が届く値段で販売できた。ユーザーのペインポイントも次々に排除して、様々な側面から既存の自動車業界に食い込んできたのである。


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