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2019.03.04

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第119号(2019年3月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 中国と欧米先進国との関係に関し、将来を不安視してしまうのは筆者だけではあるまい。

 小誌先月号で、"The China Issue"として全誌面を対中分析に充てたMIT Technology Review誌や独中関係に関する報告書("Partner and Systemic Competitor")を発表したドイツ産業同盟(BDI)に触れた。今月号では、米国のランド研究所や英国の王立防衛安全保障研究所(RUSI)による報告書、また新アメリカ安全保障センター(CNAS)が中国のAI開発戦略を分析した報告書や米議会(USCC)での専門家達の証言に触れて、高まる米英両国の対中警戒感を指摘した。だが、ジョセフ・ナイ教授による楽観論("China Will Not Surpass America Any Time Soon")も忘れる訳にはいかない(次の2を参照)。こうしたなか筆者は友人達と様々な資料を基に意見交換を行なっている--例えば昨年11月号で触れた李開復氏の著書(AI Superpowers)--台湾出身の彼は米国国籍を取得した後、国籍を米国から中国に移したGoogle Chinaの元社長だ。それに加えて、米国西海岸からロンドンへ移ったコリ・シャーキ氏--英国の国際戦略研究所(IISS)事務局次長--の著書(Safe Passage, Harvard University Press, Nov. 2017)が挙げられる。


 現在でもまだBrexitが大きく揺れている。筆者の短い見解は既に述べた(16年8月号、17年11月号を参照)。参考までに昨年末、ロンドンで友人達に語った事を読者諸兄姉にお伝えする。

 暗いトンネルに入ったBrexitは①世界情勢に関するトップの誤った判断、②スタッフであるブレーンの能力不足、そして③国民の良識に語りかけず、国民の誤断を許した知識階層・マスメディアの努力不足が原因だ。過去における英国の大失策の例として戦間期の旧平価での金本位制回帰が挙げられる。ケインズ大先生は小論(The Economic Consequences of Mr Churchill)の中で、辛辣にも①チャーチル蔵相(当時)の誤った世界観と貧弱な判断力、そして②ブレーンの能力不足を指摘している。
 英国の金本位制回帰(1925年4月25日)の直前、3月17日夕刻に蔵相公邸(11 Downing St.)で開かれた会合に招かれた人々--ケインズ大先生に加えマッケナ元蔵相、戦後賠償問題の英国代表を務めたブラッドベリーや大蔵省高官のニーマイヤー--のうち、前者2人が新平価での回帰を主張し、後者2人がノーマンBank of England総裁の主張する旧平価を推した。助言と諸条件を勘案し蔵相は後者の意見を採用して旧平価で金本位制に回帰させた。ケインズ大先生は国際情勢を鑑み決断すべき蔵相が、直観的判断(instinctive judgement)能力を欠いたため、専門家による誤った助言に惑わされたと厳しい評価を下している。
 この英国の教訓は日本にも伝えられていた。金本位制回帰に長年躊躇していた日本は1929年、旧平価、それとも新平価による回帰か、議論が沸騰していた(新平価は石橋湛山や高橋亀吉、そして大蔵官僚の津島壽一等が推していた)。こうしたなか、旧平価論を採る井上準之助蔵相は、欧米から11月に帰国した三井銀行の池田成彬に助言を求めた。池田はマッケナ元蔵相からの英国の失敗談とともにJ.P.モルガンのトーマス・ラモントからの米国の成功物語を語った--米国は早々にヴェルサイユ条約締結の1919年6月に旧平価で大過なく回帰した。助言を基に井上蔵相は、金銀輸出取締令を翌1930年1月11日に廃止する。だが不幸・不運にも時機悪く、旧平価での日本の金本位制回帰は悲劇に遭遇する--世界大恐慌だ。
 こうして「ただでさえ不安視されるBrexitが予期せぬ混乱に巻き込まれないことを祈る」、と英国の友人達に伝えた。


 ノーベル生理・医学賞を受賞したジェイムズ・ワトソン博士が、彼の人種差別発言を理由に名誉職を剥奪された事を小誌前号で触れた。約10年前、米国コロラド州に在るアスペン研究所で、博士と語り合った時の温和なお顔を思い出すとともに、筆者は複雑な気持ちになっている。

 ノーベル賞が尊敬すべき栄誉である事を誰も否定はしない。だが、受賞者の業績と人格は別の次元で考察されるべきだ。即ち①業績が人類の平和と繁栄に貢献したか否か、そして②受賞者が人格的に優れた人間か否か、という次元だ。
 ノーベル物理学賞受賞者のヨハネス・シュタルク、フィリップ・レーナルトの両博士は、Hitlerite Germany時代に科学界の最高権威者として活躍した。シュタルク博士は、独研究振興協会(Deutsche Forschungsgemeinschaft (DFG))理事長及び独物理工学研究所(Physikalisch-Technische Bundesanstalt (PTB))所長を務め、ドイツ国民の尊敬を集めていた。だが、ノーベル物理学賞受賞者のマックス・プランク、ヴェルナー・ハイゼンベルクの両博士を同国人であるがユダヤ人を擁護する"白いユダヤ人(Weißer Jude)"として非難した。レーナルト博士も、『ドイツ物理学(Deutsche Physik)』 (1936)を著して、アンシュタイン博士の相対性理論を"ユダヤ人の物理学(Jüdische Physik)"として認めようとしなかった。だが彼等の栄光は短命に終わる。第三帝国崩壊後、彼等が辿った悲しく、また残念な人生は慧眼な読者諸兄姉のご想像の通りである。

非凡な才能を悪用し、また公然と差別を行う人々の姿は、我々の目に悲しく映ってしまう。



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