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2020.05.12

コロナ危機で穀物価格は原油に連動して暴落する:食料危機を煽る人の不都合な真実

論座に掲載(2020年4月26日付)

  • 山下 一仁
  • 研究主幹
    山下 一仁
  • [研究分野]
    農業政策・貿易政策

 新型コロナウイルスの影響によって、ロシアやインドなどが輸出制限を行っている。3月31日、FAO、WHO、WTOの事務局長が連名で共同声明を出し、輸出制限の連鎖が起きて国際市場で食料品不足が起きかねないと警告した。

 国連世界食糧計画(WFP)も4月21日、最低限の食料の入手さえ困難になる人が今年は世界で倍増し、2億6500万人に上る可能性があるという推計を発表した。

 このような時には、必ず食料危機を煽るような専門家も出てくる。国内の農業団体だけでなく国際的な農業機関も、農業関連の保護や予算の増加のために、これを利用しようとする。(『「世界人口が増え、食料危機が起きる」のウソ』参照)

 しかし、国際機関が警告するように、食料危機が起きるのだろうか?そもそも、どのような場合に、どのような国によって、輸出制限が行われるのだろうか?今の国際穀物相場は、どのようにして成り立っているのだろうか?

 残念ながら、国際機関の職員も含め、これらの基本的な事実を知らないで、議論しているようだ。あるいは、彼らにとって不都合な真実を意図的に無視しているのかもしれない。

 新型コロナウイルスの影響で、世界は食料危機とは逆に、穀物価格の暴落を心配すべきなのかもしれないのだ。


アメリカなど主要国は輸出制限しない

 この前の記事『新型コロナウイルスで食料危機は起きるのか?』をまとめたうえで、さらに敷衍しよう。

 食料の中で最も重要な農産物は、エネルギーの供給源となる穀物と大豆である。

 新型コロナウイルスの影響で移民または外国人労働者が少なくなり、農業生産に影響が起きると言われるが、これは労働集約的な野菜や果実の生産であり、機械化が進んでいる穀物生産は影響を受けない。日本でも外国人研修生に依存してきた野菜や果実の農家からは不安の声が上がっているが、米や小麦などの農家は平然としている。

 穀物と大豆のうち、小麦、大豆、トウモロコシなどの輸出国はアメリカ、カナダ、オーストラリアなどの先進国が主体だ。小麦について見ると、この三か国では輸出量が生産量の6~7割もの大きな割合を占めている。

 これらの国が輸出を制限すると、国内に穀物があふれ、価格が暴落し、深刻な農業不況が生じる。米中貿易戦争で中国に大豆が輸出できなくなったアメリカでは、サイロが満杯となって農場に大量の大豆が野積みされた。これと同じ状態が起きる。特に、大豆の禁輸と対ソ穀物禁輸という1970年代の輸出制限で大きな痛手を被ったアメリカは、二度と輸出制限を行わない。

 ロシアの小麦の輸出制限を問題視する人もいるが、ロシアは4~6期の輸出を前年同期の720万トンから700万トンに制限するとしているだけである。小麦について日本は、この数十年間、アメリカから6割、カナダ、オーストラリアからそれぞれ2割を輸入しており、品質に劣るロシア小麦を輸入することはない。ロシア小麦は、ヨーロッパでは家畜のエサとして利用されている。

 穀物でもコメは例外だ。輸出国はインド、ベトナムなどの途上国であり、貧しい国民への供給を優先するため、輸出制限が行われやすい。輸出量が生産量に占める割合は、インド7%、タイ35%、ベトナム14%(2017年)であり、小麦や大豆に比べて輸出に回される量は少ない。

 また、コメの国際市場は、小麦の貿易量の4分の1しかない薄い市場 "a thin market" である。わずかの豊凶の差によって、貿易量は大幅に増減する。主要な輸出国が途上国で輸出が不安定であることが、コメについて輸出制限が行われやすい理由である。

 ただし、同じくコメの輸出国でもタイは所得が高いので輸出を制限しない。コメについては、日本は減反をしているくらいで、輸入がなくても国内供給に問題はない。

 インド等の輸出制限で2008年にはフィリピンが影響を受けた。ただし、日本のイニシアチブによってASEAN諸国と日中韓三か国による米備蓄制度(APTERR)が2012年から実施され、これまでも危機時にはフィリピンなどにコメを支援している。2008年のようなことは起きないだろう。

 FAOやWFPは、危機が起きると警告を発するだけではなく、世界の食料安全保障を解決するために、日本が行った具体的な取り組みに学ぶべきだ。

 敵が攻めてくると警告を出すのはよいが、武器を用意してくれていないのに、どうやって防げばよいのだろうか?食料危機が起きないようにするためには所得水準の向上と物流インフラの整備が必要だが、これまでどれだけのことが行われてきたのだろうか?

 WTOも輸出制限が問題だと言うが、これまでWTOは何をしてきたのだろうか?貧しい国民が食料を買えるようにするため輸出を制限しようとする、インドやベトナムに対して、国内で餓死者が出ても輸出すべきだと主張できるのだろうか?

 なお、日本の食料支出のうち農水産物の割合は輸入も含めて13%にすぎない。穀物価格が3倍に高騰した2008年でも、食料品の消費者物価指数は2.6%上昇しただけだ。日本で2008年食料危機を感じた人はいないはずだ。

 日本のような先進国では、穀物価格が大幅に上昇したとしても、食料危機は起きない。


そもそも今回穀物価格が上昇するのか?

 2008年のような事態は今回起きないだろう。それは、原油価格が下落しているからである。

 2008年に穀物価格が3倍に上昇したのは、アメリカ政府の支援や原油価格の上昇によって、トウモロコシをガソリンの代わりとなるエタノールの原料として使用することが増えたことが理由だった。需要が増えたトウモロコシの価格が上昇したことから、連鎖的に大豆、小麦、米の価格が上昇した。

 原油価格の高騰が、穀物価格全体に波及したのだ。

 以下のグラフを見ていただきたい。穀物価格は原油価格と連動するようになっている。この傾向は、近年強まっている。(出典:世界経済のネタ帳)

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 トウモロコシの最大の生産国も輸出国もアメリカである。かつてその用途は家畜の飼料がほとんどだった。中東への原油依存を低下するため、カーター政権の新エネルギー政策によってエタノール生産が行われ始めたが、その生産は低調で、エタノール向けのトウモロコシ生産は微増程度だった。

 しかし、近年のアメリカのエネルギー政策転換によって、この15年程度の間エタノール向けのトウモロコシ生産は約5倍に増加した。現在では、エタノール向けは飼料向けと同程度となり、この二つでトウモロコシ用途全体の7割超を占めるようになっている。(なお、輸出向けは生産の1~2割程度に過ぎなくなっているが、それでも世界の輸出量の5~7割を占めている)

 トウモロコシの需要は、エタノールを通じて、原油の需給に大きく関連するようになってきたのだ。


原油価格ともにトウモロコシ価格は下落する

 コロナウイルスの影響で人やモノの移動が大幅に制限され、石油を大量に使用する航空業界等の石油需要が減少し、原油の価格が下がっている。とうとう4月20日にはアメリカの貯蔵タンクが満杯となり、原油価格がマイナスとなるという事態も生じた。原油価格はコロナウイルスの感染が心配されている間は回復しない。

 原油価格が低下するとエタノール価格も低下する。現在アメリカのトウモロコシの3~4割がエタノールに仕向けられている。エタノール需要が減少し、価格が低下すると、トウモロコシ価格は低下する。

 現に、昨年10月から今年の3月までブッシェルあたり380セントから400セントの間で安定的に推移してきたトウモロコシ価格は、315セントまで下落している。2011~2013年にかけて600~800程度をつけていたころと比べると半値になっている。

 アメリカでエタノールと並んでトウモロコシの大きな供給先である畜産業も新型コロナウイルスの影響を受けている。日本の和牛消費と同様、レストランの閉鎖等で畜産物の需要が低下している。また、職員の集団感染によって、大規模食肉加工場が封鎖されるという状況も生じている。需要・供給の両面で畜産生産が減少すれば、そのエサであるトウモロコシ(大豆・小麦も)の需要も減少する。

 用途先の7割を占めるエタノールと飼料が大きな影響を受けるトウモロコシの価格が低下すると、生産や消費の代替性を通じて、他の穀物、大豆の価格に影響する。

 ただし、トウモロコシ価格が低下すると作付けが減少するかもしれないが、重要な生産要素である原油の価格・コストも同時に低下しているので、その効果は限定される。当面、穀物と大豆の価格低迷が続くだろう。

 2008年と逆の現象とメカニズムが働き、原油価格の低下が、トウモロコシ、大豆、小麦、米の大幅な価格低下を招く可能性がある。新型コロナウイルスの影響で仕事が減少し、途上国の人たちの所得や収入も減少するかもしれない。しかし、穀物価格の低下は、その効果を相殺してくれる。

 穀物のうちある品目の価格が特殊な需給事情によって上昇したとしても、消費者は価格が低下している他の品目の消費を増やせばよい。すべての価格が上昇した2008年とは異なる。

 食料危機とは真逆の事態が起きるかもしれないのである。

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