本文へスキップ

2020.05.11

続4・新型コロナウイルス感染症との闘い-新型コロナ政策に文理学際の集学を

 新型コロナの緊急事態宣言(以後、宣言)が5月末まで延長となった。やむを得ないという世論が聞こえる反面、休業に疲弊する人々の落胆の声も広がっている。はたして延長は妥当なのであろうか。

 そこで、これまで指摘されていた以下の3つの解除要件について、数値基準を示す観点から吟味してみる。

 まず、第1の要件は新規感染者数である。専門家会議の見解では、全国的にピークを越えて減少傾向だが、そのスピードが緩やかなのでまだ油断ができないとされた。油断ができないのは確かであるが、減少スピードを理由にするのは分かりにくい。通常、感染する病気はあっという間に広がるが、なかなか減らないものである。安倍首相は、新規の患者発生が退院数(1日当たり100人程度)以下になればよいと述べたが、現在の病床数を固定しての話は奇妙に思える。需要に応じて必要な病床をできるだけ増やし、財政的に支援するのが政治の役割ではないだろうか。

 そこで救命の観点から、全国の検査陽性者数の宣言前後の変化について検証してみた。詳細は筆者コラム(「続3・新型コロナウイルス感染症との闘い-緊急事態宣言で感染爆発と医療崩壊を回避できるか」参照)で述べたが、要約すると 次のようになる。

 「まず、4月7日を基点に、宣言前の2週間の厚労省データを用いて、5月30日までの全国累積陽性者数を試算した。その結果、5月の連休明けに5万人、5月末には40万人を超えると予測された。次に、宣言後2週間の実データをみて、新規陽性者数は横ばいと見て予測の修正を行った。その結果、連休明けに1万6千人(現実データに近い)、5月末に2万人程度に収まるとの見込みを得た。」

 すなわち、宣言前に予測された5月末の感染者数(正確には陽性者数)約40万人の3%が死亡すると仮定すれば、緊急事態宣言は、新規陽性者数が減らなくても、少なくとも横ばいであれば、5月末時点で約40万人に上る感染を抑止し、約1万2千人の命を救うことになる。このように、宣言の評価は、減少スピードが云々ではなく、救命につながる数値で示すべきであろう。

 第2の要件は接触8割減である。政府の説明は、8割減が達成できれば流行は1か月で終息するとのことであった。その結果、達成されていないため「延長」と決定された。しかし、当初より政府の見通しが甘かったのではないかとの疑問はぬぐえない。最初から難しいことを要件にすれば、いつまでも解除できなくなってしまう危険がある。

 専門家会議の説明からは、その8割減と実効再生産数(1人の感染者が他者にうつす人数)の論理がよく分からない。確かに、1人から他の1人に、また他の1人にと感染が繰り返し続けば、感染は終息しない。よって終息するには、実効再生産数が1未満であることが必要とされる。一方、感染症の数理モデルから、接触8割減なら実効再生産数が1未満になると計算されるとのこと。だから8割減が必要になるとの論法で、これまで休業・外出自粛が求められてきた。

 その成果なのか、専門家会議のデータでは、全国の実効再生産数が4月1日から1を切り、最新の4月12日までずっと1未満に収まっている(4月10日、全国0.7、東京0.5)。ちなみに、4月下旬からロックダウンの一部解除を進めているドイツでは、感染者数、死亡者数が日本の10倍以上でも、実効再生産数1未満(4月30日時点で0.76)が制限緩和の論拠の一つとされている。それでは、4月1日以降1未満の日本が、なぜ延長と判断されるのであろうか。参考値の一つに過ぎないとの意見もあるが、実効再生産数がその程度の重みに過ぎないなら、実効再生産数を根拠に声高に接触8割減を求めることとどのように整合するのであろうか。

 第3の要件は医療の逼迫度である。逼迫する医療の崩壊を避けるのが延長の理由の一つとされる。しかし、その数値基準は必ずしも明確でない。人工呼吸器等を要する重症患者数が増加とされるが、全国データでは4月末にピークをむかえているようにも見える。地域ごとに異なる供給量と需要量のバランスをどう考えるのかも不明だ。以上のように、延期の理由にはいくつもの疑問が残る。


   * * *   


 「延期」にもかかわらず、明確な解除基準を示さない国に疑問をもった大阪府の吉村知事は、府独自に、休業・外出自粛要請を解除する数値基準を示した。すなわち、新規陽性者における感染経路不明者10人未満、検査陽性率7%未満、重症病床の使用率60%未満という3つの基準が、7日間連続で達成されれば要請を段階的に解除するとのことである。陽性率を判断基準の一つに使うことには理論的な問題があるが、それを差し引いても、地方の状況を踏まえながら行政判断を明確化する努力は、大きな評価に値するだろう。

 特措法の法律上の建てつけが、都府県知事に休業要請・解除の権限を与えているとはいえ、国は、大きな社会的犠牲を伴う接触8割減という明確な目標を国民に求めた以上、「出口戦略」でも国民の信頼を高めるリーダーシップをとって全国に示すことが必要であろう。

 大阪府知事にはその問題意識が見えるが、「出口戦略」の指針を法律上の権限分担の話にすり替えるようにも見える国の姿勢からは、残念ながら危機時のリーダーシップのあるべき覚悟が伝わってこない。技術的にも、各都道府県が大阪府のように独自の制限解除基準を作るのは容易ではないであろう 。

 そもそも、政府の感染症対策の哲学は当初より曖昧のようだ。多くの国で見られるような検査、追跡、隔離を手段として、積極的抑止を目指す「短期決戦型」なのか、あるいはスウェーデンのように集団免疫や予防・治療法が確立されるまで積極策を講じない「長期共存型」なのか、大局的な覚悟が国民に説かれていない。

 もちろん、その2つを交替して繰り返す「長期反復型」の策もある。しかしその場合でも、「積極策を主に医療重視」か、「消極策を主に経済重視」かによって考え方は逆になる。いずれにせよ、中・長期にわたり今後何回かの流行の波が来ることを前提とすることは同じである。反復に際しては、100年前のスペインかぜのように、第2波が強毒化(致死率が1%から5%に上昇)したことが、歴史の教訓として知られている。

 政府は、まず、短期決戦に打って出たが、今回の延長では地域別の対処方針を示した。当初の短期決戦の夢は捨てきれないまま、リストラ、失職、倒産、廃業など経済悪化への懸念から、経済再開にも配慮しながらも医療を重視する方向に舵を切ったかに見える。しかし、この「積極策を主に医療重視」は、あまり長期に及べば、当然、経済はもちこたえられない。

 東京など13都道府県の特定警戒地域では、引続き接触8割減が求められる。同時に、博物館、図書館、公園等は開放できるという。これでは益々、8割減は無理ではないだろうか。このような、矛盾しそうなルール策定はその場しのぎのようにも見える。これでは宣言そのものへの信頼と実効性を損ね、現場は混乱し、経済の救済も不十分になるという結果を招きかねない。


   * * *   


 政府が5月4日に打ち出した 「新しい生活様式」の提案に関して、感染症専門家会議が国民の「生活様式」に踏み込んで提言することに、やや違和感を覚えるのは筆者だけであろうか。内容的には、生活の中での感染予防のガイドラインに過ぎない。従って、「生活の中での予防のすすめ」といった表現と位置づけをするほうが、よほど感染症専門家のアドバイスらしい。

 そもそも、今回のような国の命運がかかる戦略決定を行うには、感染症専門家の関与だけでは不十分ではないだろうか。広く社会科学系も含め、医療経済学、情報科学、経済学、法学、政治学、社会学、倫理学などの学際的な専門家グループが求められる。そこでは、戦略選択のための客観的な枠組みやシナリオを、経済学での決定理論等によって分析・提示し、現行の専門家会議ではできていない医療と経済を包括するような分析・提言を行うことを目指すべきである。


 そこで、次のような視点で、政府の専門家会議を強化・拡充することを提案したい。


 第1に、経済崩壊危機の評価と回避策を立案する。休業や外出自粛要請で生じた経済的損失や失業被害の算定・評価に加え、新型コロナパンデミックがマクロ経済に与える多面的な影響も明らかにする。

 第2に、実務レベルで役立ち、わかりやすく、かつ系統的・段階的な制限緩和の具体策やロードマップを作成する。例えば、ハーバード大学倫理学センター提案の「パンデミックに対して強靭な社会を目指して」は、出口戦略へのシナリオとして参考になる。ただし、そのプランでは、1日500万件もの膨大数の検査の実施が推奨されているが、その点は、次に述べる検査エラーの問題に注意が必要である。

 第3に、リスク・コミュニケーションの情報発信を強化する。例えば、PCR検査の意義とエラーの可能性について、専門家と国民の知識の溝が大きい。検査陽性がそのまま感染を意味するわけではないことが、広く報道されていない。いかなる検査にも、偽陽性(感染していないのに陽性と判定、いわば濡れ衣)と偽陰性(感染しているのに陰性と判定、即ち見逃し)が起り得る。これまで、筆者のコラムシリーズでは、厚労省報告のPCR検査データに、そのようなエラーがどれくらい含まれている可能性があるか試算してきた(これまでのコラム、「新型コロナウイルス感染症との闘い-知っておくべき検査の能力と限界」「続・新型コロナウイルス感染症との闘い-感染拡大とPCR検査の保険適用」「続2・新型コロナウイルス感染症との闘い-「感染爆発の重大局面」はどこまで重大か」「続3・新型コロナウイルス感染症との闘い-緊急事態宣言で感染爆発と医療崩壊を回避できるか」参照)。5月4日時点で、全国184,586件のPCR検査が行われたが、そのうち偽陽性の可能性は1,654件、一方、偽陰性は5,744件と推定される(感度70%、特異度99%を仮定)。そのため、エラーの可能性は全件数の4%で、計7,398件となる。全国での検査件数が増えているため、エラーの可能性も無視できないほど増えており、推定感染者数についての補正が必要となる。

 第4に、新型コロナ感染症を、現行の指定感染症(二類相当)から、季節性インフルエンザ並みの扱いに変更できないかの検討を行う。経済を保つ「長期共存型」の実現を模索するためである。重要なのは、市中の感染率に基づく致死率の推定だ。無症状者の市中感染は既に拡大しているとの予想がある。来院患者での調査で、慶應大学病院ではPCR検査で約6%、神戸中央市民病院では抗体検査で約3%の陽性率を認めたとの報告がある。もし、そのレベルの市中感染があれば、新型コロナの致死率は季節性インフルエンザと同等か、それ以下となる。

 診断のための検査の場合は、検査エラーの可能性に対して慎重であるべきだ。しかし、市中感染率を調査する場合は、大規模に行ってもエラーの可能性を補正できるので、抗体検査でも、早急な全国規模での感染率サーベイランスの実施と致死率の科学的評価が求められる。

 第5に、医療経済上の観点から、新型コロナ検査(抗原、抗体、PCR検査)、治療薬(承認される見込みのアビガンやレムデシビルなど)、予防(ロックダウン政策も含め)を対象として、社会経済的費用と医学的効果のバランスを評価することが必要だ。感染症による救命はもとより重要だが、経済のいわば「死」も社会経済的費用として同時に考慮しなければならない。


 結局、緊急事態宣言の5月末までの延長は、論拠が必ずしも明確でない。不確実性とリスクを考慮した戦略選択は容易ではないが、その客観性、合理性、透明性が担保され、広く国民に支持される政策が実現することを望みたい。


鎌江 伊三夫 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

鎌江 伊三夫 その他コラム・メディア掲載/論文・レポートをもっと見る

マクロ経済 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

コラム・論文一覧へもどる