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2020.04.24

続3・新型コロナウイルス感染症との闘い ー 緊急事態宣言で感染爆発と医療崩壊を回避できるか

 連日、メディアからは、世界各地で見られる「医療崩壊」や「感染爆発」のニュースが流れている。日本でもその危機が迫るとの認識が広がっている。遂に4月7日、安倍首相は東京都など7都道府県を対象として、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態を宣言した。すでに3月25日夜、小池都知事は「感染爆発・重大局面」として、事実上、東京都の緊急事態会見を行っていたが、国の緊急事態宣言は都知事の会見に法的根拠を与える形となった。前回コラム(続2・新型コロナウイルス感染症との闘い ー 「感染爆発の重大局面」はどこまで重大か)では、3月のPCR検査陽性率と推定有病率の日変化を示して、小池知事緊急会見以前から指数関数的な感染拡大の懸念が起きていることを指摘した。図1は、その後、グラフが右上がりに転じたことを示す。このグラフ変化から見れば、小池知事の会見が状況判断(感染爆発ではないが)のギリギリのところであったこと、また安倍首相の緊急事態宣言はそのギリギリを見誤っていたのではないかということが見えてくる。


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図1.検査陽性率と推定有病率の変化 (3月1日 - 4月13日)
・PCR検査の感度70%,特異度99%を仮定,厚労省データで試算



 いずれにせよ、その宣言と同時に、安倍首相は「108兆円、世界的にも最大級の経済対策を実施する」とし、減収世帯に1世帯当たり30万円(総額6兆円)を現金給付する方針を明らかにした。しかし、その給付条件が分かりにくいことや、休業補償の不十分さを批判する国民の声が高まり、安倍首相は、4月7日からわずか9日後に方針変更に追い込まれた。国民一人一律10万円の現金給付と、緊急事態宣言の全国拡大をセットで表明したのだ。その「朝令暮改」を安倍首相は国民に謝罪したが、麻生財務大臣はあくまで「手をあげた人に給付」と発言。有事に迅速対応すべき政治のリーダーシップの欠如と迷走は、国民の不信と不満を招いている。

 果たして緊急事態宣言によって、新型コロナの感染爆発と医療崩壊を回避できるのであろうか。ここではいくつかの懸念について述べてみたい。


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 第1は、緊急事態の現場ニーズに合わない経済支援策だ。

 そもそも緊急事態宣言を出さざるを得ない感染拡大期は、まさに公衆衛生上の「緊急事態」であり、経済支援は感染症医療対策に集中すべきである。つまり、最優先されるべきは、感染抑止や重症者治療への緊急財政出動である。人々の接触制限以外に有効な感染抑止の手段がない現状では、国による休業要請や外出自粛要請への経済支援は、感染抑止のためであって、「感染症医療対策」の一環として捉えるべきである。いわゆる景気対策のための財政出動ではない。その点、9日後に撤回に追い込まれた、減収世帯のみ30万円の現金給付策は、国民への部分的な経済補償に過ぎない。全国民的スローガン「人と人との接触を7割から8割を削減する」に基づいて、政府が国民に行動変容を求める補償としては、中途半端なものだったと言わざるを得ない。

 感染抑止の手段に財政出動を優先すべき観点からは、いわゆる「アベノマスク」と呼ばれる全世帯への布マスク2枚配布には大きな疑問がある。マスクは、無症状や軽症の感染者がウイルス飛散をある程度抑止するのに有効と言われるが、感染予防に役立つ科学的データは乏しい。しかも、布マスクは、不織布マスクや医療用のN95マスクよりもウイルス遮断効果が悪い。感染予防ができると信じる人への心理的効果はあるにせよ、医療経済学の観点からは、その費用対効果は極めて疑わしい。このアベノマスクの配布で得られる医学的なメリットは、必要な予算466億円に見合うものではないだろう。

 厚労省では、昨年度から費用対効果評価に基づく薬価調整が制度化された。この政策に照らし合わせても、アベノマスクは大きな矛盾だ。これまで、G7の先進諸国が導入してきた政府系の費用対効果評価機関の設立が、日本では予算面で難しいとされてきた。しかし、マスク2枚の配布で必要な500億円レベルの予算は、国の医療技術評価機関に必要な年間予算を10億円とすれば、なんと50年分に相当する額だ。明らかに政府は、財政支出の優先順位を誤っている。

 感染の拡大に伴って、新型コロナとの主戦場は、クラスター追跡の現場から、医療現場や休業、外出自粛している人々の生活の場へと変化してきている。しかも、問題は都道府県別ではない。ウイルスにとって県境はなく、全国レベルでの救援互助体制が必要だ。欧米の状況を見れば、国家の問題として医療体制の拡充をはじめ、主戦場への緊急の費用投下が必要なのは明らかである。その点、内閣や国会の動きはいかにも遅いのではないだろうか。


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 第2の懸念は、PCR検査結果についての誤情報の流布だ。

 連日、ニュースでは、厚労省発表のPCR検査陽性者数をそのまま感染者数として報道している。これは正しくない。検査陽性と感染は同じではないからだ。例えば、図2は東京都のPCR検査結果のエラーの推定を示す。4月19日正午時点での累積陽性者数は3,095人と報告されている。そこで、メディアの多くが、感染者数を3,095人、そのうち7割近くが感染経路不明で問題と報道している。しかし、PCR検査は偽陰性、偽陽性と呼ばれる検査エラーを必ず含むため(「新型コロナウイルス感染症との闘い ー 知っておくべき検査の能力と限界」参照)、本当の感染者数は、濡れ衣に当たる偽陽性者数を差し引き、かつ、見逃した偽陰性者数を足し合わせて求められる。


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図2.PCR検査結果のエラーの推定
・東京都の1月15日 - 4月19日の累積データ,厚労省発表資料
・PCR検査の感度70% ( = 3061÷4373)、特異度99%( = 3319÷3353)を仮定



 もちろん、どの程度のエラーが起こるのかは正確には分からないため、図1にあるように、一定の検査精度(例えば、感度70%、特異度99%)を仮定して試算する。その結果、推定感染者数は、4,373人(=3095-34+1312)と算定される。これは、感染者数3,095人との報道が、理論的に推定される感染者数より1,278人も過少評価になっていることを意味する。偽陰性者数も1000人レベルに上る。毎日、クラスターを追いかけていくら検査しても、これだけの見逃しがあれば、検査が感染抑止に役立たないことになる。これは、感染経路不明者が増えてくる以前からの問題で、検査のもつ本質的な限界である。大規模に検査して、すべての感染者を隔離すれば感染は止められると考えるのは、検査の科学の本質を知らない幻想である。

 図3は、全国の推定累積感染者数と検査エラーの増加の動向を試算した結果を示す。ニュースでは、4月18日に感染者数が1万人を超えたと報道されたが、それは陽性者数の誤りだ。推定の感染者数は、報告された検査陽性者数よりも多い。図3から分かるように、4月15日に既に1万人を超えている。また、図3のグラフは、感染者が1万人レベルになると、検査エラーも無視できない大きな数となっていることを示している。


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図3.推定累積感染者数と検査エラーの増加(全国3月1日-4月16日)
・PCR検査の感度70%,特異度99%を仮定,厚労省データで試算



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 第3の懸念は、連日の感染者数(正しくは陽性者数)報道が、前日と比べた数の増減を一喜一憂して、かえって人々の不安を煽る結果になるのではないかという点である。

 政府による「人の接触を8割削減」という達成目標に対して、東京都内のビッグデータ分析で何%減の人出になったかを知り、陽性者数との関連をあれこれと報道する構図だ。しかし、特定地域(例えば新宿や渋谷)の人出が仮に80%減っても、それが感染抑止としての80%の接触減になるのか自明ではない。

 そもそも、北海道大学の西浦教授によれば、8割削減の数値の根拠は「基本再生産数」にあるとのこと。この用語は一般には耳慣れないが、もともと人口学で、一人の女性が出産する子供の総数に由来する専門用語のため、再生産と言われる。ウイルスにとっては再生産だが、人間から見れば、2次感染である。要は、一人の感染者が、ウイルスを次に何人の人に移すのかの数値である。基本2次感染数と呼ぶ方が分かりやすいかもしれない。

 西浦教授は、新型コロナウイルスの基本再生産数を2.5と設定したとのこと。感染を受ける対象集団のうち何%かの人が既に免疫をもつ場合、一人の感染者が他人に移す期待人数(これを「実効再生産数」と呼ぶ)は、「基本再生産数×免疫をもたない人の割合」となる。そこで、この実効再生産数が1より少なければ感染は終息に向かうと考える。

 このとき、免疫をもたない人の割合は「1-免疫をもつ人の割合」なので、免疫をもつ人の割合をpと置くと、不等式 2.5 ×(1 - p) < 1が、感染終息の条件となる。これを解くと、p > 0.6 が得られる。すなわち、対象人口の60%以上が新型コロナに対する免疫をもっていれば感染が終息に向かうことになる。西浦教授は、さらに数理モデルでの諸条件を考慮して、80%の免疫割合が必要との結果を得たとのことである。

 この論理は、感染症モデルの基本に沿っているが、いくつかの疑問は残る。まず基本再生産数は、これまでの研究の蓄積が十分でないので、2.5の設定は妥当なのか。もし、さらに大きければ、80%よりももっと高い割合の接触削減の達成が必要となる。また、理論上の免疫割合を、人の接触削減割合で読み替えることが妥当かどうか。これには議論の余地がかなりあろう。実際、今は感染の拡大期であるため、新型コロナに対する免疫をもつ人はまだ少ない(また、ワクチンによる急速な免疫率の改善も望めない)。そのため、人と人との接触を断って、まるで免疫を獲得した集団が疑似的に存在するかのような状況を作り出すしかないのが現状である。しかし、出勤者数や地域の人出を80%減らすことが、80%の免疫割合の実現と実質的に同等となるとは思えない。

 さらに、4月1日の政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の提言によれば、実効再生産数が全国、東京、大阪では一時期、1を超えていたので「今後の変動を注視していく必要がある」とされる。その通りであるが、報告書(「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」)のグラフ(「図3.実効再生産数 日本全国、東京と東京近郊、大阪」)からは、実効再生産数が3月中旬以降は1以下に落ちている傾向が読み取れる。上昇に転じないとは言えないが、1を超えて上昇する状況ではないようにも見える。すでに1未満なら、1未満にするために接触8割削減が必要という要請の根拠が揺らぐ。それが、首相の7日、16日の緊急事態宣言あたりでどう変化しているのか、国民へのさらに丁寧な説明を聞きたいところである。

 しかし現実には、現在のように、人々が感染の機会を極力減らす以外に有効な感染抑止策は無い。従って、接触8割削減の目標の理論的根拠がどうであれ、現在の休業要請・外出自粛はやむを得ない選択と言える。但し、この実効再生産数による推論は、逆の発想も可能にする。すなわち、もし人々が、まるで免疫をもっているかのように、他者からの感染を受けないように行動できるなら、商業活動や外出の制限をもっと緩め、ほとんど通常に戻すことも可能になると言えよう。例えば、自宅外では特殊な防御ヘルメット(架空の製品)とゴム手袋着用を義務付けるとか、アイデアはいろいろ出てくるはずである。


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 感染爆発を懸念することに対しては、この実効再生産数よりも、日々更新される陽性者数のデータを分析するほうが役に立つ。手法的には、感染の拡大期では指数関数を用いた予測が有用である。表1は、筆者による試算の具体例を示す。この表は、緊急事態宣言前の2週間(3月24日から4月7日まで)の全国PCR検査の陽性者数(厚労省データ)に指数関数を当てはめて分析し、4月7日から5月30日までの累積陽性者数を試算・予測した。これを基本予測と呼ぶとしよう。


表1.緊急事態宣言後の感染増加の分析と予測 (*当日の前後3日の移動平均)

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「基本予測」:緊急事態宣言前の2週間(3月24日ー4月7日)の全国PCR検査陽性者数(厚労省データ)に基づいて、4月7日から5月30日までの累積陽性者数を指数関数で試算
「影響予測」:緊急事態宣言後から4月16日までの実数に基づいて、基本予測を修正(指数関数と一次関数の2通りで)

 次に、緊急事態宣言後(4月7日から16日まで)の陽性者実数データを用いた新たな予測を行い、それが基本予測とどれくらいズレるかを試算した。それをここでは、影響予測と呼ぶ。その結果、いずれの予測でも倍加日数(累積人数が2倍になるのに要する日数:増加率を日数で示す指標)は8日ほどと算定され、まだ感染爆発の定義(倍加日数が2または3日)には当てはまらないことが分かった。

 しかし、指数関数で予測する限り、「率」では感染爆発と言えなくても、「数」の面では、陽性者数は連休明けに5万人を超え、5月末には40万人前後に達するという結果となる。但し、影響予測のほうが基本予測より、わずかではあるが陽性者数の増加は抑えられている。これは、緊急事態宣言による感染の抑制効果とみることができる。しかし、この程度の抑制では、休業要請・外出自粛は十分効果を上げていないと言えよう。

 一方、もう少し楽観的な評価もできる。4月7日から16日までの陽性者実数データは、幸い、直線的に増加する一次関数と見なすことも出来ないわけではない。そこで、表1には、一次関数を用いた場合の影響予測の結果も示した。それによると、累積陽性者数は連休明けには2万人、5月末でも3万人程度に抑えられる。このような直線的増加には、指数関数とは違って、感染爆発が起こらない救いがある。緊急事態宣言の最善の効果は、新規陽性者数の減少が起こることではあるが、直線的増加であれば、次善の成果として、感染拡大の山を越える可能性も見えてくる。

 日々の新規陽性者の発生数は自然のバラツキが起こるので、毎日の増減を感覚的に見るだけでは意味がない。冷静かつ論理的にデータの傾向を分析しながら、短期(例えば毎週)に見直して、臨機応変に対策を準備することが肝要だ。表1での指数関数と一次関数のどちらが予測モデルとして適当なのかは、連休明けの実数データがどちらの予測値に近いかで判断できよう。

 そのような分析は、接触削減策の成果の評価や、今後の政治判断を考えるうえでも鍵となる。特に、都道府県単位では、データ分析チームを組織して、毎日変化する必要な入院ベッド数を予測し、どの時点で、どれくらい医療がひっ迫するのかに備えるべきだ。地域の実情に沿った対策を取るには、国の専門家会議の提言を待つだけでは不十分である。もちろん、新規陽性者数が減っていけば終息に向かうが、当面は、増加を覚悟しなければならない。その際、新規陽性者数の増加が一定なのか(一次関数)、傾向として増え続けるのか(指数関数)によって、予測は大きく変わる。表1の例では、全国データの新規陽性者数が4月16日以降も毎日500人前後の一定数で推移すれば、直線的増加が期待できる。東京都の場合であれば、毎日100人前後の増加であれば、同様に直線的増加で収まり、感染爆発は回避できる見込みとなる。


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 第4の懸念は、検査態勢の拡充が求められる状況下で、大規模検査の罠に陥ることを回避できるかという点だ。

 地域を守る水際作戦としてのクラスター追跡で、PCR検査が有効な理由は、少人数なら検査エラーも容認できるからである。やみくもに検査を拡大すべきでない理由もそこにある。しかし、地域の感染者数が増えてクラスター追跡が困難になれば、もはや地域を守る水際作戦はあきらめるしかない。最後の砦としての病院を守る、院内感染の防止のための水際作戦に変更せざるを得ない。その場合、病院での治療の対象となる肺炎を疑う患者や重症者のための検査では、少数の範囲であれば検査エラーも容認できる。

 この作戦変更では、3つのアプローチが成否を分ける。すなわち、院内感染防止を厳格化すること、医師が検査の臨床判断を取り戻すこと、そして、受け入れ患者の基準を作ることだ。もちろん、医療用の感染防御用品・用具が十分確保されることが大前提である。

 院内感染防止に関しては、各病院が診断・検査、治療、看護、院内清掃など、全てのプロセスを徹底して見直す必要がある。入院患者や医療スタッフのこまめな繰り返し検査(精度は落ちるが、迅速キットも活用)も必要だ。特に、検査場は、検査する側の医療スタッフの感染防御も大切だが、検査を受ける側を守ることも必要だ。検体採取時の接触、手袋や防護服からの感染、検査室内のウイルスエアロゾルの残存など、何らかの接触でどちらかを感染させてししまう危険性がある。

 今、各地で、院内感染のリスクから切り離したドライブスルーやウォークスルーでのPCR検査スポットやセンターを設置する動きが起こっている。高まる検査ニーズに応えるためには、そのような場が作られるのは自然の策ではある。しかし、屋外のテント場と云えども、検査スタッフや被験者がそこから出て病院に出入りすれば、必ずしも完全に院内感染から切り離すことはできない。そこに多数の検査希望者が殺到すれば、新たなクラスター感染を起こす発生源になる危険すらある。そうならないような細心の注意が必要である。

 水際作戦が、クラスター追跡から病院防御に変更されれば、当然、従来の保険で認められた検査と同じように、担当医が自由にPCR検査をオーダーできなければならない。その際、PCR検査スポットは、検査オーダーの受け皿となるが、担当医は、PCR検査の臨床的な必要性を吟味し、無症状・軽症者に対しては安易に検査を行うべきではない。限られた医療資源の中で、肺炎の重症患者を救うためには、まずCT検査で診断、必要に応じてPCR検査で確定診断するという流れの確立が必要だ。

 病院の機能不全や院内感染を防ぐための検査方針については、図4に示すニューヨーク市内にあるマウントサイナイ病院の方針が参考になる。この有名な病院はマンハッタンの中心にあり、今なお医療崩壊に直面して戦い続けている。日本語訳は、筆者によるものだが、「検査をしても、治療法に変わりはありません」の訴えが印象的だ。これは、裏をかえせば、命を救う戦いに検査は関係なく、医療スタッフが治療にベストを尽くすという宣言でもある。


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図4.ニューヨーク市 マウント・サイナイ病院のPCR検査方針ビラ(筆者 訳)


 最近、PCR検査とは別に、迅速診断ができる抗体あるいは抗原検査キットが利用可能になりつつある。抗原検査は急性期の診断に使えるが、抗体検査は感染歴を調べるのに使うという違いがある。しかし、抗体を測定する医学的意義はまだ明確でない。これらの検査が早く利用できるようになることへの各方面からの期待は大きいが、一般に、何れも簡便になる反面、診断精度がPCR検査よりも下がるという問題がある。例えば、図5は、東京都1000万人に感染者が10万人いる状況を想定し、検査の感度60%,特異度95%の場合に検査エラーがどれくらい起こるかを試算している。東京都で確認された陽性者数は3000人強(0.03%)であるが、慶応大学から市中感染率6%の示唆もある。そこで、ここでは、市中感染率を0.03%の約30倍の1%として、感染者10万人を想定した。結果は、49万5千人に濡れ衣を着せ、4万人を見逃すことになる。陽性適中率(陽性判定で本当に感染している確率)はわずか11%で、コインを投げて感染か否かを決める確率50%よりも、はるかに悪い。つまり、陽性結果がでても、コイン投げで結果を決めるより、もっと信用できないということだ。さらに、相当な数のエラーの可能性は、感染抑止を目的として大規模集団スクリーニング検査を行うことが、公衆衛生上の禁じ手であることを意味する。


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図5.抗原(または抗体)の迅速キット検査結果のエラーの推定
・東京都1000万人中、感染者10万人(非感染者990万人)を想定
・検査の感度60% (=60,000÷100,000)、特異度95% (=9,405,000÷9,900,000)を仮定



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 テレビのあるコメンテーターが「もう蔓延期になっているから誰が感染者かわからないので怖い」と発言したり、それに専門家が「すべての人が感染していると思って行動する必要がある」と回答したり、誤情報が氾濫している。まだ新型コロナは蔓延していないし、PCR検査から推定される有病率は、1万人に一人である。無症状、軽症の感染者は検査で確認されていないので1桁違って多いと考えても、千人に一人の有病率に過ぎない。蔓延もしていないし、すべての人が感染していると想定するなど、専門家の言葉としては不適切である。

 緊急事態宣言下だからこそ、なぜ季節性インフルエンザは医療崩壊を起こさないのか、あらためて冷静に考えて行動すべき時である。図6は、本年正月以降のインフルエンザ・肺炎死亡と、新型コロナ感染死亡の毎週の死亡数の変化を比較している。現時点での新型コロナ感染者1万2千人、死亡300人弱は、例年の季節性インフルエンザの規模を感染者600万人、死亡6千人とすれば、感染者数でまだ500分の1、死亡で20分の1のレベルである。


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図6. 週別死亡数の変化 (2020月1月1日 - 4月12日)
*国立感染症研究所,インフルエンザ関連死亡迅速把握システム,21大都市インフルエンザ・肺炎死亡報告による
**厚労省統計による



 ほとんど新型コロナ一色のメディア報道は、行き過ぎれば社会的パニックを煽る結果になる。国民一人一人が感染リスクを極力避ける警戒心は絶対必要だが、仮に新型コロナかなと思っても、無症状、軽症のうちはあわてて病院に行くべきではない。風邪症状がでても、鼻コロナ(従来のコロナウイルス)かインフルエンザの可能性の方が、まだはるかに高いからだ。ただし、症状の変化の兆しには敏感でありたい(新型コロナでは病状が急激に悪化する場合があるため)。検査を一刻も早く受けないとダメだと思うのも誤った思い込みだ。図4のポスターを見て、検査が陽性でも、治療法は変わらないことを多くの人に納得してもらいたい。また、図5が示すように、もし偽陽性と判定される50万人の一人になってしまえば、誤って不利益を被る結果となる。検査が陰性でも、安心のお墨付きをもらえたと考えるのは早計だ。もし偽陰性4万人の一人になってしまったなら、逆に「誤って安心して」家族、知人に移してしまう恐れがある。

 図6を見れば、幸いインフルエンザによる死亡数は減少してきている。1月、2月では毎週400~500人のインフルエンザ死亡が続いていても「医療崩壊」を起こしていない事実がある。よって、現在の新型コロナの流行規模であれば、直ちに「医療崩壊」になるはずがない。なるとすれば、「未知」という不安に社会がパニックに陥る結果である。社会が極端に悲観的になる集団思考(浅慮)も、いわばもう一つの流行病である。



*エピローグ*

 最近、フランスの作家・アルベール・カミュが書いた小説「ペスト」が品切れだそうだ。ペストという「不条理な厄災」に飲み込まれ封鎖された1940年代のアルジェリアのオランという街が舞台だ。死屍が累累と横たわる街の惨状の中で、孤立した市民が、薬も予防法もないペストと戦う人間模様が描かれる。幸い、新型コロナはペストほどの脅威ではないが、小説に描かれた人々の苦悩と救いへの思いは、今の世界にもリアルに響いてくる。主人公で保健隊のリーダーである医師リウーは冷静に語る「こんな考えは笑われるかもしれないがペストと戦う唯一の方法は、誠実さです」。君にとって誠実とは何かと友人に問われ、彼は答える「自分の仕事を果たすことだと思っています」。


鎌江 伊三夫 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

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