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2020.04.14

「和牛商品券」という愚策が提案されてしまった理由:現在の農政劣化を象徴する前例なき政策提案。どうしてこんなことに......

論座に掲載(2020年3月29日付)

  • 山下 一仁
  • 研究主幹
    山下 一仁
  • [研究分野]
    農業政策・貿易政策

 安倍首相は3月15日の記者会見で、コロナウイルス対策として「日本経済を再び確かな成長軌道へと戻し、皆さんの活気あふれる笑顔を取り戻すため、一気呵成に、これまでにない発想で、思い切った措置を講じてまいります」、24日の参院財政金融委員会でも「前例にとらわれず一気呵成に思い切った措置を講じて強大な経済政策を実施する」と述べている。その政策の内容は十分に伝わってこないが、いつものように、威勢の良い言葉である。


自民党の「和牛商品券」提案

 これに意を強くしたのだろう。自民党農林族議員から、"これまでにない発想で"、"前例にとらわれ" ない "思い切った措置" として、国産牛肉の商品券を交付することが提案された。

 自民党は3月26日、農林・食糧戦略調査会、農林部会合同会議を開き、新型コロナウイルスに関する経済対策案を審議し、承認した。その中で、「インバウンド需要の減少などによる和牛需要の大幅な低下に対応するため、「お肉券」など小中学生・高齢者などの消費者による国産牛の購入を促進するための取組み(中略)を支援する」ことが提案されている(3月27日付け食品産業新聞社)。

 これに対して、ネット上では多数の批判が出されているという。

 発端は3月25日、JA農協の機関紙である日本農業新聞が、和牛消費のための商品券を自民党が検討していると報じたことだった。しかし、自民党農林族議員は、そのような批判は承知しているとしたうえで、26日にこの提案を決定している。

 日本農業新聞の記事を読んだとき、「今の自民党農林族議員ならこんな提案をするだろうな」と受け止めたが、さすがに、特定の業界のために、しかも普通の消費者が日常的には購入しない和牛の需要喚起のための商品券を配ることは、国民一般の感情にそぐわなかったのだろう。

 こうしたネット上の非難の他に、この "前例のない思い切った措置" については、いくつか問題点がある。

 この小論では、これらの問題点を指摘するともに、なぜ以前だと考えられないような(その意味でも前例のない)提案が行われてしまうのか、検討することとしたい。


なぜ和牛だけ? 生計が成り立たない事態か?

 まず、一般に批判されているように、なぜ和牛だけなのかということである。

 人が高級なレストランへ行かなくなって、和牛の消費が落ちて価格が低下したことが、国産牛肉の商品券を提案した理由とされている。

 しかし、消費が減少しているのは、和牛だけではない。しかも、和牛は通常消費者が食べない奢侈(ぜいたく)品だから、高級外食が減少して消費も減ったのである。消費者からすれば、どうしても食べなくてはならない必需品ではない。

 必需品に商品券を配るのであれば、貧しい消費者対策としてある程度理解できるが、そうではない。明らかに、和牛生産者だけのことを考えた救済措置である。

 第二に、和牛生産者の生計がこれで成り立たないような事態になっているのだろうか、という点である。

 『あなたの知らない農村~養豚農家は所得2千万円!』で指摘したように、3月に入るまで「国産和牛の価格は右肩上がりで推移し、現在では歴史的な高水準を付けて」きたのである。  図は2018年までの暦年の価格、2019年以降は月ごとの価格について、2001年を100とする指数である。ここで交雑種とは、和牛の精液を乳用種(ホルスタイン等)の牝牛に人工授精してできた牛で、その肉質は和牛と乳用種の中間にある。


20200329yamashita01.png ※クリックでオリジナル画像表示


 2015年以降、2001年の価格に比べて、枝肉価格は1.5倍、子牛価格は2倍以上で推移している。一時的な価格低下を肉牛経営が吸収できないはずはない。2008年ころのリーマンショックの際には、それまで上昇してきた価格は2001年の水準まで大きく低下している。しかし、このとき商品券の提案はない。

 2019年度第3四半期現在の和牛の子牛価格は76万円である。これは、牛肉の自由化対策の中心となってきた肉用子牛生産者補給金制度において、子牛農家に再生産を保証した保証基準価格33万2千円(2018年まで)の倍以上の価格である。多少価格が低下しても、子牛の再生産に何ら心配はない。

 農林水産大臣は、記者会見で「長い歴史を、長い努力を積み重ねて和牛の生産の歴史は積み重ねてきました。全国のと畜場の倉庫に和牛の在庫が積み上がって、もうこれ以上入りません。ということは、と畜はできない。成牛になっても肉にすることができない。肉にできなければ当然、肥育農家は経営的にも困りますし、新しい牛を導入する必要もない。当然子牛も売れない。ということになると、和牛生産の血流が完全に止まってしまう。ということになるとですね、(中略)和牛文化そのものがなくなってしまうおそれがある」と、コロナウイルスで日本から和牛生産がなくなるかのような大げさな発言をしている。

 しかし、肥育農家が出荷時期を少し調整して遅らせれば、和牛の在庫が積みあがることはない。このためにエサにかかる経費が余分にかかることがあったとしても、それに対しては、低利融資をすればよい。このような対策は農林水産省のお手の物だろう。

 また、これはいつまでも続くというものではなく、ワクチンが開発されれば、コロナウイルスは収束し、需要も元に戻るので、それまでの対応で済む。こんなことで、和牛文化はなくならない。


すでに十分すぎる対策

 第三に、商品券を出さなくても、すでに子牛や枝肉の価格低下への対策は十分すぎるほど用意されている。

 それが前述の肉用子牛生産者補給金制度である。この制度では、子牛の市場価格が保証基準価格を下回った時に、保証基準価格と市場価格との差を補てんすることになっている。その目的は、「牛肉自由化で枝肉価格が下がると、肉牛の肥育農家は子牛の価格を下げようとするだろう。存分に下げてよい。そうなると、子牛農家の経営が厳しくなるので、保証基準価格と市場価格との差を子牛農家に補てんしよう」という趣旨だった。つまり子牛農家に不足払いをすることで、肥育農家の経営も安定させようとしたものだった。

 この制度によって、肉牛の肥育農家に対しては、政策は不要となるはずだった。

 しかし、農林水産省は予算措置として、肉牛の肥育農家に対しても、経営保証のための補てん金("マルキン"と言う)を交付してきた。これでコストである子牛価格が上昇して子牛農家に保証基準価格を上回る(過剰な)利益が生じる(肥育農家が子牛価格を買いたたかない)ときも、枝肉価格が十分に上昇しなければ、肉牛の肥育農家に対する補てんは行われることになってしまった。

 "マルキン"は肉用子牛生産者補給金制度の趣旨から論理的にはあり得ない対策だったが、これが実現したのは、消費税を導入した功労者である故山中貞則議員が、畜産議員のドンとして大蔵省(財務省)ににらみを利かせたからだろう。

 しかし、安倍政権は、農林族議員の要求するままに、このあってはならない政策を、TPP対策として法制化したうえで拡充した。枝肉価格であれ子牛価格であれ、価格低下に対する十分すぎる対策があるのである。

 商品券は必要ないのだ。

 最後に、これはガット・WTOに明白に違反する政策である。

 ガットは、第三条で国産品を外国産に比べて有利に扱ってはいけないという「内外無差別」の原則を規定している。これはガット・WTOの基本原則である。国産牛に対してだけ商品券を交付するのは、明らかにこれに違反する。商品券を交付するなら、外国産牛肉も対象にしなければならない。

 2000年頃、地方自治体の建造物に、国産林産物を優先的に使用するよう、自民党から声が上がったことがあった。このとき自治省(現総務省)は、これはガット違反ですと自民党の部会で発言していた。国際関係と全く無縁だと思われた自治省がガットについて主張することに驚くとともに、ガット・WTOの基本原則は一般にも良く知られた原則なのだなと感じたことがあった。その原則すら今回の商品券の提案は無視している。

 このような質の悪い提案は1990年代だったら行われていたか? むしろ問題と思われるのは、どう考えてもマトモとは思えないような政策がどうして提案されてしまうのだろうかということである。


大物・山中貞則氏には配慮した大蔵省

 私は、1989年4月から1993年3月まで、農林水産省畜産局というところで、牛肉自由化や畜産・酪農についての政策を担当した。その時、国産牛肉に商品券を交付するという提案が、議員から行われたら、我々農林水産省の職員はどう対応しただろうか。

 まず、担当者(課長補佐クラス)が当該議員のもとに行って、いかにこの提案に問題が多いかを説明し、提案を取り下げるよう、説得に努めるだろう。それでも納得しなければ、レベルを上げて課長が乗り出すことになるだろうが、通常であれば、議員は説得に応じるだろう。

 なぜだろうか?

 一つは、財政当局(当時は大蔵省)がこのような提案に納得しないからである。当時は財政当局の力が格段に強かった。大蔵省主計局の主査(他の省庁で言うと課長補佐クラス)がノーというと、予算要求は通らなかった。自民党の議員に対しても「私たちがOKしたとしても、財政当局が納得しません」というと、相当な大物議員でないかぎり、引き下がった。

 もちろん、我々の説得を超越した"相当な大物議員"はいた。それが、畜産の場合、故山中貞則議員だった。

 彼は、自民党の税制調査会長を長年務め、党税調のドンと呼ばれた。彼のもとで、党税調の権威は今からは信じられないくらい高かった。政府税調を軽視しているのではないかと聞かれた際、山中氏は「軽視はしない。無視する」と答えている。

 党税調に対する年末の税制改正要望は、各省庁・業界の陳情の場である。もちろん、役人や業界は党税調の場で発言する権利はないので、関係の国会議員に代わって主張してもらう。発言する国会議員は、税制や政策の専門家ではないので、たいていは役所が用意した文書を読み上げる。これが分かっている山中氏は、たいていは聞き流すのだが、ときどきは「今言ったことを自分の言葉で言ってみろ」と問いただす。税制に詳しい山中氏の前では、ほとんどの議員が緊張した。平場の国会議員にとって、党税調は山中氏の査定を受ける機会でもあったのだ。

 このような山中氏が中央畜産会会長として、畜産のドンとして君臨している限り、平場の議員たちが思い付きの提案をすることなど、ありえなかった。当時なら、和牛商品券の発想はあったとしても、政策通の山中氏を前にしては、提案されることさえなかっただろう。

 もちろん、山中氏自身が想定外の政策を実現することは拒否できなかった。肉用牛に関する所得税の免税特例措置は1967年に山中氏が導入したものである。肥育農家に対するマルキン対策も、その一つだったのだろう。

 消費税の導入者として、財政当局も山中氏(および竹下元首相)には恩義を感じていた。今はどうか知らないが、大蔵省(財務省)は、きわめて律儀な官庁だった。山中・竹下両氏がからむ案件には、大蔵省は特別の配慮をしていたようだった。山中氏も「俺だからこんな政策ができるのだ」と言っていた。

 少し脱線するが、山中氏は思い出に残る議員だった。接したのは彼の晩年だが、"高士"という印象を持った政治家は、彼をおいて他にいない。元通産省の知人は、通産大臣だった山中氏に他の人にはない"風圧"を感じたと言っていた。山中氏は後継を山中家から出さないと遺言し、身内からの議員世襲を当然としていた自民党鹿児島県連は混乱した。

 このとき山中死去に伴う補選で当選したのが、今の自民党国会対策委員長の森山裕氏である。森山氏も農林族議員となったが、ぐいぐい引っ張る山中氏と異なり、どちらかと言うと調整型の政治家である。


農政劣化の象徴

 では、なぜ今、「和牛商品券」という愚策が提案されてしまったのか?

 安倍政権になって、官邸の力が増大したこと、その一方で財政当局(財務省)の力が大幅に低下したことが挙げられる。

 以前は、ウルグアイラウンド交渉の決着といったよほど大きな案件でない限り、個別の案件について、一般の役所から官邸に報告や相談することも、官邸から役所に指示が下りるということもなかった。

 確かに族議員の力は強かったが、農林水産省など個別の役所が、族議員やその裏にいる業界・選挙区の意向を考慮し、財政当局と落としどころを図りながら折衝し、最後は関係者がそれぞれ自分の主張をかなえることができたといえる形で決着を図ってきた。財政当局の力が強かったので、族議員や業界も自分たちの主張が完全に実現することは難しいと考えて、行動していた。

 業界が政策要望する場合でも、最悪の結果でも要望を実現できたと組織の内向けに主張できるような文言が使われた。時間はかかるが、すべての関係者がプロセスに関与する仕組みであり、最終結果について、それぞれがある程度やむをえないと納得できるものだった。もちろん、これがうまくいかない場合もあった。

 ところが、安倍政権で官邸の人事権が高まり、同時に官邸の政策への関与の度合いも高まっていった。その官邸で政策を仕切っている人たちは、経産省出身の人たちが多い。政権浮揚のため、アドバルーンを上げることには関心があっても、どろどろした利害調整には関心が薄い。

 農業政策では、農産物輸出1兆円が打ち出された。その目標が達成できていないのに、今回の食料・農業・農村基本計画では、官邸の強い意向で農産物輸出を5兆円にする目標が掲げられるという。

 アドバルーン的な政策以外では、農林族議員に丸投げされる。中選挙区の時代には、選挙区の中にライバルとなる自民党議員がいたため、それぞれの議員は熱心に政策を勉強していた。例えば、酪農が盛んな北海道東の北海道5区では、中川昭一、鈴木宗男、武部勤、北村直人の4人の自民党議員が、酪農政策を巡って互いに競り合っていた。

 ところが、小選挙区制の下で自民党の候補者になればほぼ当選できるとなれば、政策の勉強など二の次となる。今回の商品券のように、思い付きがでてくる。

 また、その農林族議員の中には、かつての山中氏のような抑えになる存在がいないので、思い付きが通ってしまう。

 農林水産省の職員も官邸が農林族議員に丸投げしているのを知っているので、農林族議員の意見に面を改めて反対すると、人事権を持つ官邸に悪い評判を伝えられるかもしれないと恐れてしまう。出世のためなら、理屈や正論を言うより、農林族議員の機嫌を取っておいた方が得策である。

 こうして、かつてなら党で決定される前に農林水産省が反対して潰していただろうとおもわれるような主張が、党の決定となる。

 官邸との力関係から、財政当局もノーと言えない。マルキンの法制化のように、政策の内容についても、農林族議員たちの要求がそのまま通ってしまい、財政規律は緩み放しとなる。

 和牛商品券は、現在の農政劣化を象徴するような出来事だったように思われる。


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