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2020.03.30

続2・新型コロナウイルス感染症との闘い - 「感染爆発の重大局面」はどこまで重大か

 東京都の小池百合子知事は、3月25日夜、新型コロナウイルス感染症(英名COVID-19,以下、新コロナと呼ぶ)の検査陽性者数の急増を受けて、緊急の記者会見を開いた。そこで語られたのは「感染爆発(オーバーシュート)の重大局面」との強い危機感である。そして感染爆発が起これば首都の封鎖(ロックダウン)もあり得るとして、都民に週末の不要不急の外出自粛を求めた。

 「感染爆発」とは耳慣れない言葉である。「ガス爆発」ならガスが爆発するが、感染は「拡大」はするが「爆発」はしない。「感染者数の爆発的な増加」を短縮した言葉だが、オーバーシュートやロックダウンというカタカナ語まで登場したので、一般都民にはいかにも分かりにくいものだった。言葉の分かりにくさと外出自粛要請は茶の間の不安を掻き立て、翌日、都内のスーパーには買いだめする人が長い列をつくり、一時は店頭から日用品や食料がすっかり消えてしまった。がらんとしたスーパーの光景は、文明社会の日常が一夜にして崩れ去る怖さの象徴でもあった。

 外出自粛を求められた週末の街は幸い平静さを取り戻したが、果たして「感染爆発の重大局面」とはどこまで重大なのか。私たちは今の事態をどう理解すればよいのか。多くの人の心に不安と疑問が湧いているに違いない。


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 ここで改めて世界の状況を見てみよう。今や世界は新コロナでパニックに陥っている。世界保健機関(WHO)は3月11日、遅ればせながらテドロス事務局長がパンデミック(世界的な大流行)を宣言したが、依然として感染は加速度的に拡大し続けている。3月28日時点で、世界の感染者数は50万人を超えて512,701人(うち死亡が23,495人)、202の国・地域に及ぶ。WHOのパンデミック宣言は、2009年の新型インフルエンザ以来だ。

 その間も、感染拡大の中心は中国から、イタリア、スペインをはじめ欧州全体に移り、28日、ジョンズ・ホプキンス大学の発表によれば、今や米国が感染者数10万人を超え、世界最悪の中心地となってきた。ニューヨーク、パリ、ロンドンなど、世界の各地で相次いで商業活動の停止や外出禁止令が出され、都市封鎖というまさかの事態に追い込まれている。

 世界の著名人の感染例も報道されるようになっている。米国の有名俳優トム・ハンクス夫妻をはじめ、モナコ王室のアルベール2世国家元首、英国ではチャールズ皇太子、またジョンソン首相に続きパンデミック担当の保健大臣、あるいは新コロナ研究を推進する米国ハーバード大学の学長夫妻など、驚きの名前が次々とあがっている。

 事実上、世界は今やほとんど機能停止の事態に陥っている。この世界情勢を受けて、3月24日、国際オリンピック委員会(IOC)と東京2020組織委員会は、遂にオリンピック史上初めて、東京2020大会の延期を発表した。2020年の年頭には予想もつかなかったまさかの展開だ。1年ほど先へのやむを得ない延期である。しかし、準備の再調整に必要となる膨大な労力やコストに対処できるのか、また、パンデミックが1年で終息するのかなど、不安と不確実さが錯綜する。

 この新コロナ・パンデミックはどうなるのか。その近未来は誰にも見通せないが、1世紀前に世界を襲ったパンデミック・スペイン風邪について見てみよう。これは1918年に始まったスペインインフルエンザ流行(原因ウイルスはA/H1N1亜型)の俗称で、科学的に検証された最初のパンデミックである。その被害の大きさは極めて大きく、WHOによれば当時の世界人口の25~30%、約5億人が罹患したとされる。その致死率(感染症の患者数に対する死亡者数の割合)は2.5%以上とされ、死者数は全世界で4000万人といわれる。

 日本の内務省統計では、スペイン風邪のわが国での患者数は約2300万人、死者数約38万人(致死率およそ1.7%)と報告されている。当時の日本の人口は約5500万人なので、国民のおよそ40%が感染し、国民1,000人あたり約7人が死亡したことになる。その流行には波があり、1918年の春から夏にかけての第1波、晩秋からの第2波、1919年の始めからの第3波と、終息には2年にわたる年月を要している。

 当時は、ウイルスの存在そのものが分かっていなかった。抗ウイルス薬はおろか、抗生物質すら発見されておらず、有効なワクチンなど全く存在しない時代であった。従って、その対策は、患者の隔離や濃厚接触者の行動制限、個人レベルのうがいや手洗いなどの励行、集会など社会的活動の制限や延期といった、いわば古典的な方法だけであった。

 現在の先進国での医学水準や医療体制の充実は、その当時とは全く異なるため、今回の新コロナが100年前のスペイン風邪と同じようになるとは言えない。しかし、新コロナに効く抗ウイルス薬やワクチンが存在しないため、古典的な隔離処置などに頼らざるを得ない点は共通している。また、2~3%ではないかと推定される新コロナの致死率は、スペイン風邪と同レベルのようだ。ただし、スペイン風邪では若年層の致死率が高かったのに比べ、新コロナで異なるのは、高齢者や基礎疾患のある人が重症化しやすい点だ。

 スペイン風邪は古典的な隔離処置以外、ほとんど有効な対抗手段がなかったが、なぜか数年で終息した。報告された統計から考えると、国民の30~40%が感染すれば、集団免疫(感染後に回復して免疫をもった人が一定以上増えることによって、社会としてウイルスに対する免疫力をもつようになること)が出来上がるのかもしれない。その歴史の事実からすれば、新コロナが終息しないのではと懸念するのは悲観的過ぎる。しかし、スペイン風邪の流行の波が3回繰り返された事実からすれば、今回の流行が2~3か月の短期で1回の波で終わるのではと考えるは、楽観的過ぎるかもしれない。当初、英国政府は、集団免疫が形成されるまで強硬な予防手段は取らないと楽観的だったが、結局、ロンドンの封鎖に踏み切った。


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 わが国でも、欧州や米国ほどではないにせよ、日を追うごとに感染者数は増加している。厚労省によれば、3月28日12時の時点で1,499人(うち死亡49人)とされる。有名タレントの志村けん氏の感染・入院死亡や、阪神球団の藤浪晋太郎投手の検査陽性など、芸能界、スポーツ界からも陽性者が出たと報道され波紋を呼んでいる。

 そのようなマスコミ報道が相次ぐと、誰しも新コロナが他人事ではなく、自分の身近に迫っていると感じるかもしれない。しかし、テレビでの近親感による連想がそう思わせるに過ぎないので、過度の心配は不要だ。この心の反応は、心理学上の言葉では「利用可能性ヒューリスティック」と呼ばれ、誰もがもっている。例えば、友人が胃ガンになったと聞くと、自分も胃の調子が悪いのはガンかもしれないと急に心配になる心の変化である。実際は、友人の病気を聞いたからといって、自分の病気の可能性が急に高まるわけではない。新コロナでも、有名人の例を聞いたからといって、実際の感染の危険性が急に高まるわけではない。しかし、利用可能性ヒューリスティックは、しばしば人の判断を誤らせ、不安を助長する原因となってしまうので厄介だ。

 都民に危機感をもってもらいたいと、敢えて分かりにくい用語で語られたという小池知事の危機感は正しいかもしれない。しかし、利用可能性ヒューリスティックという人間の心の反応に思いをはせれば、政治家としては、同時にパニックを抑える話術も必要だったのではないか。

 安倍首相も、都知事会見を受けるかのように、都が要請した外出自粛の3月28日(土)の夜、記者会見を開いた。緊急事態宣言かとも思われたが、結局、「今はまだ緊急事態宣言の時ではなく、瀬戸際。最大限の危機意識を」との発言にとどまった。危機の今こそ、宰相に求められる国民への強いメッセージが聞けなかったのは残念だ。

 そもそもどんな基準なら瀬戸際なのかが不明である。その点は都知事会見でも同様であった。特に問題視されたのが、10人以上も確認されたという感染経路不明者の増加である。それも含んでの計41名の新規感染者の判明に対して、朝日新聞の長野記者は知事の率直な感想を尋ねた。それに対して小池知事は「何か得体が知れないとの感覚を抱いた」と述べて、知事自身の漠然とした不安を表現した。

 しかし、この言葉も含め、知事の説明には3つの誤りがある。第1に、感染経路は不明でも、不明者が出る理由は不明でないことを説明していないこと、第2に検査陽性者数を、そのまま感染者数としていること、そして第3は「何か得体が知れない」という感覚的な表現が、感染の原因(コロナウイルス)とメカニズム(飛沫・接触あるいはエアロゾル感染)の科学的知見に疑問や不安を抱かせることだ。

 感染経路の不明者が出る理由は2つある。

 第1は、濃厚接触者を越えての追跡が極めて難しいことだ。例えば、感染者Aさんが濃厚接触者Bさんにウイルスをうつしたと分かっていても、Bさんが知らずCさんにうつせば、CさんがBさんからうつされた可能性を想起できない限り、Cさんは感染経路不明者となる。

 第2の理由は、これまでのコラム(「新型コロナウイルス感染症との闘い-知っておくべき検査の能力と限界」、「続・新型コロナウイルス感染症との闘い-感染拡大とPCR検査の保険適用」)で指摘したように、PCR検査に偽陰性が存在することだ。感染者Aさんの濃厚接触者Dさんが検査陰性であった場合、Dさんが知らずEさんにうつせば、EさんからDさんにさかのぼることは難しく、感染経路不明となる。結局、このように感染の連鎖はどこかで追跡が困難となり、潜在的な感染者は数も経路も不明なまま、次第に増えていくことになる。

 知事会見での「重大局面」という指摘は、そもそも2つの懸念が前提となっている。

 まず、感染者が増加するペースを遅らせないと「感染爆発」を招くという懸念。しかし、増加ペースを遅らせば、本当に「感染爆発」は回避できるのであろうか。仮に、何もしなければ現在から3か月で1日感染者100万人のピークをむかえ、「医療崩壊」に直面するとしよう。感染者増加のペースを遅らせれば(例えば6か月後のピーク)、ピーク時の感染者数も減らせる(例えば1日1万人に抑え込む)というシナリオが、専門家からはまことしやかに語られる。

 しかし、ピーク時を遅らせることができたとしても、結局、6か月後のピーク1日感染者が当初の予測よりももっと悪い100万人超えにならない保証がどこにあるのだろうか。条件が異なれば異なる事象が出現する。その不確実性は大きい。つまり、感染の増加ペースを遅らせば、確かにピークをむかえるまでの時間は稼げるが、ピーク時の感染者数も減らせるというのは希望的観測に過ぎないのではないだろうか。

 油断できない長い戦いが続くことは覚悟しなければならないが、今が「重大局面」の根拠はあいまいに見える。例えば、図1は、3月のPCR検査陽性率と推定有病率の日変化を示す。このグラフを見ると、月初めの不安定さは除き、PCR検査の保険適用以降、推定有病率は6%程度でほとんど変化していない。つまり、このように有病率が一定であれば、感染は指数関数的に増えていき、いずれ爆発的増加のイメージに合致するような時点がくると解釈するのが論理的である。


図1. 検査陽性率と推定有病率の変化

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1) 出典:厚労省統計データ、2020年3月28日正午現在
2) PCR検査の感度70%、特異度99%を仮定


 であれば、今が「重大局面」なのではなく、また、世にいう「3連休の気のゆるみ」も関係なく、「感染爆発」への赤信号は、知事会見の3週間前から点滅していると考えられる。感染が広がれば、毎日の感染者数報告は当然増えるので、その絶対数に一喜一憂しないほうがよい。それよりも、有病率(あるいは検査陽性率)を下げることができるかどうかが、「感染爆発」を回避できるかどうかの鍵となる。もちろん、今後、有病率が今よりも上昇すれば(そうなってほしくないが)、「感染爆発」に向かうペースは加速される。

 東京都知事の緊急会見を受けて、近隣知事らによるインターネット会議が開催され、外出自粛等で共同歩調をとることが確認された。もちろんそのような連携は必須であるが、そこでは「感染爆発の重大局面」が合言葉となり、特に異論もなかったようだ。このような状況は、実験心理学者アービング・ジャニスが提唱した集団思考group think(あるいは集団浅慮)の問題を思い出させる。ジャニスは、集団で合議を行うと、注意深い検証がないままにかえって不合理、あるいは好ましくない意思決定が行われる現象が起こる場合があることを研究した。

 この現象は、会議集団に過剰な楽観や悲観があったり、集団メンバーの発想が閉鎖的であったり、あるいは多数意見に同調する暗黙の圧力があるといった要因で引き起こされる。時間的な切迫、専門家による難解な見解、あるいは会議メンバー間の利害関係の存在が、会議内容に対する深い思考の妨げとなることも指摘されている(例えば、専門家の意見を鵜呑みする等)。それを回避するためには、明確な論拠の提示と討議、異なる意見の尊重などが必要となる。その点、安倍首相による全国一斉休校の決定も論拠が明確ではなかったし、都知事の会見でも「感染爆発・重大局面」の論理的説明は十分だったとは言えない。特に危機時の意思決定は、論拠の明確な検証があって行われるべきで、ゆめゆめ「忖度」で行われてはならない。


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 第2の懸念の前提は、新コロナの致死率が高いという点である。致死率が低ければ、新コロナを世界が怖れる必要はない。その怖さについての科学的検証はまだ不十分だが、感染者の8割は軽症、2割が重症化すると言われる。重症化の多くは高齢者や基礎疾患をもつ人のようだ。しかし、致死率を科学的に求めることは、必ずしも容易でない。なぜなら、率を計算するための分子の死亡者数は報告されるが、分母の患者数を正確に把握することは困難だからだ。

 例えば、感染しても軽症で済み、病院に行くことなく自宅で回復すれば、その症例を患者数に含むことができない。従って、便宜的には、患者数の代わりに検査陽性者数が使われる。しかし、検査陽性者数を分母にして求められる致死率も、厳密には正しくない。なぜなら、検査陽性者数は偽陽性者を含み、かつ、偽陰性者を数え落としているからだ。

 そこで、検査の一定のエラー(感度と特異度)を仮定して、補正致死率を試算した結果を表1に示す。計算は厚労省の3月28日正午のデータに基づいている。


表1. PCR検査のエラーと補正致死率

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1) PCR検査実施、陽性、死亡数: 厚労省統計データ、2020年3月28日正午現在
2) 補正致死率 = 死亡者数÷感染者数
3) (*) PCR検査の感度70%、特異度99%での推定値
4) (**) PCR検査の感度90%、特異度99.9%での推定値

 表1から分かるように、PCR検査陽性者数1,499人の中には、最少27人から最多267人の偽陽性者が含まれる。また、PCR検査を実施した28,464人のうち、少なくとも164人、最多で528人の偽陰性が見落とされている。感染者数は、検査陽性者数から偽陽性者数を引き、それに偽陰性者数を足し合わせて推定できるので、結局、最少で1,636人、最多で1,760人の範囲となる。

 すなわち、PCR検査陽性の1,499人をそのまま感染者数と見なせば、少なくとも137人、多ければ261人分、感染者数を少なく見誤っていることになる。この推定された感染者数を用いれば、陽性者致死率3.3%は、結局、もう少し下の2.8~3.0%の範囲に補正される。

 この新コロナの補正致死率およそ3%が正しいとすれば、季節性インフルエンザでの0.1%に比べて30倍も高いことになる。ただし、先に述べたように、検査を受けていない感染者の存在を考えれば、真の感染者数は表1で推定された感染者数より多くなるので、真の致死率はもう少し下がるはずだ。このように考えると、新コロナの致死率は、スペイン風邪の致死率2.5%以上とほぼ同等の高さと見なせそうだ。

 しかし、率ではなく患者の絶対数で見れば季節性インフルエンザも依然として怖い感染症だ。2020年3月18日現在の感染症研究所の統計(「感染症研究所:インフルエンザ流行レベルマップ」)によれば、2020年第11週(3月9日~15日)の1週間に受診した患者数の推計は約4万人、その前週の約10.3万人よりも減少しているが、依然として1週間で万のレベルの患者数である。2019年第36週(9月1日~7日)以降、これまでの累積の推計受診者数は725.8万人となる。また、2019/20シーズン21大都市インフルエンザ・肺炎死亡報告(「国立感染症研究所:インフルエンザ関連死亡迅速把握システムによる2019/20シーズン21大都市インフルエンザ・肺炎死亡報告. 3月23日」)によれば、2020年の第1週より毎週400から200人(1週平均300人)が死亡している。インフルエンザにはワクチンや治療薬があるのに、この大きな数字である。にもかかわらず、インフルエンザに対する社会の慣れのためか、メディアではほとんど報道されない。一方、新コロナによる死亡者数は、1月15日国内最初の感染確認(武漢からの帰国者)以来、3月28日正午現在までの約10週半で49人なので、1週平均5人となる。これは1週300人のインフルエンザ関連死亡に比べれば、まだ圧倒的に少ない。


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 もはや新コロナの感染拡大は不可避のようだ。それでは、感染者数の爆発的増加をどう防ぎ、どう準備すればよいのであろうか。

 新コロナ・パンデミックは、公衆衛生学の観点では自然災害に分類される。従って、急性期、亜急性期、慢性期、休止期に応じた災害医療としての戦略が求められる。今は急性期なので、パンデミック対策として、感染拡大抑止、被災者(この場合、感染者)の医学的救済・支援が第1優先となる。すなわち、

  • 1) 原則、古典的な集団的予防措置:患者の隔離、濃厚接触者の行動制限、個人レベルの衛生の徹底・外出制限、地域封鎖などの制限や集会の中止・延期など。隔離や行動制限のための施設数が不足する見込みとなれば、拡充や法的ルールの変更も行う。
  • 2) PCR検査はコロナ感染を強く疑う人に限定:大規模検査の罠(無症状者を含めた大規模な検査実施が、多数の偽陽性と偽陰性を生じ医療崩壊の増悪要因となること)を避ける必要がある。ドライブスルー検査は、その罠に陥る引き金となる恐れがある。また、不適切な検査手技を行うと、逆感染(検査を行う医師が手袋を交換しないで複数の被験者から検体採取をする場合、もし手袋にウイルスが付着すれば、検体採取の過程で逆に、感染していない被検者を感染させる結果になりかねない)が起こり得るため、原則実施しない方がよい。但し、空港等の水際対策では、その逆感染を防ぐ検査手技や、偽陰性・偽陽性のエラーに十分な注意を払ってPCR検査を活用すべきだ。
  • 3) 濃厚感染者の追跡を続けるが停止も準備する:感染抑止手段として重要だが、追跡対象者が増えると事実上、追跡困難となるため、追跡をあきらめる停止条件をあらかじめ決める必要がある。
  • 4) トリアージを導入した診療・医療システムへの移行:トリアージとは、傷病者を重症度と緊急度によって分別し、治療や搬送先の順位を決定すること。災害医療では、被災者は黒(死亡)、赤(緊急治療)、黄(準緊急治療)、緑(待機)に分別される。拠点病院を軸に、新コロナ対応でのトリアージ・ルールを決める。また、院内感染予防のシステムを構築すると同時に、一般病床の一部を新コロナ対応用に確保する。また、高齢者施設や障害者施設などでの集団感染に対しての連携・支援体制を至急、確立する。「感染爆発」に備え、医学生、看護学生、ボランティアによる組織作りを準備する。
  • などが考えられる。

     さらに、医療だけでなく社会・経済的対応として、急性期には①被災者(広く、企業活動上の被害も含め)の当面の社会的・経済的支援、そして慢性期での②復興のための景気拡大政策が必要である。現在は急性期であるため、景気拡大策をとる時期ではない(【緊急提言】コロナ・ショックの経済対策の基本的方向性について)。


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     結局、個人としてどう行動すればよいのであろうか。

     まず、厚労省が奨める3つの密:「密閉」「密集」「密接」の3条件の重なりを避ける、あるいは1つでも避ける。同時に、この感染症は、個人がどのように予防措置をとるかで、蔓延も終息も決まることを自覚する。感染制御の主役は、やはり個人だ。つまり、他者からウイルスをうつされなければ、あるいは他者にうつさなければ感染の連鎖を断つことができる。そのためには、合理的な感染リスクの認識と自制的な行動が求められる。何よりも、買いだめや銀行の取りつけ騒ぎのような、社会的パニックを引き起こさない冷静さが必要だ。

     スペイン風邪は、当時、治療薬もワクチンもないのに、結局は終息に至った。歴史上おそらく最も恐れられた天然痘ウイルスですら、人類を滅亡させることはできなかった。新コロナ・パンデミックも、必ずいつか終息するはずである。その思いを希望の灯として、今はできる限りの予防に努め、自然の嵐が過ぎるまで耐え忍ぶ時であろう。


    鎌江 伊三夫 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

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