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2019.11.11

全世代型社会保障の課題(下) 能力に応じた負担制度を

日本経済新聞【経済教室】2019年11月6日

  • 小黒 一正
  • 主任研究員
    小黒 一正
  • [研究分野]
    マクロ経済
■■■ ポイント ■■■
  • ○ 政府の見通しは成長が前提で不確実性も
  • ○ リスク分散と再分配の機能を切り分けよ
  • ○ 公費は本当に困っている人に集中投下を
  •  消費税率が10%に引き上げられ、2000年代半ばに始まった「社会保障・税一体改革」が終了した。だが、団塊の世代が75歳以上となる2025年問題もあり、社会保障の改革はこれからが正念場だ。低成長で貧困化が進み、人口減少・少子高齢化が本格化する中、いま政治に求められているのは持続可能な社会保障の再構築、すなわち、給付と負担のバランスを図る抜本改革である。

     政府が改革議論の出発点とするのは、18年5月公表の「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」だ。当然、政府も予測誤差を承知で社会保障給付費を推計したはずだが、成長率の不確実性などもあり、この予測のみを前提に改革議論を進めるのは一定のリスクを伴う。

     例えば、政府の予測(ベースラインケース)では社会保障給付費が18年度に121.3兆円(対GDP21.5%)だったのが、25年度に約140兆円(同21.8%)、40年度に約190兆円(同24%)となる。

     対GDPの数値では2.5%ポイントしか増えず、改革を急ぐ必要はないとの声もある。だが、19年度予算ベースの社会保障給付費は対前年度2.4兆円増の123.7兆円、対GDPで22.1%だ(GDPは内閣府7月試算)。対GDPでは25年度の予測値(21.8%)を既に上回っている。

     図の太実線で1970年度から18年度までの社会保障給付費の実績推移を示した。増加スピードは年平均2.5兆円程度(消費税率1%に相当)である。このスピードが継続するという予測のもとに、社会保障給付費の増加を推計したものが図の太点線である。


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    ◇   ◇

     実は、ベースラインケースでは28年度以降の名目経済成長率を1.3%と見込んでいる。これは95年度から18年度の平均成長率(0.39%)の約3倍という強気の数字だ。給付費が伸びても経済が大きく成長すれば、対GDPの給付費率の上昇は抑制できるというシナリオである。

     しかしながら、現実的にこれからの成長率を0.5%とみて、年平均2.5兆円増の社会保障給付費の対GDPを試算すると、40年度の値は28%に急上昇する。成長率が1%ならば、40年度の対GDPの給付費は25.1%となり、成長率1.3%のときの政府推計(24%)に近い。とはいえ、成長率が0.3ポイント低下するだけで対GDPの給付費は約1%ポイントも跳ね上がる。

     消費税率1%増で対GDP約0.5%の税収増のため、もし給付費が18年度から40年度で6.5%ポイント(=28%-21.5%)も増えると、現在の財政赤字圧縮分を除いても、消費税率換算で約13%分もの増税に相当する財源が必要だ。もちろん財源は消費税以外でも構わず、社会保険料の引き上げや医療・介護の自己負担増のほか、社会保障をスリム化する政治判断もある。

     また、理論的には国債発行で財源を賄う方法もあるが、現下の厳しい財政状況でそれが本当に持続可能な手段なのだろうか。現今の財政の厳しい現実は、経済学の「ドーマー命題」で確認できる。

     この命題は「名目成長率が一定の場合、財政赤字を出し続けても、財政赤字(対GDP)を一定に保てば、債務残高(対GDP)は一定値に収束する」というもので、財政赤字比率がq、名目成長率がnのとき、「債務残高(対GDP)の収束値=q/n」が成立する。

     内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」(19年7月)のベースラインケースでは28年度の財政赤字比率は2.3%で、その後も赤字は拡大基調のため、甘い評価だが、q=2.3%としよう。また、nを既述の95年度からの平均成長率0.39%とすると、債務残高比率の収束値は約590%(=2.3%/0.39%)で、現在の債務残高比率200%の約3倍もの水準となる。成長率0.5%としても、債務残高比率を現在と同水準に収めるには、財政赤字比率を約1%に縮減しなければならない。

     このような状況の中、改革の司令塔として政府は「全世代型社会保障検討会議」を設置し、全世代が安心できる新しい社会保障制度の方向性を議論し、19年末までに中間報告、20年夏までに最終報告を取りまとめる予定だ。

     では、本当の改革には何が必要か。そもそも、全世代型社会保障という概念は、社会保障制度改革国民会議が13年8月に提言し、主として高齢者世代を給付の対象とする社会保障から、切れ目なく全世代を対象とする社会保障への転換を目指すものだ。提言では、年金・医療・介護が 中心の従来型社会保障(1970年代モデル)を修正し、現役世代の雇用・子育て支援・低所得者や住まいの問題なども対象とする新たな社会保障(2025年モデル)の構築を目指すとした。

     改革の理念には概ね賛成だが、財源の裏打ちが無ければ、現役世代への新たなバラマキ的な政策となる恐れもある。最終的には財政赤字が膨らみ、ツケを将来世代に先送りするだけだ。また、成長に過度に頼った改革議論もリスクが高い。

     例えば、名目経済成長率の予測(政府経済見通し)では、実績が予測を上回ったのは過去21年間のうち6回のみだ。すなわち、政府予測の的中確率は28%しかなく、厳しいシナリオを前提に改革を進める覚悟を政治や我々国民が持つことが重要である。


    ◇   ◇

     ならば低成長で貧困化が進む我が国で、最も重要な視点は何か。例えば、現行制度上、基礎年金や医療保険などには所得や資産の高低に関係なく公費が投入されているが、限られた財源の使途として、本当に効率的な使い方だろうか。

     公的保険給付の範囲見直しや公立病院の再編なども必至だが、効率的な再分配政策という視点では、「リスク分散」機能を担う保険と「再分配」機能を担う税の役割を切り分け、世代にかかわらず、公費は本当に困っている人々に集中的に投下するといった新たな「改革の哲学」を政治主導で示すことである。

     真の困窮者を救うためには、社会保障の支え手を増やす努力も必要であり、在職老齢年金の見直しや年金の繰り下げ拡充など最低70歳までの就労促進を軸に、働き方改革や資産形成を促す政策も重要だ。

     その関係で、負担のあり方も見直しが必要だ。例えば、現在の「年齢差別」的な医療の窓口負担を改め、「応能負担別」の窓口負担に変更する改革は不可避だが、保険料や税でも、世代にかかわらず、社会保障・税番号制度も活用し、年金などの所得も合算しつつ、資産を含む負担能力に応じて負担する仕組みとするのが望ましい。

     まずは、団塊の世代が75歳以上となりはじめる22年に向けた改革断行が急務だ。短期的でパッチワーク的な改革でなく、中長期的な視点での抜本改革が必要なことも明らかであり、「何を守り、何を諦めるのか」といった国民視点での「新たな社会保障の哲学」や国民が共有できるビジョンを構築する必要があろう。

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