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2019.09.02

日米貿易交渉の行方

NHKラジオ第1 三宅民夫のマイあさ!「経済展望」 のコーナー(2019年8月29日放送)

  • 山下 一仁
  • 研究主幹
    山下 一仁
  • [研究分野]
    農業政策・貿易政策

1.首脳会談に先駆けてワシントンで行われた日米閣僚会議で、事実上の大枠合意に達したと伝えられています。ここにきて急に動きが加速した印象ですが、まずは交渉の背景から説明してください。

 アメリカが日米貿易交渉を求めるようになった理由は、アメリカ抜きのTPP、いわゆるTPP11や日本とEUとの自由貿易協定が発効したことで、日本市場で関税削減の恩恵を受けないアメリカ産農産物の競争条件が悪化したからです。

 牛肉を例にとると、今年の4月からオーストラリア、フランスなどから日本に輸出される牛肉の関税は26.6%に下がり、14年後には9%になります。これに対して、日本と自由貿易協定を持たないアメリカ産牛肉への関税は38.5%のままです。これでは、日本市場からアメリカ産農産物は駆逐されてしまいます。

 アメリカの農家は、これまで共和党を支持してきました。しかし、米中の貿易戦争によって、中国がアメリカ産の大豆の関税を引き上げたことから、アメリカの農家は大きな打撃を受けています。この上、日本市場まで失うことになれば、来年の大統領選挙でトランプ大統領は農業票を失いかねません。

 アメリカはどうしても日本と自由貿易協定を結ばなければならなくなったのです。


2.しかし、TPPから一方的に離脱したのはアメリカのトランプ大統領なのではないですか?

 そのとおりです。しかし、オリジナルなTPP協定は、アメリカが参加しなければ、発効しないことになっていました。このままではアメリカ産農産物も不利にはなりませんでした。

 ところが、就任後トランプ大統領が日本に二国間の自由貿易協定を要求すると言い出したため、安倍政権は、アメリカからTPPで約束した以上の譲歩を農産物について求められるのではないかと心配し始めました。それなら、オーストラリアなど他のTPP参加国と一緒になって、アメリカ抜きのTPPを成立させれば、アメリカ産農産物はオーストラリア産などに比べて日本市場で不利に扱われる、そうなると二国間交渉で、アメリカも強く出られないようになるだろうと考えました。こうして成立したのがTPP11です。


3.アメリカだけが困るなら、日本としては、二国間の自由貿易協定に応じる必要はなかったのではないでしょうか?

 そうです。アメリカとの自由貿易協定がなくても日本は自動車などをアメリカに輸出しています。アメリカが困るなら、TPPに戻ってくればよいと言えばよかったのです。

 しかし、アメリカのトランプ大統領は、安全保障を理由として、自動車の関税を上げると打ち上げました。日本政府は自由貿易協定交渉を行い、農産物関税について譲歩すれば、自動車の関税引き上げの日本への適用は避けられると考えたのです。


4.交渉の状況はどうなのでしょうか?

 交渉の入り口の段階となる2018年9月の日米首脳の共同声明で、日本は、TPP交渉で譲歩した以上は許してほしいと主張し、逆にそこまでの譲歩をアメリカに認めてしまうことになりました。

 他方で、日本にとって対米最大の輸出品目は自動車です。実は、TPP交渉では、アメリカの自動車業界の反対で、アメリカの2.5%の自動車関税について、25年もの長い期間をかけて撤廃することになりました。ところが今回の交渉では、アメリカは、農産物についてTPP以上を要求しながら、自動車についてはTPP並みの関税引き下げという日本側の要求さえ拒否しています。


5.来月の国連総会に合わせてあらためて首脳会談が行われるということですが、今後のスケジュールはどうでしょうか?

 協定に合意・署名すると、それぞれの国の議会で承認されることになります。ところが、アメリカ連邦議会は、政府に対して、農業だけとか物品だけとかという協定ではなく、サービスや知的財産権等も含めた包括的な自由貿易協定を提出するよう、要求しています。そうでないと承認しないというのです。しかし、議会の承認には時間がかかるので、大統領選挙に間に合いません。そこでアメリカ政府が考えているのは、アメリカがほとんど譲歩しないような協定なら、議会の承認がなくてもよいというものです。

 農産物の関税を下げる日本では、国会の承認が必要ですが、9月に協定に署名すれば秋の臨時国会で承認を得て年内にも発効することができます。これで大統領選挙に間に合います。さらに、アメリカが自動車関税を引き上げるかどうかを決定する11月までに協定が成立すれば、日本は高い関税の適用を見送ってもらえると考えています。

 ただし、同じ安全保障上の理由をつけた鉄の関税はかなり前に引き上げたのに、これまで自動車の関税は多数の消費者に影響を及ぼすことから、引き上げの決定を先延ばしにしてきました。引き上げは出来ないだろうというのがワシントンの識者の見方です。同じ状況に置かれているEUはアメリカとの交渉を始めようとさえしていません。


6.どう評価したらよいのでしょうか?

 いまアメリカが中国に対して要求していることがらは、TPPの中に含まれています。偽造品の取引防止など知的財産権の保護、投資に際しての技術移転要求の禁止、国有企業と海外企業との間の同一の競争条件の確保などです。TPPにアメリカが復帰し、アジアの他の国もTPPに参加するようになると、中国もTPPに入らざるを得なくなる、そのときに、中国にTPPの規律を課すことができる。これがオバマ政権のときのTPP戦略でした。しかし、日米の協定を結んでアメリカ産農産物の競争条件の不利性を是正してしまえば、アメリカはTPPに戻ってこなくなるでしょう。長い目で見ると、日本だけではなくアメリカにとっても、良いことではないと思います。


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