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2019.08.13

老後資金「2000万円不足」から炙り出される問題

中央公論 2019年8月号(2019年7月10日)に掲載

 金融庁・金融審議会の「市場ワーキング・グループ」報告書「高齢社会における資産形成・管理」が、老後の生活を維持するためには、年金のほかに、2000万円の貯えが必要だと指摘し、物議を醸している。

 老後に一定の生活水準を維持しようとすれば、公的年金だけでは足りないということは、多くの人が薄々気づいていたことだし、また、経済がインフレになれば公的年金の支給額はインフレ率よりも低い率でしか増えない(つまり、支給額が実質的に削減される)ことも、2004年に年金制度に導入された「マクロ経済スライド」によって決まっている。こうした事実は、国民一人ひとりからみれば本当に不愉快な話ではあるが、客観的に予想される見通しが公表されたからといって、約束違反だと政府の責任を追及しても問題が消えるわけではない。

 一部のマスコミは、事前に高齢化や不況などを予想して、年金制度をしっかり作っておくべきだったと言うかもしれないが、それもおかしい。こういうマスコミ的正論は、「普通の庶民と違って、政府は万能であるべきだ」という意見で、昔ながらの「お上」意識の裏返し、つまりは、ないものねだりだ。実際は、政府も庶民と同じ程度に経済社会の将来について無知であるため、しょっちゅう見通しを誤る、ということである。その真実を率直に指摘してしまったために、金融審議会のメンバー(民間の専門家たち)が袋叩きに遭っている。

 この問題は、報告書の公表を受けて、野党とマスコミが「公的年金は100年安心」という約束に違反する、と一斉に政府の責任を追及して政治問題化した。なんでも政府批判の材料にする野党やマスコミの姿勢も問題だが、対する政府・与党は、問題の存在をなかったことにする作戦である。麻生太郎金融担当大臣は審議会の報告書の受け取りを拒否した。

 金融審議会の専門家が計算した「年金以外に2000万円必要」という情報は、公的年金の将来を考えるための貴重な検討材料のはずだ。どういう前提のもと、どういう生活のために必要なのか、という分析の詳細な情報を最大限に有効活用することによって、公的年金をどう変えるのがベストか、与党はもちろん野党も含めてみんなで議論するべきだ、というのが本当の正論だろう。

 そもそも、こういう議論の必要性は、学者や民間の論者が、本誌を含めた経済論壇で繰り返し主張してきたことだ。しかし、それらの発言が世の中を大きく動かすまでには至らなかった。そこには、政府の公式見解は真面目に扱うが、民間人の発言は自動的に軽く扱うというメディアの特性も関係している。

 政府が問題を認めることには、世論を動かす大きな力がある。政府が、自分にできないことを「できない」と認めることに意義があるのだ。それを無責任だと責め立てる構図は非生産的である。できないことをできないと認めることこそ責任ある態度であり、認めるところから有効な解決策を探す議論が始まる。

 そうしないと、社会保障改革の議論など進まない。今のままで大丈夫、と言っているほうが断然楽なのだから。そして当の問題が起きる頃には、責任者は引退している。

 50年後の将来世代が歴史を振り返ったら、我々にどういう議論をしてほしかったと言うだろうか。年金問題を政局に絡めず、与党も野党も専門家も同じテーブルにつき自由に意見を言い合って、本当に必要な年金改革や高齢期の資産形成の方法を明らかにしてほしかった。そして必要な改革は一刻も早く実行しておいてほしかった。きっと、そう言うに違いない。


小林 慶一郎 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

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