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2019.08.01

米中貿易戦争と日本~本質は"逆"自由貿易協定だ~

政策研究フォーラム 『改革者』 2019年8月号に掲載

  • 山下 一仁
  • 研究主幹
    山下 一仁
  • [研究分野]
    農業政策・貿易政策

大恐慌後のブロック経済に比べると、米中の経済への被害は少ないうえ、世界の他の国は米中への輸出促進というプラスの効果を得る。技術移転要求、国有企業など中国に構造問題解決を迫るためには、米中貿易戦争ではなくTPPの拡大が有効だ。

 米中貿易戦争が国際経済に大きな悪影響を与えるものだという指摘が多い。世界の主要な国が関税を引き上げてブロック経済化が起こり、世界中が深刻なマイナス成長に陥り、第二次世界大戦の遠因ともなった大恐慌後の状況に譬(たと)える人も多い。ここでは、米中貿易戦争の内容と影響を冷静に分析するとともに、トランプ政権が仕掛けたこの戦争がいつまで続くのか、アメリカの情勢を分析することとしたい。


誰が痛むのか?「戦争」というほど米中も傷つかない


 米中が双方に打ち合っている関税は輸入制限的に働くことは事実であるが、多くの場合輸入を禁止するものではない。

 輸出国の品質に違いがない場合、価格面での競争になる。米中それぞれが相手国からの輸入品に25%の追加関税をかけた価格が、第三国からの追加関税なしの輸入品価格よりも安いなら(価格上昇による輸入量の減少という効果はあるにしても)引き続き相手国から輸入される。第三国からの輸入品価格が安くても、第三国が需要すべてをまかなえるだけの輸出を行えないなら、輸入量は相当減少するかもしれないが、相手国からの輸入はなくならない。

 このように、追加関税をかけられる国の輸出がどれだけ減少するかは、個々の物品ごとに、関税の水準、他の輸出国の価格、生産や輸出の状況、輸入国の需要量の減少の度合いなどで左右されるので、一概には言えない。品質面で他国産と差別できる商品、その国でなければ生産できない商品などは、25%の追加関税がかけられたとしても、輸入される。

 では、関税は誰が負担するのだろうか?輸出国の企業が関税を価格に上乗せして輸入国の消費者に転嫁することができなかった場合には、関税引き上げによるコストアップを自ら負担せざるを得なくなり、収益は減少する。消費者に転嫁できたとしても、消費者が購入する量、輸出企業からすれば販売量は、価格上昇によって減少するので、売上高の減少となり、これまた収益の減少となる。実際には、完全に転嫁できる場合とすべて負担する場合との中間に落ち着くことになるが、いずれにしても収益は減少する。(輸入国政府の関税収入は増加し、価格上昇で輸入国企業は利益を得るが、経済学的には消費者の不利益の方がこれらを上回る。第三国からの輸入に代替されるときは、追加的な関税収入の増加はない。)

 輸入国の"消費者"には、相手国から原材料や部品などを購入して、自社の製品を製造する企業も含まれる。これらの企業も輸出国の企業と同様、コスト増をどうやって消費者などに転嫁するかという悩みを抱えることになる。これらの企業の収益減少は、関税をかけた国の雇用に影響する。

 トランプは関税をかけても負担するのは輸出国の企業だと主張する。しかし、クドロー国家経済会議(NEC)委員長が認めたように、これは(特殊なケースを除いて)経済学的には誤りで、アメリカの消費者も関税引き上げの一部を負担する。関税は、手取り価格の減少と販売量の減少の影響を受ける相手国の輸出企業と今までより高い価格を支払う自国の消費者が負担することになる。つまり、関税をかけると、相手国だけでなく自国も被害を受けるのである。

 関税戦争を行うと、中国からの輸入が中国への輸出より多いアメリカの方が、関税をかける対象が多くて有利だという主張がなされたが、これは二重の意味で誤りである。この議論は、両国とも同率の関税をかけ合うことを前提としているが、この戦争にそんなルールはない。中国はアメリカの25%の倍の50%の関税を課せばよい。WTOからすれば、元来ルール違反の戦争である。次に、関税をかける対象が多いなら、消費者の観点からはアメリカの方が大きなダメージを受けることになる。

 また、米中貿易戦争を始めたトランプは、貿易黒字が良くて赤字は悪いという経済学的には間違った妄想のとりこになっているが、彼が関税を引き上げてからの昨年末までの動きをみると、中国の対米輸出は前年同期を上回っているのに対し、アメリカの対中輸出は大きく減少している。この結果、アメリカの貿易赤字は増加しており、彼の物差しからすれば、アメリカは彼のせいで雇用を失ったことになる。

 現在の貿易の6~7割は部品や中間財の貿易である。かつては一国が部品から最終製品までを一貫して作って貿易していたが、今では各国間で部品等が貿易され、ある国で最終製品に組み立てられて、貿易されている。例えば、中国は日本、台湾、韓国、タイ、アメリカなどから部品を輸入し、中国産の部品と合わせて最終製品を作って、アメリカに輸出している。

 これまでフォードは中国で自動車を組み立て、アメリカに輸出していたが、25%の追加関税がかかるので、組み立てる場所を中国以外の国にすることを検討している。このとき、フォード車の価格が1万ドルだとしても、輸入部品の価格が9千ドル、中国での組み立てによる付加価値が1千ドルであれば、生産地移動による中国の打撃は1万ドルではなく1千ドルに過ぎない。追加関税を課される国の生産も、その国の付加価値分の減少だけに被害は限定されるし、輸入価格が上昇したとしても消費者は別のルートから供給を受けられることになる。「戦争」というほどの被害はない。


大恐慌後の貿易戦争との違い


 大恐慌後の貿易戦争の場合は、多くの国が全ての国からの輸入に対して高い関税をかけた。しかし、今回は、アメリカは中国に対して、中国はアメリカに対して、関税をかけているだけである。たとえて言うなら、アメリカという地域に行くのにいくつかの橋が架かっていたとして、そのうち中国からアメリカに架かる橋だけ閉鎖されても、別の橋を使えばアメリカには行ける。実際には、輸入禁止ではなく関税なので、米中の橋も閉鎖されているのではなく二つのレーンの一つが使用不可能となり渋滞するようになったと言った方がよいだろう。

 これに対して、大恐慌後の貿易戦争では、すべての橋が閉鎖され、世界経済に甚大な影響が生じた。図が示すように、大恐慌直後、各国の経済は甚大な影響を受けた。アメリカの場合には1929年の5%から15%のマイナスとなっており、20%の下振れ(日本は10%)である。これに対して、最新のIMFの試算では、米中の貿易戦争が激しくなっても、長期的には世界のGDPは0.2%下振れするだけである。米中とも0.5%下振れるのに対して、日本やEUへの影響は全くない。


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 さらに、現在では、部品の貿易によって世界のサプライチェーンはより柔軟なものとなっているので、中国とアメリカをつなぐ貿易ルートが関税で悪化した場合でも、フォードの例のように、部品を日本や東南アジアに集めて組み立て、アメリカまたは中国へ輸出することが可能である。追加関税を払ってもなお中国で生産・輸出する方がコスト的に安くすむのであれば、生産地の移動は起きないが、多くの企業で中国から東南アジアへ生産拠点を移そうという動きがみられる。ある意味、トランプは東南アジアの経済発展に貢献しているのかもしれない。

 もちろん、この例外も存在する。部品供給の供給停止というアメリカの制裁を受けた中国のZTEが音をあげたのは、アメリカ以外にその部品を供給する第三国がなかったからである。このように、他に供給国がなく、また短期的には生産地の移動が困難な場合、追加関税を払っても相手国から輸入するしかない。このときは、相手側を攻撃しようとして関税をかけた側の輸入国の消費者やその財を使用する企業が影響を受ける。

 より重要な例外は、国際間で生産要素の移動ができない場合である。農業は土地という生産要素と密接に結びついている。土地は部品のようには貿易できない。アメリカの農家が農地を日本に輸出して、中国に日本で生産した農産物を輸出することは不可能である。アメリカ最大の輸出農産物である大豆は、その6割が仕向けられる最大の輸出先である中国への輸出が困難となった。


米中貿易戦争の本質は逆自由貿易協定


 相互の関税を削減・撤廃したり投資を保護したりする自由貿易協定は、協定に参加しない国を差別する。TPPから脱退したアメリカが日本の農産物市場で豪州等よりも不利になることに気づいて、日米自由貿易協定締結を焦っているのは、その好例である。今回の貿易戦争は、自由貿易協定とは逆に、米中相互の関税を引き上げるものなので、関税がそのままで米中両国に輸出できる他の国が利益(漁夫の利)を受ける。アメリカは中国以外の全ての国と、中国はアメリカ以外の全ての国と、自由貿易協定を結んでいるに等しい。差別されるのは米中の産業で、雇用も失われる。アジア経済研究所も、米中がマイナス、日本も含めた東アジアがプラスの影響を受けると分析している。

 中国はアメリカ産大豆に関税をかけ、アメリカと並ぶ輸出国であるブラジルからの輸入を増大した。アメリカ国内の大豆価格は20%程度低下し、逆にブラジル産の価格は上昇した。

 自動車では日本が利益を得た。中国市場では、日米の自動車産業とも、輸出はわずかで現地生産がほとんどだった。それは中国の自動車関税が25%と高いため、現地生産する方が有利だったからである。

 中国はアメリカとの貿易戦争を回避しようとして、自動車の関税を25%から15%へ、自動車部品は10%から6%へ、引き下げた。その後、アメリカが対中関税を引き上げたので、アメリカからの自動車関税を25%引き上げた(アメリカ車への関税は40%となった)。

 アメリカ企業が中国へ完成車を輸出しようとすれば、トランプが導入した鉄鋼等への関税によるアメリカでのコストアップ分10%(仮定)に中国の関税40%がかかるので、実質54%(1.1×1.4=1.54)のコストアップとなる。15%の関税だけで済む日本車との差は39%も開く。

 このためアメリカの工場から中国に輸出していたBMWやダイムラー(ベンツ)などのドイツ系企業は、中国への輸出拠点をアメリカからタイなどに移そうとしている。逆に、日本からレクサスを輸出しているトヨタは、対中輸出を増やし、売上高が30兆円を超えた大きな要因となった。

 また、アメリカの合弁企業がアメリカから輸入する自動車部品にも25%の追加関税がかかる。日本の合弁企業は6%に引き下げられた部品関税を払うだけで良いので、アメリカの合弁企業に対する競争条件は好転する。トヨタも日産も中国で新工場を建設し、中国現地での生産能力を増加させる予定である。


中国を変えられる貿易戦争よりも効果的な方法は?


 アメリカで中国に対して厳しい見方をしているのはトランプだけではない。中国がアメリカの技術を盗んで覇権国家となろうとしているという主張には、党派を超えた支持がある。

 中国に関税引き上げという貿易戦争を仕掛けたのはトランプだが、これを契機として噴出したワシントンの反中国感情は、対中貿易赤字だけを問題視するトランプよりもはるかに根強いものがある。中国がアメリカ産農産物の買い付け拡大を提案すれば、トランプは貿易赤字が改善するとして矛を収めるかもしれない。

 しかし、彼以外の対中強硬派は、中国が産業補助金の削減、国有企業の改革など、構造的な問題まで解決すると約束しない限り、納得しない。他方で、これは中国共産党の体制的な問題とかかわるだけに、中国は譲歩できない。一部で交渉に進展があったとしても、関税の掛け合いでは問題は解決しない。

 力を以ては中国に対抗できない。経済的な面で中国の行為を規制しようとすれば、残された道は世界的なルールの確立しかない。

 知的財産権、技術移転要求、国有企業などアメリカが中国に対して懸念している問題の多くはTPP協定でカバーされている。タイ、インドネシア、韓国、台湾、イギリス、コロンビア等を加入させてTPPが拡大し、また、アメリカがTPPに復帰して来るなら、TPPは巨大な自由貿易圏を形成する。そうなると、ここから排除されたくない中国はTPPに参加せざるを得なくなる。その時、中国にTPPの高度な規律を課すことができる。努力すべきはTPP参加国の拡大である。

 中国がTPPに参加しない場合でも、1993年以降の世界貿易の変化を反映したTPP協定の規律をWTOに採用するよう働きかけることができる。TPPのルールを世界のルールにするのである。単なる先進国だけの提案ではなく、アジア太平洋地域の途上国も合意したTPPの協定をWTOに持ち込むことについては、中国も反対しにくいだろう。


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