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2019.07.24

米中貿易戦争の"漁夫の利"~米中貿易戦争で日本経済は悪くなるのか?~

論座 に掲載(2019年7月8日付)

  • 山下 一仁
  • 研究主幹
    山下 一仁
  • [研究分野]
    農業政策・貿易政策

米国の雇用を奪う許せない相手

 6月29日の米中首脳会談で、アメリカは中国に対して発動の用意をしていた追加関税を延期する代わりに、貿易協議を再開することで合意した。

 しかし、これで両国が貿易戦争を終わらせることは可能なのだろうか?

 アメリカには、対中貿易赤字縮小を優先するトランプの主張と、中国がアメリカの技術を盗んで覇権国家となることを防ぐべきだという対中強硬派の主張がある。対中強硬派は共和党だけではなく民主党にも超党派で存在する。

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 上の図は2000年以降のアメリカの対中、対日の貿易赤字の推移を示している。

 2000年の時点では対中、対日の貿易赤字はほぼ同じ水準である。しかし、それ以降対日貿易赤字がやや減少しているのに対し、対中貿易赤字は5倍に増えている。

 昨年トランプは中国に対して関税を引き上げたが、中国の対米輸出はかえって増え、アメリカの対中輸出は大幅に減少した結果、対中貿易赤字はむしろ増加した。貿易の黒字は良くて赤字は悪いという考えに囚われているトランプにとって、中国は貿易によってアメリカの雇用を奪っている許せない相手である。


トランプが矛を収めたとしても

 アメリカの貿易赤字は、生産している以上に消費しているというアメリカ自身のマクロ経済的な事情から発生しているので、この事情自体を変更しない限り、それはなくならない。ただし、中国がアメリカ産農産物の買い付け拡大を提案すれば、トランプは対中貿易赤字が改善するとして矛を収めるかもしれない。

 しかし、彼以外の対中強硬派は、知的財産権の保護、アメリカ企業への強制技術移転要求の禁止、産業補助金の削減、国有企業の改革など、構造的な問題や安全保障上の観点を重視する。

 これは中国共産党の体制的な問題とかかわるだけに、中国は簡単に譲歩できない。

 アメリカと交渉していた劉鶴副首相はこれらについて法改正を約束したが、中国共産党保守派から猛烈な反発を受けて約束を撤回したため、アメリカは激怒し、2019年5月の米中閣僚協議は決裂したと言われている。越えがたい谷が間に横たわっていて、双方が納得する問題の解決は困難である。

 事実、米中首脳会談終了後トランプがファーウェイに対する禁輸を緩和すると発表したことに対して、ファーウェイを安全保障上のリスクと見るアメリカの連邦議会では、超党派で強い反発が生じた。このため、クドロー国家経済会議委員長は、ファーウェイを禁輸リストに残し続けるとし、幅広く入手可能な汎用品に限り輸出ができるようにすると釈明することになった。

 習近平に要求されて深く考えもしないで安易に回答したトランプに、議会から巻き返しが行われた形となった。対中強硬派はトランプが簡単に妥協することを許さない。


米中貿易戦争で日本経済は減速するのか

 これによって貿易戦争が長期化するようだと、世界経済へどのような影響が起きるのだろうか?

 日本でのほとんどの論調は、世界のGDPの一位と二位の米中による貿易戦争は世界経済に大きな影響を与えるものであり、速やかに止めるよう働きかけるべきだというものである。

 しかし、果たしてそうだろうか?

 昨年以降米中貿易戦争が続いているが、中国に部品を輸出していた一部の企業で売り上げが低下したという話はあるが、日本経済が大幅に減速しているという実感はないはずである。

 米中貿易戦争が生じた昨年夏、私はこの本質は"逆自由貿易協定"なので、日本を含め米中以外の国が"漁夫の利"を得ると指摘した。この影響もあったのか、今では、この問題について"漁夫の利"という表現は、否定する人、肯定する人も含め、様々な人に使われるようになった。

 私自身は昨年夏以降、米中貿易戦争について書くことはなかったが、この"漁夫の利"効果について計量的な分析結果も出されるようになったので、これらを紹介しながら、再度米中貿易戦争の影響についてまとめてみたい。


大恐慌後の貿易戦争ほどの影響はない

 米中貿易戦争を、主要国が関税引上げ競争を行い、世界中が深刻なマイナス成長に陥った大恐慌後の状況に譬える人も多いが、誤りである。

 まず、当時とは貿易の形態が異なる。輸入国が関税を上げると、輸出国の企業は関税を十分消費者に転嫁できなかった分と価格上昇による販売量減少分の不利益を得る。ところが、一国が部品から最終製品までを作っていた時代と異なり、今では部品が貿易され、ある国で最終製品に組み立てられて、貿易されるという形態に変化している。いまや世界貿易の6~7割は「部品の貿易」だと言われている。

 例えば、中国は日本、台湾、タイなどから部品を輸入し最終製品を作って、アメリカに輸出している。このとき製品価格が1万ドルだとしても、輸入された部品の価格が9000ドルなら、中国は付加価値分1000ドルしか打撃を受けない。

 さらに、貿易戦争の形が異なる。大恐慌後の貿易戦争の場合は、多くの国が全ての国からの輸入に対して高い関税をかけた。しかし、今回は、アメリカは中国に対してだけ、中国はアメリカに対してだけ、関税をかけているだけである。

 現在では、部品の貿易によって世界のサプライチェーンはより柔軟なものとなっているので、中国とアメリカをつなぐ貿易ルートが関税で悪化した場合でも、米中貿易戦争の影響を受けない東南アジアに部品を集めて組み立て、アメリカや中国へ輸出することが可能である。

 こうした組み立て拠点の変更は、現在起こりつつある。先の例で、部品を中国に輸出していた国の企業も短期的には影響が生じるかもしれないが、組み立て拠点が中国から東南アジアに移動すれば、輸出先が東南アジアに変るだけで影響はない。ある意味、トランプは東南アジアの経済発展に貢献している。

 逆に、関税をかけている米中の消費者も関税がかからない別のルートから供給を受けられる。もちろん、他に供給国がなく、生産地の移動が困難な場合、追加関税を払っても相手国から輸入するしかない。このときは、関税をかけた輸入国の消費者やその財を使用する企業が影響を大きく受ける。

 以上のことを考慮すると、貿易戦争の当事国である米中の企業や消費者が第一次的な被害を受けることは事実であるが、これらも柔軟なサプライチェーンが未成立だったころのような影響を受けることはない。

 しかも、輸出のGDPに占める比率は大きく低下している。中国18.9%、日本14.4%、アメリカ7.9%(2017年)である。貿易が多少おかしくなっても、経済全体への影響は大きなものとはならない。

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 上図が示すように、大恐慌直後、アメリカのGDPの伸び率は1929年の+5%から1932年は-15.1%の20.1%の下振れ、日本は29年は+1.7%から30年は-8.7%で10.4%の下振れである。これに対して、IMFの試算(2018年10月)では、今回の米中貿易戦争によって、長期的に世界のGDPは0.2%下振れするだけである。しかも、米中とも0.5%程度下振れるのに対し、日本やEUへの影響は全くない(日本やEUには短期的にはプラスの効果)。


日本は"漁夫の利"

 相互の関税を削減・撤廃したり投資を保護したりする自由貿易協定は、協定に参加しない国を差別する。今回の貿易戦争は、自由貿易協定とは逆に、米中相互の関税だけを引き上げるものなので、関税がそのままで米中両国に輸出できる他の国が、相対的に低くなった関税による利益を受ける。いわば米中間の逆自由貿易協定である。

 別の見方をすると、アメリカは中国以外の全ての国と、中国はアメリカ以外の全ての国と、自由貿易協定を結んでいるに等しい。アメリカは中国を、中国はアメリカを差別する。差別されるのは米中の産業にほかならない。両国の雇用も失われる。

 米中以外が受ける"漁夫の利"を大豆と自動車で紹介しよう。

 中国がアメリカ産大豆に関税をかけたため、アメリカ農家は大きな被害を受ける一方、ブラジルは輸出を大幅に増やした。

 アメリカの自動車産業はトランプが導入した鉄鋼やアルミへの関税による生産コストアップに中国の高い関税がかかるという二重の不利益を受けた。このため、アメリカの工場から中国に輸出していたBMWやダイムラーなどは、中国への輸出拠点をタイなどに移そうとしている。これに対して、関税が低下した日本企業は対中輸出増加という利益を受けた。

 2019年5月のジェトロ・アジア経済研究所による計量的な分析(アジ研ポリシー・ブリーフNo126)を紹介しよう。

 2019年から3年間、米中の関税が全品目について2018年以前の水準に対して25%引き上げられる「ワーストケース」の場合、各国・地域への影響は、アメリカ-0.4%(GDP比)、中国-0.5%、東アジア(中国を除く)+0.1%、東アジアのうち、日本、タイ、ベトナム各+0.2%、韓国+0.3%、台湾+0.4%、マレーシア+0.5%となった。産業別にみると、米中両国の電子・電機産業に大幅なマイナスの影響が出る(アメリカ-12.4%、中国-7.5%)一方、東アジアの電子・電機産業には+2.8%の影響が出る。

 このポリシー・ブリーフは、米中貿易戦争とは異なり、アメリカ対世界が10%の関税を打ち合うというアメリカ対世界の貿易戦争の分析も紹介しているが、このケースでは大恐慌後の状況と同様、すべての国のGDPがマイナスとなる。

 戦争は良くないことだが、被害を受けるのは戦争している当事国の国民である。日本が被害を受けることは少ないと考えた方が良い。


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