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2019.06.24

農産物の輸出が伸びない本当の理由~輸出競争力を阻むのは農業界の既得権益だ~

論座 に掲載(2019年6月10日付)

  • 山下 一仁
  • 研究主幹
    山下 一仁
  • [研究分野]
    農業政策・貿易政策
新たな政府の農産物輸出拡大策

 政府は6月4日、農林水産物の新たな輸出拡大策をまとめた。農林水産省と厚生労働省にまたがっていた海外交渉や輸出手続き審査の権限等を農林水産省に一元化する。特に、衛生・防疫管理を理由とする外国の輸入規制に対応するための国内審査などの窓口一本化やこれらの規制の解除や緩和のための国際交渉を重視しているという。

 前回の参議院選で苦戦した地方区で、農業票にアピールする狙いがあると言われている。日米貿易交渉で交渉妥結を参議院選挙に先送りした結果、逆に農業界からは、参議院選後に政府は農産物関税でアメリカのトランプ政権に譲歩するのではないかという懸念が出ている。このような懸念に対して、安倍政権は農業や農家に十分な目配りをしていることを示したいのだろう。

 その動機は別にして、人口が減少していく中で、地方が活力を維持していくためには、農産物をはじめとする産品の輸出を振興していくことには意義がある。また、農産物の貿易には、ガット・WTO体制が曲がりなりにも機能し、各国とも関税などの伝統的な貿易制限措置が採れなくなっている中で、動植物の検疫措置や食品の安全を理由とする規制が、貿易を制限する非関税措置として使用されるようになってきている。各国の非関税措置を緩和または解消するための交渉が重要であることは否定しない。


なぜ輸出が増えないのか?

 しかし、それだけでは輸出は増えない。

 例えば、米についてこのような非関税措置がない東南アジアの諸国に米は輸出されている。しかし、米輸出が増えない理由を商社関係者などに聞くと、簡単明瞭だ。日本の米は品質は良いのだが、価格が高すぎるというのだ。

 つまり価格競争力がないというのである。農林水産省の立てる輸出戦略はいつも価格を無視してしまう。農林水産省は、外国から農産物が輸入されるときは国産の価格が高く価格競争力がないので関税が必要だと主張するのに、日本の農産物を輸出するときは品質が良ければ売れるはずだと言い、価格競争力を無視する。

 品質が良くて消費者は輸入品の2倍も3倍もの値段で国産農産物を買うのであれば、輸入関税は要らない。輸入も輸出も同じ貿易の側面である。国内である製品の価格が国際価格よりも高いと輸入が行われ、安いと輸出される。輸入も輸出も、基本的には価格で動く。

 農林水産省の対応は、一見精神が分裂しているように思える。しかし、農林水産省をはじめとする農業界にとって、輸出が増えることに越したことはないが、現在でもわずかな輸出が農業を救済するほど増えるとは期待していない。

 増えて困るのは輸入である。アメリカやオーストラリアなどからの輸入が増えると、日本農業は存亡の危機を迎えると彼らは考えている。だから輸入については国産農産物に価格競争力がないこと、つまり価格が重要であると主張するのである。


輸出競争力を阻む農業界の既得権益

 農林水産省は国産農産物の価格が高いことは十二分に認識している。だから輸入の際には関税が必要だというのである。もし、本格的に輸出をしようとすると国内の価格を下げなければならない。しかし、それは農業界の既得権益の根幹を脅かしてしまう。高米価政策である。

 米価を高めることで、多数の零細な兼業農家や高齢農家を温存できた。彼らは農業所得の4倍にも上る兼業所得(工場、学校、病院勤務などのサラリーマン所得)や年金収入をJA農協の口座に預けた。いまやJAバンクの預金額は百兆円を超え、日本第二のメガバンクに発展した。

 高米価こそJA農協の発展の基礎、土台である。国内の価格、特に米価を下げれば、農業界の中心にあるJA農協の存立を危うくしてしまう。

 だから、農業村の一員である農林水産省はもとより、その末端につながる大学農学部などの研究者たちも、輸出を増やすためには価格を下げて競争力を高めるべきだなど、口が裂けても言えない。


米の生産性向上を抑制してきた減反政策

 農業の維持・発展のために、それでいいのだろうか?

 食管制度が廃止され、高い価格で米を政府が買い入れる制度がなくなってから、米価は減反政策で維持されている。減反政策とは、米の供給量(生産量)を減らすことによって、米価を維持しようとする仕組みである。需要量が減少していく中で、米価を維持しようとすると、生産量も減少するしかない。『世界でいちばん持続可能な水田農業を潰す日本農政』で指摘したように、日本の農政・農業界は、懸命になって米の生産を減らしてきた。

 生産を減らすためには、米の生産性の向上、具体的には単位面積当たりの収量(「単収」という)の増加は好ましくない。単収の増加に有効な対策は、品種改良だが、減反が開始されてから、国や都道府県の試験場の研究者は、単収を増加させる品種改良を厳に禁じられてきた。この悔しい思いを語る研究者は少なくない。

 今では、日本の米単収はカリフォルニア米より4割も低い。情けないことに、50年前は日本の半分に過ぎなかった中国にも追いつき追い越されてしまった。

 日本でも、ある民間企業がカリフォルニア米を上回る収量の品種を開発し、一部の主業農家はこれを栽培している。しかし、多数の兼業農家に苗を供給する農協は、生産が増えて米価が低下することを恐れ、この品種を採用しようとはしない。減反廃止でカリフォルニア並みの単収の品種を採用すれば、コストは3割削減できる。


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減反廃止による輸出拡大

 農業界には、国内の市場しか見えないのである。

 しかし、減反を廃止して米価を下げ、日本米の価格競争力を向上させれば、輸出によって世界の市場を開拓できるようになる。米の生産を減らす必要がないばかりか、輸出は一種の価格支持機能を持つようになる。

 『日本の米輸出はWTO違反だ』で述べたことを、さらに詳しく説明しよう。

 2014年度国産米価はカリフォルニア米を下回った。主食用の無税の輸入枠10万トンは1万2000トンしか輸入されなかった。日本の商社は日本米をカリフォルニアに輸出した。米の関税は撤廃しても競争できると主張する生産者も出てきた。

 その国産米価は、供給量を減少するという減反政策で維持されている価格である。残念ながら、その後の安倍政権の減反強化政策で国内米価は上昇し、内外価格差は逆に拡大してしまったが、減反を廃止すれば、価格はさらに下がる。抑えられてきた単収も上がる。主業農家と副業・兼業農家を同一に扱うべきではない。主業農家に限って直接支払いをすれば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集積する。規模が拡大するだけでなく、あちこちに農地が分散しているという状態も解消し、まとまりのある連続した農地で効率的な農業生産が可能となる。品質について国際的にも高い評価を受けている日本の米が、減反廃止と直接支払いによる生産性向上で価格競争力を持つようになると、世界市場を開拓できる。


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 2018年のカリフォルニア米の価格1万1464円(日本の輸入価格)からすれば、品質面で優位な日本米は1万3000円程度で輸出できる。生産調整(減反)を止めれば、米価は一時7千円程度に低下するが、商社が7千円で買い付けて1万3000円で売ると必ず儲るので、国内市場から米の供給が減少し、国内米価もすぐに1万3000円に上昇する。経済学で言う価格裁定行為である。

 つまり、国内市場だけ考えると、米価は大きく低下するように思えるが、輸出は米価低下の下支え効果を持つ。現実にも、米が主要な輸出品目だった明治初期には、国内米価は国際価格よりも低下しなかった。

 減反廃止直後の価格から米価は上昇するので、翌年の米生産は大きく増加する。さらに、減反廃止でこれまで抑制されてきた収量の高い米が作付けされるようになると、米生産は1500万トン以上、輸出は量で750万トン、金額では1.5兆円となる。米だけで1兆円の政府目標は十分以上に達成できる。

 アメリカやEUと同様、価格低下で影響を受ける主業農家に、現行1万4000円と1万3000円との差1000円を補塡(対象数量は現在の生産量の4割300万トン)すれば、所要額500億円。現在減反に納税者(財政)が負担している4000億円を大幅に縮減できる。しかも、零細農家が米価低下で米産業から退出すれば、主業農家の規模が拡大してコストが下がり,収益が増加するので、この補塡は一時的なものに過ぎず、いずれ廃止できる。


西原亀三による農村振興への挑戦

 戦前画期的な農業・農村改革が、京都府で最も貧しい村と言われた与謝郡雲原村(現福知山市)で実践された。リーダーは政界の黒幕として活躍し、中国を援助するための対中借款、いわゆる西原借款を推進した人物として有名な西原亀三(1873-1959)である。西原は1935年、雲原村長に就任しているが、彼が画策した宇垣一成元陸相の総理擁立が陸軍省の反対により潰された後、1938年から本格的に村政に関わるようになった。

 混乱している東アジア地域の経済を救済し、その発展を目指していた西原は、国際経済を視野に入れながら農村振興が行われるべきだと主張する。消費者の負担を少なくし、かつ産業が国際競争力を有するよう、価格を下げていくべきだと言い、それを実践したのである。

 「吾々が国際経済の環境に棲息して、その生活の安定―幸福の増進を期待するなれば、何としても優良品廉価主義にならなくてはならぬ、そして優良品廉価を必然とする社会組織を構成せなければならぬのであります」

 "良いものを安く"供給すること、これこそトヨタやキヤノンだけでなくユニクロなど現在の日本の輸出産業が目指しているところである。

 しかし、残念ながら、今日でも農業界は、輸出については価格競争力の重要性を認識しない。人口が減少し、地域の産品に対する需要が減少していく中では、農業に限らず、地域経済の再生・活性化には、グローバルの視点が欠かせない。そして、国際市場で競争していくためには、西原の主張する"優良品廉価主義"が欠かせない。

 貧しかった雲原村は、活気のある村となった。戦前は、近衛文麿、小磯国昭らが同村を訪問してその成果をたたえ、戦後はGHQにも日本農村のモデルだと評価された。


真の食料安全保障のために

 平時には米を輸出し、小麦や牛肉を輸入する。食料危機によって輸入が途絶えたときには、輸出していた米を食べて、飢えをしのぐとともに、米輸出によって維持した農地資源を、カロリーの高いイモなどの生産に最大限活用しながら、国民生活に必要な量を確保するのである。

 平時の米輸出は、危機時のための米備蓄と農業資源の確保の役割を果たす。しかも、倉庫料や金利などの金銭的な負担を必要としない備蓄である。これまで行ってきた国内備蓄の財政負担を解消できる。

 これがどの国でも行っている食料安全保障である。平時の自由貿易が、危機時の食料安全保障の確保につながるのである。

 本格的に輸出をしようとすれば、農政の根本的な改革が必要となるのである。しかし、"減反廃止"というフェイクニュースを流し、減反強化を隠した安倍政権に、その覚悟があるとは思えない。


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