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2019.06.10

異端の理論「MMT」はどこまで信用できるのか

中央公論 2019年6月号(2019年5月10日)に掲載

 米国で金融財政政策について大きな論争が起きている。民主党の若手女性政治家アレクサンドリア・オカシオ-コルテス下院議員が、MMTの考え方に基づいて積極財政を主張したことで一気に論争に火が付いた。

 MMTとは、「モダン・マネタリー・セオリー(現代貨幣理論)」の略で、自国通貨で政府が借金をして国債の発行を増やしても、中央銀行が紙幣を刷って国債を買い続ければ、国民負担なく財政出動できると主張する理論だ。ひとことで言えば、政府の借金がどれだけ増えても問題ない、という議論である。

 MMTは、もともと1990年代に一部の異端的な経済学者が主張していた。主唱者の一人、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授が、大統領選出馬を表明したバーニー・サンダース上院議員の政策顧問を務めていたことや、オカシオ-コルテス氏がその理論を引用したことで、格差是正や積極財政を求める左派の理論的支柱として、にわかに注目を集めている。

 容易に想像がつくように、主流派経済学者はMMTに猛反発し、政府が債務を履行しなければハイパーインフレになって経済が破綻すると諭したり、罵ったり、大騒ぎである。興味深いのは、ポール・クルーグマン(ニューヨーク市立大学教授)やローレンス・サマーズ(元米国財務長官、元ハーバード大学総長)などがMMTに激しい拒否反応を示していることだ。彼らも、総需要が弱い時は積極財政政策で景気を刺激すべきだ、という点ではMMTと同じような主張をしていたはずだが......、理論モデルもないMMTのようないい加減な議論と一緒にされたくないということらしい。

 しかし、経済政策をめぐって、このような奇説が折々出る背景には、経済学の脇の甘さにも問題がある。特に金融政策や財政政策については、明確な標準理論が確立しておらず、いろいろな見方が並立している。

 たとえば、金融政策をめぐっては、ミルトン・フリードマン(シカゴ大学教授)が唱えた「フリードマン・ルール」が理想的な市場環境では最適な金融政策になる。フリードマン・ルールとは、名目金利をゼロにする政策である。金利は、現金を持つことのコストなので、金利ゼロにすれば、現金保有コストもゼロになって効率的だ、という理論である。ゼロ金利は、まさに日本の金融政策が過去20年の間やってきたことだ。しかし、中央銀行や多くの経済学者は、正常な金融政策とはデフレが終わって利子率がプラスになることだと思っている。ゼロ金利が続く方が正常だとは誰も思っていない。

 一方、フリードマン・ルール(ゼロ金利政策)が理論上は、一定の条件下で最適な政策になることは明らかだ。しかし、現実の金融政策でそれを採用すべきだとは誰も言わない。このルールが、現実とかけ離れた理論だからだ。では、なぜこの理論と現実が違うのか、という点についても、膨大な研究はあるが、納得のいく決着はついていない。経済理論と金融政策の現場に、まだ大きなギャップがあり、そこにMMTが入り込む余地がある。

 ケルトン教授によると、日本の金融財政政策は、MMTを実践している「お手本」だという(『日本経済新聞』4月13日付朝刊)。日本では、政府が債務を国内総生産(GDP)の240%まで積み上げても、日本銀行が国債を買い続け、低金利を維持している。MMTが言うように政府の借金は永久に返さなくても大丈夫なのか。むしろ、財政破綻はあり得ないというMMTは、震災前の私たちのように「今日と同じ明日が来る」という根拠のない確信をいっているだけなのではないだろうか。


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