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2019.04.25

ブロックチェーンとトレイサビリティ~食の安全を守るため新技術の活用に期待が集まるが...~

WEBRONZA に掲載(2019年4月11日付)

  • 山下 一仁
  • 研究主幹
    山下 一仁
  • [研究分野]
    農業政策・貿易政策

 最近、欧米の農業・食品関係のシンポジウムに行くと、AIやロボットの応用、ゲノム編集などと並んで、"ブロックチェーンとトレイサビリティ"というテーマが取り上げられるようになってきた。ブロックチェーン技術を農産物や食品のトレイサビリティ(記録保持システム)に応用することによって、農家の付加価値の向上や食の安全性の向上に資することができるのではないかというものである。

 特に、この1年ほどの間に、ほとんどのシンポジウムでこのテーマが取り上げられるようになってきており、今年2月には、アメリカ農務省のフォーラムでもこのテーマが議論されている。

 実は、私も2年前の2017年6月、ブロックチェーン技術の農業や食品の分野への応用可能性について経済産業研究所(RIETI)から論文を発表したことがある("IT・AI 技術と新しい農業経営学")。何かの文献や情報に基づき発表したというものではなく、私個人の思いつきに過ぎないものだった。

 しかし、これだけ仮想通貨にブロックチェーン技術が実際に適用されるようになると、世界中の関係者が農業や食品の分野にも応用できるのではないかと気づくのも、必然の流れだったように思われる。

 一方で、これだけ注目されるようになると、私自身が実際に応用する場合の問題点に気づくようになった。

 本稿では、このテーマについて説明するとともに、現時点での問題点について触れることとしたい。このテーマについては多くの専門家と称する人たちが盛んに議論しているが、夢を語っているだけで、地に足がついた議論が少ないように思う。


ブロックチェーンとは?

 ブロックチェーンとは日本語では「分散型台帳技術」である。「ブロック」(取引記録のまとまり)と呼ばれるデータの単位を生成し、「チェーン」(鎖)のように連結していくことによりデータを保管するデータベースのことである。取引に参加する人は誰でも参加でき、その人の前の段階の取引と後の段階の取引の記録やデータが鎖のように、つながっていく。

 食品の流通はフードチェーンと言われるように、農家、加工業者、卸売業者、小売業者などの関係者が鎖のようにつながって、最終的には消費者に提供される。私は、フードチェーンという言葉から、ブロックチェーン技術の応用可能性を思いついたが、おそらく他の人達も同じような発想をしたのだろう。

 ブロックチェーンには、データを改ざんしにくく安全性が高い、というメリットがある。複数のブロックが繋がっているので、どこかで改ざんが行われた場合、データが前後で不整合となるので、すぐに不正を見つけることができる。

 いったん記入したデータは、ブロックチェーンに参加する人すべてが修正しないかぎり、修正できない。また、パブリックブロックチェーンであれば、外部からもリアルタイムで監視ができる。このような仕組みのためにデータの改ざんはほとんど不可能と言われている。

 食品の流通については、汚染米として政府から糊用にただ同然で売却されたものを食用として高値で売却したり、賞味期限切れの食品を回収して表示を書き直して流通させたりするなどの、不正がたびたび発覚してきた。

 私は、ブロックチェーンをフードチェーンに応用すれば、食品流通の不正も防止できるのではないかと考えた。


トレイサビリティとは?

 トレイサビリティとは、「農畜産物の生産者や生産過程の情報、食品の加工・流通に関する情報を記録・管理することによって、食品の履歴や所在についての情報を、川上、川下の双方から追跡可能とするシステム」である。

 トレイサビリティがなされていれば、安全性などの問題が発生したときに原因を速やかに特定できるし、問題の商品だけを迅速に回収でき、他の商品は安全なルートで供給することが可能となる。

 具体的な例で示すと、加工場段階でヨーグルトに雑菌が混じってしまったために、食中毒事件が起きたとしよう。このヨーグルトを販売した小売店がどの牛乳乳製品メーカーから購入し、それがどの加工場で製造されたかを、トレイサビリティで川上に向かって追跡することができる。この問題が、その工場で特定の日に温度管理に失敗したために起きたとわかれば、その日その工場で製造された全てのヨーグルトを他の小売店への販売分も含め回収することができる。

 品質に関する問題についても、内容属性(食品添加物がどれだけ含まれているか)や生産・プロセス属性(有機農産物かどうかはモノだけでは判定できない)について、消費者が購入時に商品の属性を確認できないような場合においては、トレイサビリティによって属性が明らかとなるような仕組みを設定することが可能となる。

 トレイサビリティは問題が生じた場合に原因をさかのぼって何が問題を起こしたのかを特定することに主たる目的があるので、生産・加工・流通の各段階において記録が保持されなくてはならない。これには大きなコストがかかる。

 このようなコストは生産と消費の距離が長くなればなるほど、また介在する事業者が多ければ多いほど、高くなる。表示のためにトレイサビリティを導入する場合には、取引の各段階や加工、包装、保管、出荷において識別や記録保持が必要となる。しかも、流通の各段階で正しい記録が行われたかどうかを突合するためには、膨大な手間とコストがかかる。

 このため、生産者や輸出国はコストが増加することを理由にこのような規制の導入に反対するのが現状である。

 しかし、ブロックチェーン技術を応用すれば紙ではなくコンピューター上で簡単にデータ管理を行うことができ、またブロックチェーンは記録の記入について不正がほとんど起こらないようなシステムなので、このような問題は大幅に軽減できる。

 この点も、私がブロックチェーンに注目した理由である。


農産物や食品の付加価値向上には一定の成果

 このようにトレイサビリティは本来食の安全性を向上させようとする試みである。

 しかし、世界中の農業や食品業界の人達が関心を持っているのは、消費者は誰が作った食品かを知りたいという欲求を持っているので、トレイサビリティを活用することによって、その農産物や食品の付加価値を向上させようという動機からである。

 特に、有機農産物の生産者にとっては、有機かそうでないかは農産物自体では判定できず、トレイサビリティによるしか手段がないので、トレイサビリティに対する期待が高い。また、全米有数の小売業者であるウォールマートがIBMや大学等の研究機関と共同して、ブロックチェーン技術をトレイサビリティに活用しようとしているのは、主としてこの目的からだろう。

 ウォールマートがブロックチェーンを適用しようとしているのは、レタスやホウレンソウのような葉物野菜についてのトレイサビリティである。

 日本でも、ブロックチェーンの応用ではないが、冷凍野菜の加工企業が、傘下の農家から自己の加工場を経てスーパーまでのフードチェーンについて、バーコードによってトレイサビリティを明らかにしようとしている取り組みがある。

 今年2月のアメリカ農務省のフォーラムで発表した牛肉農家は、自分で生産した牛肉を台湾に輸出・販売する際にトレイサビリティを使っていると主張していた。


食品トレイサビリティに立ちはだかる「加工」

 このように流通形態が単純で小規模のものについては、トレイサビリティは難しいものではない(日本で、ブロックチェーンをトレイサビリティに応用しているという例も、このレベルのものである)。しかし、それを超えて大規模に展開しようとすると、大きな問題を克服する必要がある。このため、現段階では、トレイサビリティは食の安全性の向上という本来の目的を達成できない。

 これはブロックチェーンの問題ではなく、トレイサビリティに内在する問題である。これを説明しよう。

 小麦は、そのままでは消費できない。まず穀物商社などによって農家から大きなサイロに集められ、それを日清製粉などの製粉メーカーが小麦粉にし、それを日清食品などの加工業者が、パン、スパゲッティ、ラーメン、うどんなどの最終商品に作りあげて、スーパー等の小売業者に販売して、消費者に届けられる(下図参照)。


190411yamashita_fig1.png

 

 ここでスパゲッティを食べた消費者が中毒を起こしたとしよう。このスパゲッティを製造した業者は原料である小麦粉をAからCの製粉メーカーから購入している。これらの小麦粉がスパゲッティ製造業者の倉庫で混在してしまうと、どの製粉メーカーが作ったどの小麦粉に毒が生じていたかを判定できない。

 さらに、スパゲッティ製造業者の倉庫で製粉メーカーごとに分別して保管していたために、製粉メーカーを特定できたとしても、当該製粉メーカーがAからCのどのサイロから購入した小麦によって問題が発生したのかを、特定できない。また、それができたとしても、サイロでは多数の生産者が作った小麦が混在しているため、どの生産者の小麦が問題だったのかも判定できない。小麦の粒にAとかFとかの生産者の名前がついているわけではないからである。

 つまり、特定の小麦の粒が問題を引き起こしたとしても、消費者からその小麦を生産した農家にトレース・バックすることは、不可能になるのである。つまり、取引の各段階でトレイサビリティが分断されてしまうことになる。これは、大規模に流通され、他の生産者の生産物と混在するとともに、加工が介在することにより、その生産物の形も変化してしまうからである。

 実は、このような問題は、ほとんどの農産物や食品で起こる。我々は、豚をそのまま食べているわけではない。ハムやソーセージが製造されるときに、多数の生産者の豚肉が加工場で同時に使用されてしまえば、加工場から川上の生産者に対するトレイサビリティは不可能となるのである。多数の酪農家が出荷した生乳がタンクのなかで一緒になれば、生産者の特定は不可能である。

 アメリカ農務省のフォーラムでは、自信たっぷりに発表した牛肉農家に対して、アメリカ農務省の職員が「牛肉のようなものは可能かもしれないが、バルクで大量に流通する穀物のような農産物には、応用できないのではないか」と質問していた。牛肉農家は穀物でも同じだと答えていたが、農務省の職員の方がはるかにトレイサビリティの問題点についての理解は高かったようだ。

 ブロックチェーンが適用されたマネーには個性がない。私が持っている1万円もあなたが持っている1万円も価値は同じである。

 しかし、特定の食品が汚染されているとすれば、私とあなたが食べているおにぎりは同じではない。トレイサビリティは、食品はすべて同じではないことを前提にしている。これがビットコインとの違いである。


ブレークスルーの可能性はある

 実は、"ブロックチェーンとトレイサビリティ"についての専門家と称している人たちは、夢や可能性を語っているだけで、実際にこのテーマについて実験したりしている人はほとんどいない。実際に適用しようとしているのは、世界でも一社の大手のIT企業だけだろう。

 私は、ロンドンとサンフランシスコで開催された二つの別のシンポジウムでこの会社の異なる担当者に、上記の問題をどのように解決するのか、個別に聞いてみた。かれらは、問題の所在を率直に認めた。ある担当者は、これを解決するためには、DNA鑑定など別の技術が必要となるかもしれないと述べていた。しかし、DNA鑑定などが必要だとすれば、トレイサビリティに大きなコストが必要となってしまう。

 また、ブロックチェーン自体にも問題がないわけではない。現在ブロックチェーンは民間の企業が個別に運用している。ある段階の業者が、先の段階の業者が属するブロックチェーンとは別のブロックチェーンに属する業者にも食品を販売した場合には、ブロックが連続しない(チェーンにならない)ことになってしまう。この問題を解決するためには、様々なブロックチェーンが統合・接続されて運用される仕組みを構築するか、公的な機関が全ての関係者が参加するブロックチェーンを運営するしか道はない。

 ブロックチェーンのトレイサビリティへの適用可能性を言い出した私が、このテーマが盛り上がった段階で冷水を浴びせるようなことになってしまったようだ。

 しかし、この技術が食品の安全性を大幅に改善するブレークスルー的なものになる可能性はある。そのためにも、真剣な検討が望まれる。欧米では、議論(だけかもしれないが)が盛り上がっているのに、日本でこれに真剣に取り組もうとする研究者や行政機関が少ないように思われるのは、残念である。



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