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2019.03.11

民主主義を補正するフューチャー・デザイン

中央公論 2019年3月号(2019年2月10日)に掲載

 今年は10月に消費税の増税が控え、日本の財政にとって節目の年となる。日本の公的債務は国内総生産の約240%もあるが、この比率は終戦直後の債務比率を超えている。平時の債務の積み上がりによって敗戦時と同じ債務比率になるというのは尋常ではない。このような状態になるまで、なぜ対処できなかったのだろうか。

 財政再建を、「世代間の投資問題」と考えると分かりやすい。世代間の投資問題とは、現在世代が投資のコストを払う必要があるが、現在世代はリターンを得られず、将来世代がリターンを得る、という構造を持つ問題である。財政再建においては、現在世代が増税や歳出削減に伴う痛みというコストを支払うと、将来世代が安定した経済環境というリターンを得ることになる。地球温暖化も同じ構造を持つ。現在世代が温室効果ガスの削減というコストを支払うと、将来世代が安定した気候というリターンを得る。

 このような構造の問題では、現在世代は投資をしても得るものは何もないし、投資をしなくても罰せられることはない(罰するとしたら将来世代だが、将来世代はまだ生まれていない)。したがって、現在世代には世代間の投資を実行する意欲が持てない。利己的な人間からなる現代社会では、民主主義であれ、何であれ、どのような政治体制であっても、世代間投資を実行することは難しいのである。

 近代以前の伝統社会でも、森林資源の保存のような、世代間の投資問題は存在した。昔は、伝統文化や宗教的な道徳の規範によって、人々の利己主義は抑えられ、次世代のための投資が実行された。

 しかし、伝統文化や宗教の掟が社会のルールでなくなった現代においては、世代間投資を実行させる力は社会のどこにもない。これまでは世代間の投資問題は、自然や文化の関係性の中に隠れていたので、我々の政治的な意思決定の問題としては重要ではなかった。そのため世代間の投資問題を解決できないという、民主主義の欠陥も重視されてこなかった。しかし、20世紀の後半以降、財政の持続性や地球温暖化のような問題が浮上し、この民主主義の欠陥を無視できなくなってきた。

 世代間投資を実行して社会の持続性を高めるために、民主主義を「補正」しなければならない。そこで提唱されているのが「フューチャー・デザイン」である。

 フューチャー・デザインとは、高知工科大学の西條辰義教授や大阪大学の原圭史郎准教授らの研究グループが提唱する、政策決定メカニズムである。「将来世代の代弁者」の役割を与えられた人間または組織(仮想将来世代と呼ぶ)は、世代間投資に積極的になる、と主張する。

 原准教授らによる岩手県矢巾町での実験では、水道事業について住民が議論した。通常の住民グループは水道料金の値下げを主張したのに対し、仮想将来世代グループは将来の設備更新の投資に備えるため、水道料金の値上げを主張した。結果的に、矢巾町は水道料金値上げを実施し、水道事業の持続性を改善できた。

 フューチャー・デザインは、今は自治体レベルの実験が中心だが、いずれは、政府レベルで仮想将来世代を恒常的な政府組織として創設し、将来世代のための世代間投資を行うことを構想している。

 中央銀行という専門家集団が議会や政府から独立して金融政策を決定する近代の制度は、民主主義を補正して金融市場を安定化させた。同じように、仮想将来世代の創設は、地球温暖化などの21世紀の世代間問題を改善するための重要な制度的発明となるかもしれない。


小林 慶一郎 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

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