本文へスキップ

2019.02.18

トランプ時代に求められる「時間の経済学」

中央公論 2019年1月号(2018年12月10日)に掲載

 この二年間、トランプ大統領の顔をテレビやネットのニュースで見ない日はない。思い返すと、彼が大統領になるまで、アメリカ大統領がほぼ毎日トップニュースになるような状況は日本では考えられなかった。今日がいかに異様な時代かがわかる。

 自由で開かれた市場経済の原則や、人々の多様性に対する寛容さという従来のアメリカの価値観や世界秩序に異議を申し立て、「アメリカ・ファースト」というポピュリズムを掲げるトランプ大統領の姿勢は、1930年代の内向きになっていたアメリカの姿を思い起こさせる。

 まさに世界恐慌直後、1930年代の世界経済は、イギリスが衰退し、アメリカがリーダーとしての自覚を持てずにいる間にコントロールを失い、大混乱が起きた。その結果、アメリカも欧州諸国もますます内向きになり、ポピュリズムや全体主義が世界を席巻した。

 経済の「効率性」を高めるという点からみれば、米中などが自国ファーストを掲げて関税引き上げ競争をする世界よりも、自由でグローバルな市場経済システムの方が望ましいことは明らかだ。しかしグローバル経済に対する反発がこれほど高まるのは、やはり「公平性」の面で問題があるからだ。1930年代も現在も、人々の経済的な格差の拡大が巨大な政治的不満につながっている。

 1930年代の混乱の後、格差を解消する方法として普及したのが、財政政策によって人々の所得を再分配するという政府介入だ。それは社会保障政策として制度化された。そして、そのような政府介入による格差縮小を理論的に正当化したのがケインズ経済学だった。

 しかし、20世紀に盛んに行われた財政政策による所得再分配は、先進諸国で政府債務の膨張を招き、財政の持続性を危うくした。その結果、ケインズ政策にブレーキがかかり、ITなどの技術革新と相まって、世界中で格差が再び拡大することになった。

 格差の縮小を目指す財政政策は、それだけでは借金の誘惑に負けて、巨大な政府債務という将来世代のコストを作り出す。これが20世紀の教訓だった。したがって、いま格差が問題だからといって、単に再びケインズ政策をやればいいということにはならない。

 トランプ的なポピュリズムに流されず、自由な経済システムが正当性を取り戻すためには、新しい「時間の経済学」が必要なのではないか。つまり、同時代の中での格差を縮小するだけではなく、時間軸を通じて将来世代への負担の先送りをしない、という結論を導き出す新しい政策理念が必要なのである。

 時間が経てば、貧富などの人々の境遇は入れ替わる。自分自身だけではなく、子や孫の世代まで考えれば、境遇の不確実性はさらに高くなる。将来世代になったつもりで思考することで、様々な境遇変化の可能性を共有する者同士として、時間軸を通じた社会の一体感を再生できるかもしれない。実際、ある自治体での住民討論の実験では、数十年後の将来世代の立場に立って議論するだけで、人々の意見は未来志向に変化した。

 同時代の経済格差を縮小する社会保障政策を行いながら、将来世代への負担の先送り(政府債務)を増やさないためにはどうすればいいか。答えは意外に単純かもしれない。たとえば、将来世代の利益代表を任務とする中立機関を創設するというようなことである。

 1930年代の経験から、同時代の人々の連帯を生み出したのがケインズ経済学やリベラルな政治思想だったとすると、トランプ時代には、時間軸を通じた人々の連帯を生み出す思想が必要なのである。


同シリーズコラム

小林 慶一郎 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

小林 慶一郎 その他コラム・メディア掲載/論文・レポートをもっと見る

マクロ経済 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

コラム・論文一覧へもどる