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2019.10.07

【人類世の地球環境】グランドキャニオンの生き物たち

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM 2019年9月号に掲載

  • 杉山 大志
  • 研究主幹
    杉山 大志
  • [研究分野]
    資源・エネルギー、環境

 会議で行ったサンフランシスコから足を延ばして、米国のグランドキャニオン、モニュメントバレー、セドナといった大峡谷地帯を巡ってきた。ここは切り立った断崖絶壁が織りなす奇観が名物で、世界遺産にもなっている。

 砂漠の真夏の朝はひんやり気持ちが良い。快晴にも恵まれ朝焼けを眺めていると、チーッ、と聞きなれた声がした。ツバメだ。東京で見るツバメよりは一回り小さい。やはり季節とともに移動するそうだ。ツバメは舞い降りて虫をついばみ、高い断崖の窪みの巣に戻る。ここなら雛が天敵に襲われることもないだろう。

 この光景を、どこかで見た。そう、東京のピル群に似ている。

 人間の作ったビルは、ツバメにとってはありがたい断崖である。そこに巣を作り、舞い降りて虫をついばみ、戻る。ツバメはもともと自然の断崖に住んでいたのが、人類と共に繁栄して、今や世界中の都市に分布している。

 そう思って大峡谷を眺めていると、天然の巨大なビル群に見えてきた。東京はよくコンクリート・ジャングルと言われるが、コンクリート・キャニオンと呼んだ方が生態学的に正しそうだ。

 しばらくすると、頭上はるか高くを大きい烏が舞い出した。あっ、コンドルか、ちょっと小さいからイーグルか、と思ったらだんだん降りてきて、このイーグルはカア~、と鳴いた。何だ、カラスか。

 何だと言うと失礼か。カラスも人間と共に繁栄している身近な友達だ。それにしてもどこから来たのだろう。長い長いドライブ途中に車が高みに上った時、カラスになったつもりで遠くを見やる。すると、人里離れた荒野でも、数十キロごとに町が飛び石のようにあり、それを辿って大峡谷のような奥地まで都市から飛んで行けることが分かる。カラスは人間の食べ物の分け前に預かる能力に長けている。特にゴミあさりが得意技なので嫌われるのだが、生態学的に見れば、人間と共に繁栄してきた仲間だ。とは言え、カラスには一方的に分け前を取られているようで、何もこちらはお世話になっていない気がするから、共生でなく寄生と言うべきか。

 さて、カラスは頭上をぐるぐる回っている。ハタと気が付いたが、明らかに私の食べているサンドイツチが狙われている。そう言えば、私がいるホテルのベランダは、どこもかしこも昨夜酔っ払いが食い散らかしたポテトチップやポップコーンの食べかすだらけだ。何のことはない、自分らがカラスを呼んでいたわけだ。もっとも、私が落としたチリペッパー味まで食べるかどうかは知らないが。ここのカラスなら激辛にも適応しているかも。

 そう思うと、さっきのツバメも俄かに怪しくなってきた。本当にもともと大峡谷にいたのだろうか。都市から大峡谷に季節的に出稼ぎに来ているだけかもしれない。

 それにしても、この断崖の奇観はどうしてできたのか。グランドキャニオンには、2億7,000万年前から何と18億年前までの地層が標高差1,600メートルにわたって重なる。石灰岩は、ここが海底にあった時代に形成されたもので、浸食されて断崖を成す。これが奇観の主役だ。ただそれだけでなく、景色がダイナミックな変化に富むのは、石灰岩地層の合聞に、他の地層があるからだ。海底で泥が堆積した場合には、パラパラと平面状に剥がれやすい劈開性のある頁岩(本当にページみたいに剥がれる。英語ではシエールという)という泥岩になる(これには有機物も多く含まれることがあり、いわゆるシエールオイルやシエールガスが生成される)。砂岩はここが砂漠だった時代に堆積したもの。頁岩と砂岩は、石灰岩より柔らかいので、斜面を作る。これが石灰岩の柱を何層にも分け、奇観を呈する。

 ここの特徴は、過去18億年にもわたる地層が、数百キロ四方という広範囲にわたってほぼ水平のまま隆起沈降を繰り返し、現在に至っていることだ。隆起して地上に出ると浸食を受け、地質学的な時間で言えば一瞬のうちに真っ平になる。砂漠になれば砂岩ができる。沈降して海底になると堆積で泥岩ができるか、ないしはサンゴ礁や貝等の殻のある生物の活動で石灰岩ができる。

 グランドキャニオンの付近は6,500万年前くらいから隆起を始めた。それを過去数百万年にわたってコロラド川が削り、今の奇観になった。つまり、このグランドキャニオンの景観は、地質学的にはつい最近できたものだ。これからどうなるかはモニュメントバレー、セドナなど近所の地形を見れば分かる。すぐに浸食が進み、谷底はV字ではなくて盆地になるのだろう。

 眼下に広がる十重二十重の石灰岩の柱。これはすべて生物が作った。そう思って眺めると、カンブリア大爆発以降、殻を持った無数の小動物たちの巨大な墓碑に見えてきた。


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