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2019.05.07

【人類世の地球環境】ひろがる新啓蒙思想

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM 2019年4月号に掲載

  • 杉山 大志
  • 研究主幹
    杉山 大志
  • [研究分野]
    資源・エネルギー、環境

 今、世界には新しい思想が現れている。名前すらまだ確定しておらず、合理主義、楽観主義など様々な呼び方がされているけれども、間違いなく1つの潮流がある。

 それは、過去に人類が進歩したことをデータで確認し、将来についても進歩が必然的に起こることを理解し、結果については楽観して前向きに取り組もう、というもの。

 今回は、この新しい思想を担う思想家たちと著作の系譜を、読書ガイド風に辿ってみよう。環境問題はもちろんのこと、これからの日本の諸課題を考えるための足場になる。

 「地球環境には危機が迫っている」 とよく言われる。しかし、これは本当だろうか。将来については悲観するのが賢いと思われる風潮があるが、妥当なのだろうか。

 悲観論は昔からあった。しかし実際のところは、過去数世紀にわたる統計を見ると、環境は改善し、人々の暮らしは快適になった。大気汚染は減り、水質はきれいになり、廃棄物は管理されるようになった。栄養状態は良くなり、寿命は延び、健康状態は良くなった。労働時間は減り、教育が受けられるようになった。経済的に豊かになるにつれ、政治や社会も改善した。暴力は減り、基本的人権は多くの国で保障されるようになり、戦争による死者も減った。これらすべては、技術進歩と経済成長の賜物である。

 このうち、まず環境と衛生の改善については、ビョルン・ロンボルグが『環境危機をあおってはいけない(原題:The Skeptical Environmentalist) 』 によって、あらゆるデータをまとめた(以下、英文の原題に著者の主張が凝縮されて示されているので併記する)。スティーブン・ピンカーは、『暴力の人類史(The Better Angels of Our Nature :Why Violence Has Declined) 』 で、暴力が減り、戦争が減っていることをまとめた。マット・リドレーは、『繁栄-明日を切り拓くための人類10万年史(The Rational Optimist) 』 および『進化は万能である(The Evolution of Everything) 』 で、過去10万年間の技術進歩によって、様々な社会的課題が解決されてきたことを示した。

 過去に技術進歩と経済成長によって世界が良くなったということは、将来についても楽観する理由になる。そのような楽観論は多くあるが、例えばケヴイン・ケリーが『テクニウム(What Technology Wants) 』、『インターネットの次に来るもの(The Inevitable : Understanding the 12 Technological Forces That Will Shape Our Future) 』 にまとめた。

 環境については、人間活動によって壊れる脆弱なものであるという旧来の認識が覆され、環境は人間活動と共に進化する強靭なものだという認識が広がっている。この見方の嚆矢(こうし)はスチュアート・ブランドによる『地球の論点-現実的な環境主義者のマニフェスト(Whole Earth Discipline: An Ecopragmatist Manifesto) 』 であった。ブランドは、合理的な思考によって、人類は上手く地球をガーデニングできるとした。また近年になって、クリス・トマスは『なぜわれわれは外来生物を受け入れる必要があるのか(Inheritors of the Earth) 』で、地球温暖化などの人類による攪乱で生態系は変化するが、しかし、生態系はしたたかに対応するので、全体として生態系の豊かさが失われることはないとしている。

 人類の将来について楽観するピンカーとリドレーは、悲観論者のグラッドウェルとボトンを相手に『人類は絶滅を逃れられるのか ― 知の最前線が解き明かす明日の世界(Do Humankind's Best Days Lie Ahead?) 』 でディベートし、勝利と判定された。

 そして今、ハンス・ロスリングによる『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』 が、世界で100万部のベストセラーとなり、日本でもよく読まれているようだ。また、ピンカーは最新刊『Enlightenment Now : The Case for Reason,Science,Humanism,and Progress 』 を著した。これはまもなく邦訳され、日本でも注目されるだろう。いずれも、世界が良くなってきたことを、データを基に語るというスタイルだ。このピンカーの新刊のタイトルが、新しい思想の名前を「新啓蒙思想」に決するかもしれないと筆者は勝手に思っている。

 もちろん過去に進歩したからといって、将来もそうだという保障はない。だが、結果については楽観する方が妥当である。過去にも様々なリスクがあったものの、それに賢明に対処したおかげで今日の社会があるのだから。むやみに悲観的にならず、自信を持って課題に取り組めば、これまでずっとそうだったように、将来もきっと良くなる。新啓蒙思想は、我々にそう教えている。


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