外交・安保カレンダー(5月11-17日)

 筆者の"big brother"、mentorでありrole modelでもあった岡本行夫氏が亡くなった。今も信じられない気持ちに変わりはない。出会いはアラビア語研修時代のエジプト、彼は研修指導官だった。筆者が外務省退職の際唯一相談したのも岡本さんだった。筆者の思いは今週の産経新聞とJapanTimesに書いた。ご一読願えれば幸いである。

 「針小棒大」という言葉がある。意味は「些細な物事を大袈裟に誇張すること」だが、ネット上ではこの種の「トンデモ」陰謀論が依然として垂れ流されている。やれ米国情報筋の話だとか、○○watcherの間で囁かれている内部情報はこうだとか・・・。この種の怪しげな「インテリジェンス」物語に決して惑わされてはならない。

 考えてみてほしい。もし貴方が諜報機関の分析者や工作員なら、「虎の子」の機密情報を外部に漏らすだろうか。通常はあり得ない。それでも流す場合は意図的な観測気球かdisinformationだろう。●IAはこう見ているなどと吹聴する人々の情報源は真の工作員への情報提供者への「下請け」情報提供者か、ネット上のガセネタだろう。

 今回のようなパンデミックの際は通常以上に夥しい量の噂話、不確実情報、非友好国のdisinformation、友好国の対外プロパガンダが何度も何度も拡散されていく。これらを一つ一つ吟味していくことなど不可能に近い。ではどうするか。今一番大事なことは情報分析の基本中の基本、すなわち「公開情報を丹念に読み込む」ことに尽きる。

 その上で、「あり得る全ての仮説をマトリックスで整理」し、「論理的に蓋然性の高いシナリオから優先順位」を付け、現場からの生情報の分析を行う、これが王道である。こうした作業を個人で行うことは不可能ではないが容易でもないので、通常は組織的にやっている。●IAやKG●などプロの集団はこれを一日24時間やっているのだ。

 さて、今週最も気になったのは米国民の対中感情の変化だ。Pew Research Centerが先月発表した世論調査によれば、「中国にnegative viewを持つ」米国人の割合が66%と史上最悪となり、トランプ政権発足以来20%増えている。これ自体は既に報じられていることだが、改めて数値を見直したら興味深いことが見えてきた。

 2005年から2012年まで「negative view」の割合は概ね30%台だったが、2013年からは50%台となり、2019-20年には60%を超えた。原因はトランプ政権の対中政策の変化と即断するのは容易だ。しかし、より興味深いのは、米国民の対中意識の変化が日本人の対中意識の変化と似たパターンを辿っている可能性があることだ。

 令和元年12月に発表された内閣府の「外交に関する世論調査」によれば、「中国に親しみを感じない」日本人の割合は74.9%で、最悪だった2016年の83.2%よりは改善したものの、1989年以来の50%前後という水準に戻る可能性は当面ない。今の米国は日本でいえば2012年の尖閣事件後に似たような状況にあると筆者は見る。

 2012年の日本と2020年の米国を比較してもあまり意味はない。だが、いずれの場合も中国が急激に自己主張を強め、従来の「韜光養晦(とうこうようかい)」政策から確信犯的に離脱し、対外的により強硬な姿勢を隠そうとしなくなった点で日米のケースは実によく似ている。これまでのパターンから見ると、今後中国が態度を軟化させる可能性は低いだろう。

 ということは、米国の次期大統領が誰になろうと、米国の対中政策が来年以降軟化する可能性も極めて低いということだ。日韓関係でも見た通り、「売り言葉に買い言葉」で二国間関係が徐々に悪化していくのは世の常である。習近平氏が意図的にやっているのか、北京で対外強硬派が台頭しつつあるのか。戦前の日本を思い出す。

 先週書いた通り、世界各地で米国の指導力が低下しつつあることは、今や可能性でも懸念でもなく、もはや現実である。今のように米国の大統領がウイルス問題を大統領選という政治的観点からのみ処理する状況が続けばロシア、中国、イランなどが影響力を拡大し、米国は「不戦敗」となる。その結果、最も困るのは欧州と日本だろう。

〇アジア
 独誌が「1月に習近平がWHOにパンデミック宣言を遅らせるよう自ら要求」なる疑惑を報じた。これも良く出来たdisinformationの可能性が見え隠れする。中国の対WHO圧力は当たり前だろうが、ここまで一国のトップが自ら動くだろうか。勿論真相は不明だが、我々はこれを情報戦の一環と見て情報分析すべきだろう。

〇欧州・ロシア
 プーチン政権が9日開催予定の対ドイツ戦勝式典を延期したが、9月3日の対日戦勝記念日に同様の式典を行う可能性があるという。プーチンも必死だろう。感染者と死亡者の増加が止まらず、国家財政も火の車だ。救いはロシア国民が忍耐強い、というか諦観しているらしいことだ。この際は日本も対ロシア情報戦を強化すべきだろう。

〇中東
 ラマダン月のコロナ感染防止策は国によって成果が異なる。例えば、ヨルダンでは感染者ゼロの日が一週間続き、ウイルス「封じ込め」を宣言したという。これに対し、エジプトでは感染者総数が8500人、死者数も500人を超えたそうだ。同じ中東アラブの国なのに、この違いは一体何故だろう。真相は不明だが、推測は可能である。

 この結果を筆者は「やっぱりね」と思う。ヨルダンは穏健だがしっかりとした警察国家で人口も少ない。しかも、早くから徹底した規制措置を導入していた。これに対し、エジプトは国が広く、人口も巨大、更に国民はなかなか政府の言うことを聞かない「大らか」な人々だ。大都市が多い分だけ、ウイルスの封じ込めも難しいのだろう。

〇南北アメリカ
 トランプ政権の中枢周辺で感染者が増えつつある。ホワイトハウスではようやくスタッフがマスクを付けるようになった。今頃マスクかとは思う。この調子では今後米国で何が起きても驚いてはいけないのだろう。しかも、一定の成果が出て規制を緩和した国では第二波、第三波が起き始めている。やはり一年、二年の長期戦なのだろう。

〇インド亜大陸
 コロナ対策以外に特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。

11日 仏が外出制限の段階的な緩和開始
11-14日 欧州議会本議会(ストラスブール)
11-29日 国連子どもの権利委員会 第84回会合(ジュネーブ)
12日 EU外相理事会(防衛)(ブリュッセル)
12日 EU一般問題理事会(ブリュッセル)
12日 中国4月CPI発表 ・PPI発表
12日 インド3月鉱工業生産指数発表
12日 メキシコ3月鉱工業生産指数発表
12日 米国4月CPI発表
12日 米・大統領予備選挙(ネブラスカ州)
12日 快船1号甲(行雲二号01,02)打ち上げ(甘粛省酒泉衛星発射センター)
13日 ブラジル3月月間小売り調査発表
14日 EU外相理事会(開発)(ブリュッセル)
14日 フランス・マクロン大統領就任3年
14-15日 WTO知的所有権の貿易関連の側面に関する(TRIPS)協定理事会(スイス・ジュネーブ)
15日 米国4月小売売上高統計発表
15日 中国4月固定資産投資、社会消費品小売総額発
17日 ファルコン9(スペースX社スターリンク衛星8 60機)打ち上げ(ケープカナベラル空軍基地)

【来週の予定】
18日 ユーログループ(非公式ユーロ圏財務相会合)(ブリュッセル)
18日 マレーシア連邦議会下院開会・即日閉会
18-19日 WHO 世界保健総会 第73回会合(テレビ会議)
18-19日 EU教育・若年・文化・スポーツ相理事会(ブリュッセル)
19日 EU経済・財務相(ECOFIN)理事会(ブリュッセル)
19日 米・大統領予備選挙(オレゴン州)20日 EU4月CPI発表
20日 欧州中央銀行(ECB)政策理事会(非金融政策)(フランクフルト)
20日 EU4月CPI発表
20日 ブルンジ大統領選
21日 国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)第76回会合(テレビ会議)
21日 ロシア1-4月鉱工業生産指数発表
21日 米・FOMC議事録(FRB)
21日 H-IIBロケット9号機(宇宙ステーション補給機「こうのとり」9号機)打ち上げ(種子島宇宙センター)
22日 WHO 執行理事会 第147回会合(テレビ会議)
22日 メキシコ3月小売・卸売販売指数発表
22日 中国全国人民代表大会・中国人民政治協商会議
22-27日 英連邦首脳会議(ルワンダ・キガリ)
23日ごろ ラマダン終了
23日 米・⺠主党⼤統領予備選挙(ハワイ州)※郵便投票
23-27日ごろ ラマダン明け休暇

(宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)

« 外交・安保カレンダー(4月27日-5月3日) | トップページ | 外交・安保カレンダー(5月18-24日) »

« 外交・安保カレンダー(4月27日-5月3日) | トップページ | 外交・安保カレンダー(5月18-24日) »

アーカイブ