デュポン・サークル便り(4月3日)

 コロナウイルスをめぐる日本の状況は、前回のお便りを書いていた時とはかなり変わってしまいました。お肉券やお魚券など、「配給制?」と一瞬、耳を疑ってしまうような議論が出たり、「各世帯に布製マスク2枚配布」というある意味、とても日本らしい対応策が突如発表されたり、といろいろありますが、個人的に一番ショックだったのは、コメディアンの志村けんさんが、コロナウイルス感染の診断が下りて入院してからわずか1週間余りで肺炎を併発して亡くなってしまったことです。46年もの長きにわたり、日本人にお笑いを提供してきた、「国民的コメディアン」といっても過言ではない志村けんさんの訃報に接したことで、日本でも、外出自粛要請を真剣に受け止める人が増えることを期待したいものです。

 かくいうアメリカでも、状況は日を追うごとに深刻化の一途をたどっています。3月30日から31日にかけて、ワシントンDC、メリーランド州、バージニア州、いわゆる「首都圏」の3州が足並みをそろえて、「不要不急の外出禁止命令」に相当する「stay-at-home order」を知事(ワシントンDCの場合は市長)の権限で出しました。ニューヨークでは相変わらずクイーンズ地区を中心にコロナウイルス感染者数・死亡者数が毎日、急速に増えています。さらにこの1週間余りで、ニューヨークだけではなく、ニューオーリンズ、デトロイト、アトランタのような他の都市でも感染爆発の兆しが見え始め、加えてシカゴ、フィラデルフィア、ボストン、ダラスといった、ニューヨークほどの規模ではないものの、人口が多く、ダウンタウンの人口密度が高い都市で同じような感染爆発が起こる可能性も懸念されるようになりました。バージニア州やメリーランド州でも、感染爆発に備えて、野外病院を設置する場所の選定が完了しています。州によっては州兵に動員がかけられた州もあり、現時点で、全米50州のうち48州が緊急事態宣言を発令、37州で、Stay-at-homeあるいはそれに準じる命令が発令されている状態です。

 そんななか、3月13日にトランプ政権が発表した「コロナウイルス対策自己隔離ガイドライン」の期限が3月28日で切れた後、トランプ大統領がどのような判断をするのかが注目されていました。というのも、3月13日にこのガイドラインを出した時点のトランプ大統領は「イースター(4月12日)の礼拝に全米の教会が信者で満員になったら、それは何と美しい光景だろう」「確かに感染がひどい地域もあるが、全米各地が一律で同じような被害状況ではない」といった発言を記者会見の檀上で連発し、ツイッターでも、様々な外出自粛に関する規制によりアメリカ経済が大きく停滞していることを指して「治療(cure)が病気よりひどい状態を生んではいけない」などの発言を連発していたからです。このため、早ければ4月中旬にも、自宅隔離や、10人以上の集会の禁止などのガイドラインの一部緩和に向けて踏み出すのではないか、という憶測が流れ、懸念をもって受け止められていました。

 ところが、そのような憶測に反して、3月29日に記者会見を行ったトランプ大統領は、3月13日に出したガイドラインを4月30日まで延長する、と発表したのです。あれだけ規制緩和に前のめりになっていたトランプ大統領がこのような決定を行ったことは、かなりの意外感を持って受け止められましたが、3月31日の記者会見で、なぜ、トランプ大統領がそのような決定を最終的にしたのかが明らかになりました。

 ずばり、「時期尚早なガイドラインの緩和をすると、1.5~2百万人のアメリカ人がコロナウイルスにより命を落としかねない」という結論を、ホワイトハウスのコロナウイルス対策タスクフォースが複数のモデルを検討した結果、叩き出したからです。しかも、ガイドラインを全米の全国民が忠実に守ったとしても、10~24万人のアメリカ人がコロナウイルスにより命を落とすリスクがまだ残っている、という結果まで出たことも明らかになりました。こんな数字を突き付けられては、さすがのトランプ大統領も、ガイドライン緩和には慎重にならざるを得なかったのでしょう。しかも、いつもは根拠なく楽観的な発言を繰り返すことでスタッフをひやひやさせているトランプ大統領が、3月31日の記者会見ではいつになく神妙な面持ちで「これからイースターまでの2週間は、アメリカにとって大きな痛みを伴う2週間になることを覚悟してほしい」と呼びかけたのです。「あのトランプでも、事態の深刻さを直視しなければいけないほどの状態だとは・・・・」と、米国内のコロナウイルス感染状況の深刻さが改めて認識される事態となりました。

 そんな状況のアメリカ各地で、ここのところ議論の焦点になっているのは、「essential」の定義です。というのも、ここが非常にアメリカらしいのですが、外出自粛命令の文言そのものは、「essential business以外の事業の一時停止」や「住民のessential な目的以外の外出の禁止」といったところが共通している場合が多いのですが、何をもって「essential」と呼ぶのか、またこの命令をどの程度強制力を持って執行するのか、などは各州でかなりの差があるのです。特に、個人活動を規制する「essential activities」の定義の差はかなりあり、例えば、メリーランド州は、「essential activities」の定義を「食料品などの生活必需品の購入・通院・ウォーキングやジョギング、犬の散歩など、気分転換と運動に必要な外出」などと定義しているのに対して、バージニア州では、「食料品などの生活必需品の購入・通院」はもちろん「気分転換や運動に必要な外出」にウォーキングやジョギングはもちろん、なんと釣りやゴルフも含まれているのです。ゴルフは一組最多4人でラウンドを回るため、「10人以上の集会」には当たらない、というわけです。また、メリーランドがこのような規制の違反者には「罰金をもって対応します」という姿勢なのに対して、バージニア州が罰金などの強制力を伴う執行を宣言しているのは「10人以上が集まる会合の禁止」のみ。さらに、「essential business」に酒屋と銃器・弾薬販売店を入れるべきか否かが、真剣な議論の対象になっているあたりも、アメリカらしさを感じさせます。兎にも角にも、今からイースターまでの2週間が、アメリカのコロナ対策にとっては正念場になりそうです。

 このような中、今年の大統領選はおろか、夏の党大会すら終わっていないのに、気が早いと怒られてしまいそうですが、コロナウイルス対策で全米が騒然とする中、2024年大統領選挙に向けて、二人の政治家が一気に急浮上してきたような気がします。共和党側は、予想されていたことではありますが、マイク・ペンス副大統領。日頃から、トランプ大統領が破天荒な発言を繰り返しているため、地道に副大統領としての職務に励んでいるだけで安定感と「大統領さ」を醸し出し、これまでの副大統領より数倍立派に見えてしまうという得をしているペンス副大統領ですが、今回のコロナ対策で責任者に指名され、タスクフォースを率いていることでさらに存在感が増しています。

 対して民主党は、現在コロナウイルス被害の最前線で、毎日、それこそ火だるまになって対策に奔走しているアンドリュー・クオモNY州知事が急浮上。今、まさにコロナウイルスが爆発的に感染しているクイーンズ地区出身の弁護士出身の同知事は、クリントン政権時代に都市住宅開発長官を務めたあと、ニューヨーク州司法長官に当選。その後知事選に勝利し、現在、知事として3期目を務めています。行政手法が「強硬すぎる」として決して人気が高いとは言えなかったこのクオモ知事、地元がコロナウイルスの震源地と化す中、毎日記者会見を行い、時にはユーモアを交え、時には連邦政府の対応に怒りをあらわにしながら、丁寧に記者の質問に答えつつ、議会の共和党と妥協しながらも次々に物事を決めていく姿勢が「有事に強い指導者」として突如、好感を持って受け止められるようになり、今では、毎日のクオモ州知事の記者会見は高い視聴率を叩き出しています。2001年の9・11テロ事件の際に指導力を発揮して一時は共和党大統領候補か?というところまで人気が出たルドルフ・ジュリアーニ元NY市長を彷彿とさせます。

 このクオモ知事、父親のマリオ・クオモ氏も、過去に3期続けてNY州知事を務めている、2代目政治家で、弟は攻める姿勢のインタビューで人気が高いCNNのアンカーマンの一人であるクリス・クオモ氏です。ちなみに、3月31日は、このクリス・クオモ氏がコロナウイルスに感染したことが判明し、メディアでも大きな話題となりました。もちろん、感染した当の本人は、自宅の地下室で「自己隔離」しながら、そこからウェブでカメラをつなげて引き続き自分の持ち番組の司会を続けるという根性を見せています。

 有事の時は、平時では想像できなかったような政治家が浮上してくるのはよくあることですが、このままでいくと2024年の大統領選はペンスVSクオモの「コロナ対決」なんてことになるかもしれません。


(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 辰巳由紀)

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