デュポン・サークル便り(3月25日)

 日本では一斉休校終了、宝塚劇団の公演再開など、少しずつではありますが、生活が日常に戻りつつあるのとは対照的に、アメリカは、3月13日(金)午後にトランプ大統領が「国家緊急事態宣言」を出して以来、緊張感が日ごとに増しています。私のワシントンDCでの職場、スティムソン・センターをはじめ、DCのシンクタンクは軒なみ公開イベントを中止・延期、職員も全員、在宅勤務が基本となりました。DCでは毎年3月下旬から4月上旬にかけて行われる桜まつりも中止となり、毎年、地元住民と観光客でにぎわうワシントンDCの桜の名所であるタイダル・ベイスンは、今年は、コロナウイルス拡大のリスクを抑えるため、23日(月)から封鎖となっています。

 各州でも、ジムも、プールも軒並み閉館、レストランもテイクアウトかデリバリーのみとなりました。Social Distancing (家族以外の人との間の距離を6フィート以上に保つこと)、Self-quarantine(自己隔離)といった言葉がすっかり毎日の会話の一部となりました。23日(月)にはメリーランド州もバージニア州も、州内のすべての学校(デイケアを除く)を年度が終わる5月下旬~6月上旬まで休校することを決定、共働き家庭に大きな打撃となるのは確実です。連銀の複数回にわたる介入と、経済を回すための金融緩和措置にも関わらず、株価は先物市場を含め、乱高下が続いています。

 トランプ大統領は、先週の国家緊急事態宣言以降この1週間、頻繁にコロナウイルスに関する記者会見を開き続けています。記者会見にはトランプ大統領だけではなく、本件対策の責任者であるマイク・ペンス副大統領、エボラ熱や豚インフルなど、これまでもパンデミックが国外で発生するたびに、メディアに引っ張りだこになっているアンソニー・ファウチ全米伝染病統制センター所長、1980年にエイズが流行し始めた際に陸軍の医官として対応に奔走、一気に知名度を上げた伝染病の専門家であるデボラ・ビルクス博士を含むコロナウイルス対応のためのタスクフォースの主要メンバーが勢ぞろいし、記者団の質問に答えています。

 23日(月)もトランプ大統領を筆頭にしたこのタスクフォースの記者会見があったわけですが、今回の記者会見でトランプ大統領のメンタリティーのシフトを感じました。先週までの記者会見では、トランプ大統領をはじめ、ペンス副大統領、ビルクス博士、ファウチ全米伝染病統制センター所長のいずれの発言を聞いても、「コロナウイルスによる被害は数か月続く」というどんよりしたムードが漂っていました。

 ところが、23日(月)の記者会見でトランプ氏は「我が国は2つのことを同時にできる」と発言。3月13日から15日間という期間で設けられた「自宅待機期間」が終わる3月末をめどに、少しずつ現在の外出規制などを緩和する方向に向けて方針転換したい雰囲気をムンムンと漂わせていました。また、タスクフォースの責任者であるブリックス博士も、世界各国から集まってきているデータを調査した結果、(1)15歳以下の子供の羅患率、致死率は極めて低い、(2)感染した人の80%は自然治癒するなどの傾向がある、と強調しています。また、感染者数が急ピッチで増加しているニューヨーク州、カリフォルニア州、ワシントン州のデータを具体的に上げて、この3州で起きている現象がいかにユニークなものであるかを強調しています。

 特に興味深かったのが、記者会見でブリックス博士が繰り返していた「personal responsibility 」という言葉です。ちょうど23日(月)はランド・ポール上院議員がコロナウイルスに感染したニュースで朝から持ち切りでした。特に、コロナウイルス感染テストを受けた後に、結果を待たずにポール議員が上院のジムを使い、プールで泳いだりしていたことが、一般の国民にはSocial Distancing を励行しておきながら矛盾している、と批判の対象になったのです。この件について「議員の行動は軽率だったとは思わないか」と質問されたブリックス博士は、3月13日の記者会見でホワイトハウスから出たガイドラインの資料を掲げながら「先週、このガイドラインを発表した時に、どうしても仕事に行かなければいけない人たちがいる状況の中で、どのように自分たちの健康を守るかというのは自分でも責任を持って行動しなければならない問題だと言いました。たとえ自分の周りに軽率な行動をとる人がいたとしても、このガイドライン(手洗いの徹底、菌の生存率が高い場所の除菌の徹底、体調の不調を感じた場合の検温)に従えば自分の身を守ることは可能です」と答えたのです。

 トランプ大統領は、2週間前のガイドライン実施以降、米国内の経済活動が停滞していることにいら立っていると報じられています。すでにトランプ大統領の支持層である保守派の間では、自己隔離政策などが経済を直撃していることに対する不満が広がりつつあると言われており、24日にはダン・パトリック・テキサス州副知事が、「米国経済は、現在のような閉鎖に長期間耐えられるようにはできていない」「仕事に戻ろう。普段の生活に戻ろう」と発言したことが報じられています。

 各州が学校の一斉休校、レストラン内での飲食禁止(デリバリーか持ち帰りのみ)などの対策を次々と打ち出す中、この感じだと、トランプ大統領が「感染率が特に高い州を除いて」という例外条項付きで、自己隔離策などの緩和を各州に求める方針を打ち出してもおかしくないなと感じました。

 このような状況の中、ニュースの重要度という観点からは「1にコロナ、2にコロナ、3,4がなくて5に民主党大統領予備選」と化した感のある民主党大統領予備選では、着実にバイデン前副大統領がサンダース上院議員に対するリードを広げています。バイデン前副大統領は、3月17日にイリノイ、フロリダ、アリゾナの3州で行われた予備選のすべてで勝利し、3月23日の時点では、民主党予備選で大統領候補指名を獲得するために必要とされる代議員1,991人中の半数以上を占める1,139人をすでに獲得、サンダース上院議員に獲得代議員数で300人以上の差をつけています。今後、「早く撤退してバイデン支持を表明しろ」という圧力がサンダース陣営にかかるのは必至です。

 そこで気になるのが、リベラル派候補としてサンダース上院議員と支持層を奪い合った結果、大統領選撤退を表明したエリザベス・ウォーレン上院議員の動向です。彼女がバイデン前副大統領への支持を表明すれば、サンダース陣営にとっては、とどめの一撃となるでしょう。逆にウォーレン上院議員にしてみれば、バイデン前副大統領に対する支持表明を出すことで、バイデン陣営に大きな貸しを作ることができ、政策プラットフォームに彼女の意向を反映させるチャンスが大きくなります。それだけでなく、「バイデン政権」の中での彼女自身、そして彼女のスタッフの人事にも影響力を行使することができるわけです。「引き際が肝心」とはいろいろな世界でよく言われますが、早めに大統領選撤退を表明したことで、かえって自分の影響力を増すことに成功したウォーレン議員はまさのその典型でしょう。

 コロナウイルスをめぐるトランプ大統領の動きに民主党予備選と、アメリカ政治は相変わらず盛沢山です。


(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 辰巳由紀)

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