デュポン・サークル便り(11月29日)

 今週のアメリカは11月28日が「米国版お正月」ともいうべき感謝祭の休日のため、ワシントンではどこも、水曜日の午後以降は休暇モードに入り、閑散としてしまった。感謝祭翌日の金曜日は、連邦政府機関はどこも休日である。感謝祭翌日は「ブラック・フライデー」といって、クリスマスに向けた商戦が始まる日で、この日以降、クリスマス直前まで、全米のショッピングモールはどこも、買い物客で溢れかえる。

 そんな休暇モードにみんなが入りつつある27日(水)、トランプ大統領は「2019年香港人権民主化法」への署名だった。香港で抗議活動が始まった6月にマルコ・ルビオ上院議員が提出したこの法案は、ここ数年のワシントンで稀に見る超党派の支持を得た法案で、11月19日に上院で全会一致で可決され、同趣旨の法案を別途すでに可決していた下院も上院案を20日にほぼ全会一致に近い圧倒的多数で再可決し、法律として成立するためには大統領の署名を待つばかりとなっていた。この法案は、香港が中国に1999年に返還されて以来有している「一国二制度」の下で香港が引き続き一定の自由度を保持することを支持することを目的とした法案で、


(1)香港から米国への輸入が、引き続き特別なステータス(注:現在、米中間の通商摩擦により、中国から米国への輸入には高関税が課されているが、香港からの輸入はこの対象から除外されている)を維持することができるかどうかを決めるため、国務省に毎年、香港が中国本土から一定の自由を確保できているかどうかを認定させる


(2)香港の自治制度を弱体化させるような影響を与えた中国人および組織(政府関係者を含む)に対して査証発給制限などの制裁を発動する権限を国務省に与える


(3)香港で当局に不当に逮捕・拘束されたと判断される個人に対しては米国入国のための査証(ビザ)発給を拒否しない


など、中国政府の香港に対する政策に批判が鮮明になっている法案だ。この法案には中国政府も非常に大きな関心を示しており、同法案が上下両院で可決された翌週の24日(月)には、中国外務省がテリー・ブラシダット駐中国米大使を召喚して「内政干渉だ」と抗議をしたほどである。さらにトランプ大統領は同じ27日に催涙ガスやゴム弾など、治安維持のための物資を米企業が中国側に売却しないようにするための措置を規定する法案にも署名しており、これにより、米国が香港でこの5か月あまり抗議活動を続けている民衆の立場を支持する姿勢がより鮮明になった。

 中国政府はすでに、今回の措置を「内政干渉」であるとして激しく反発しており、すでにこの2つの法律に「断固反対」するという声明を出している。

 実は、トランプ大統領は、わずか数日前まで「香港の民衆を支持する」と言う一方で習近平国家主席も「素晴らしい人物だ」と称賛し、これらの法案に署名するかどうかについて言明を避けてきた。この姿勢が、米中通商交渉妥結を目指してあえて融和的な姿勢を中国政府に見せているのではないか、という憶測や、「ディールのためには、人権と民主主義という米国の重要な価値観を犠牲にしているもう一つの例」といった批判を呼んできた。

 気になるのはそのような曖昧な姿勢から一転、感謝祭直前に2法案になぜトランプが署名したのかである。両法案とも、たとえ大統領が拒否権を行使したとしても、拒否権を覆せるだけの圧倒的多数で議会の上下両院で可決されているということをトランプの決断の背景として指摘する報道が多い。たしかに「無理して拒否権を行使しても無駄」という票数も理由の一つではあるだろうが、おそらく最も重要なファクターではないだろう。なぜなら、拒否権を行使せずに、署名待ちの両法案に対して、何もアクションを取らないこれまでの姿勢を続けることも十分に可能だったはずだからだ。それをせずに、わざわざ法案に署名するという決断をしたトランプの頭の中は一体どうなっているのか。27日に2法案に署名した後、トランプ大統領は法案には「習主席と香港人民の両方に対する敬意から」署名した、というよくわかるようなわからないような声明を出している。大統領選挙が年明けに本格化する前に中国との通商交渉で「ディール」を取りたいというのがトランプ大統領の本音だろうが、人権問題に敏感な政権内のキリスト教右派、対中強硬論者のペンス副大統領に説得されたか。あるいは、合意に持ち込めそうにないと踏んで、署名に踏み切ったか。理由はどうあれ、来年に大統領選挙を控えたトランプ政権が今後、中国とどのように付き合っていくのかを見る上で、また一つ興味深い視点を提供することになった。

(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 辰巳由紀)

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