DC道場フェロー・レポート(下院編・11月18日)

 「アメリカの東海岸の秋は、本当に美しいですよ。存分に楽しんできて下さい。」
私の初めてのワシントンDC行に際し、ニューヨークに留学経験をお持ちのさる貴顕の御方は、そういって送り出して下さった。10月後半から11月の初めにかけての木々の紅葉は、その言に違わず真に美しい。首都DCから少し車を走らせるだけで、ハイウェイの周囲には自然豊かな景観が広がり、青く澄み渡る秋の空と果てしなく続く紅葉のコントラストは何とも言えず心地よい。ボルティモアまで足を延ばせば、広大で豊かな緑の中にエレガントな建物が点在するジョンズ・ホプキンス大学の美しいキャンパスや、古くから栄える情緒豊かな港町を堪能できる。ジョージ・ワシントンの終の棲家であった緑溢れるマウントバーノンの丘からは、陽光が優しく照り映えるポトマック川と、その対岸の紅葉に燃え盛る広大な森林が広がっている様子を一望できる。そんな美しい秋も、まさに通り過ぎなんとしている。舞い散る枯葉をカサカサと踏みしめながら街路樹を見上げれば、既にどれも殆ど葉を散らしており、DCも愈々冬支度に入るようだ。最近は、深呼吸をするのがためらわれるほどに、朝の風が冷たい。これからの寒い季節を、人々は感謝祭やクリスマスの準備をしながら楽しむ。そして街中がそわそわと賑わい始めた様子を横目に眺めながら、私のDC道場での修行が終わろうとしている。つまり、この駄文を書き連ねるのも、今号で最後ということである。「情報活動は錯誤の葬列」という言葉があったが、差し詰め当ブログ(下院編)は「駄文の葬列」であろう。ごく稀に読んで下さる方々がいらっしゃるが、我慢してお読み頂いたことに、心から感謝申し上げる。


日本において政治任用制度をどう構築・活用していくかという問題意識から始まったこのDC道場であるが、政治任用制度が当たり前のように機能する米国の政治システムそのもの、さらにはその背景となる米国人の思考法、そして米国とどう向き合っていくのかというところまで興味の幅が広がり、自分の好奇心を満たしたいという手前勝手な一存でもって様々な人々と会ってきた。大雑把に言って、政治任用経験者、外交問題(対日本・中国)の専門家、米国政治の専門家、セキュリティ(インテリジェンス、カウンターテロリズム、安全保障)の専門家の4種類の方々にお会いできた。政治任用経験者については道下さん・辰巳さんの手引きによって、非常に素晴らしい方々にお話を伺うことができたし、下院議員のスタッフというポジションのお蔭で、他の領域でも錚々たる経験をお持ちの方々にインタビューを実施することができた。結果として、自身の対米観を形成するのに役立ったし、これからもっと深く掘っていきたい領域もはっきりした。


 先の大戦に敗れて以来、日本は良くも悪くも米国に追随してきた。大戦後に現出した冷戦構造の中で、ユーラシア大陸の東側を抑える砦の役割を担ってきた。試しに世界地図を回転させて、日本列島が上に、中国大陸が下になるように見てみる。丁度日本列島が中国大陸に対して蓋をするような形を成しており、太平洋に押し出すのを抑えつけているかのように見える。逆に中国大陸からすれば、米国の西進を食い止める盾として使いたいと思うかもしれない。米国にとって日米同盟の意義とは、こうした地政学上の価値であろうと思う。日本にとって日米同盟の意義とは、何であろうか?中国或いは北朝鮮が軍事的に脅威であるとするならば、確かに米軍の存在は不可欠である。しかし、歴史に学ぶという姿勢で改めて米国の行動パターンを考えると、日米同盟の意味合いが違ったものに思えてくる。米国の行動パターンは、経済を活性化させるための方策が尽きると、大規模な戦争を起こすことで国内景気を回復させ、戦争を起こすときには必ず大義名分を作り出すということだ。自国の利益の為なら、例えばニクソンショックのような貨幣経済の基本を覆すようなこともやってのけるし、原子爆弾を広島・長崎の一般市民を相手に躊躇なく使う国である。真珠湾攻撃を「スニークアタック」として、対日開戦を正当化した国であるが、そもそも1930年代の終り頃から、日本と衝突していた蒋介石の中国国民党を支援するために密かに空軍を送り込んでいる。フライング・タイガースと呼ばれた、米軍機と米軍パイロットで構成された部隊がそれだ。フランクリン・ルーズベルトの承認の下、100名(最終的には70名)の米軍パイロット達は一旦退役してから(任務終了後は軍に戻ることになっていた)、義勇軍という名目で中国大陸に渡った。1941年11月のことである。義勇軍とか軍事顧問団という名目から介入を始めていくやり方は、ベトナム戦争でも同様であった。同年7月には、豊後水道で米軍の巡洋艦3隻による挑発行為もあった(国際法違反)。


 日米同盟とはこのようなパワー・ポリティクスの権化である米国から、日本を守るためにこそあるのではないか。そう考えると「日米同盟は日本外交の基軸」という言葉は、さらに重い響きを帯びてくる。同盟の本質は、このような猛禽の如き国と再び戦うことが無いようにという思いにある。かつて私どもの先祖は、世界最大の軍事大国である米国と死闘を行った。DCから車で一時間程行ったところにあるアナポリスの米海軍兵学校の博物館では、日本との海戦に関するコーナーが充実している。米国海軍史上、最も激しい戦闘を行った相手は日本であり、大戦後の米海軍はこれ程の戦闘をしていない。ハワイの真珠湾には戦艦ミズーリ号が展示されており、右舷には日本海軍特攻隊の零戦が体当たりをした跡がそのまま保存されている。嵐のような弾幕の隙間を縫ってここまで到達したという、鬼神をも哭かしむる壮烈な敢闘精神に胸が抉られるような気持ちになる。搭乗員は第五建武隊の石野節雄二等兵曹であったと言われており、ミズーリ号の艦長はその亡骸を海軍葬で丁重に弔った。強い敵は、尊敬されるのだ。日本が本土決戦を行うかどうかという状況になったとき、米軍は死傷兵に授与するパープルハート章を50万個追加発注している。敗れたりとはいえど、日本はそこまで米国を覚悟させた。人間同士でも、国同士でも、気概を示すということが肝要である。日本人の気概に対し、今でも尊敬と恐怖の入り混じった感情を持つ米国人は多いようだ。このことは、先祖が私どもに残して下さった貴重な遺産であると思う。顧みて現在の我々は、意見の対立があるとき、或いは手を握り合うときに、その場その場に相応しい「気概」を示せているだろうか。


 「親米であるためには、決して従米であってはならない」という趣旨の発言をした日本人の政治家がいた。その政治家の原体験には、かつて米軍の軍人から「主権国家の中に他国の基地が存在することの大変さを、米国の指導層はもっとしっかり認識すべきだ」と言われたことがある。「分かっている人間は、きちんと分かっている。」ということを知っているからこそ、是々非々で話し合うべきという気概を示したのであろう。米国は国家としてはパワー・ポリティクスの権化だが、個々人では理性的な判断をする人は多い。元々、非常に合理的な考えをする米国人である。私が今回会った中でも、原爆について罪の意識を正直に述べる人もいるし、日本に対して言葉遊びではない深い理解を示す人もいる。そんな人々と一人でも多く知り合い、誠実に気概をもって意見を闘わせ、且つ理解しあうということを積み重ねなければならない。国家という単位になれば、どうしたって国の行動は「国益」の確保に焦点を絞ったものにならざるを得ない。個々人の思いと国家としての意志は、往々にして一致しないという不条理が、我々の前には存在する。それでも不条理を承知の上で、シーシュポスの如く倦まず弛まず歩み続けることが大切である。不条理に対して諦めない気概こそが人間存在の証明であると思うし、そこにいざという時のバックチャンネルを確保する可能性が見えてくるのではないか。これから国際政治のバランス・オブ・パワーが変質していくという予測が多い中、地に足の着いた外交・安保を展開しなければならない。


 最後に、今回のDC道場を設定して下さったCIGSの皆様、快くフェローとして受け入れて下さった下院議員とそのスタッフの皆様、インタビューに応じて下さった皆様、共に憂国の思いを分かち合ったDC在住の同胞の皆様、世界銀行少林寺拳法部の皆様、日本から激励やご指導を寄せて下さった皆様、そして「お世話になった方々に差し上げるように」と日本酒や和菓子を日本から届けて下さった皆様に、心から御礼を申し上げます。皆様の思い遣りとご支援によって、とても有意義な経験をすることができました。どれほど多くの方々との関係によって自分が生かされているのか、改めて感じております。皆様から頂いたお気持ちこそが私のかけがえのない財産であることを肝に銘じて、恥ずかしくない生き方をしていきたいと思います。ありがとうございました。(了)

(柄山直樹 PAC道場第2期生)

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