DC道場フェロー・レポート(下院編・11月14日)

 Veterans Dayによって、週末と併せて三連休であった。連休中はマウントバーノンを訪れるなど残り少ないワシントンDC滞在を楽しんでいるが、インタビューも継続して実施している。日曜には、ニューヨークから私を訪ねてきてくれた、滞米18年というブルガリア人の米国政治研究者とお話ができた。これも共通の知人を介しての出会いであるが、ワシントンDCに来てから感じるのはこうした人の縁、或いはコネクションの力である。一般に日本人が抱く米国人のイメージの中でもよくあるのは、米国人は合理的であり、ギブアンドテイクに基づいたドライな関係というイメージだと思う。確かに会ってメリットがあるかどうかというのは大事であるが、人間である以上は泥臭い人間関係がものを言うことは、政治都市・ワシントンDCにおいても同じようだ。これまでインタビューさせて頂いた政治任用職の経験者の方々でも、自ら売り込んだという人もいたが、多くはコネクションの重要性に言及していた。私が初めてDCに来て(米国本土上陸自体が初めてである)、直接の知己は誰もいないにも拘らず多くの方々にインタビューさせて頂けているのは、CIGSの現地スタッフが築いてきた信頼関係のお蔭であり、そこから繋がった下院議員事務所フェローという肩書のお蔭であり、或いはDCに所縁のある日本の先輩・友人等の応援のお蔭である。人間である以上は、人間関係の構築ということが先ず大事であると、切実に感じる。周囲のサポートに、唯々感謝するのみである。

 さて、日曜日に会った研究者は米国人でなくブルガリア人だが、彼も紹介者の言葉を信じてわざわざDCまで足を運んで下さり、恐縮至極である。彼の専門分野は「カーター政権の人権外交」という、ある種マニアックな領域である。半島問題でカーター元大統領が元気に動き回り始めているので、今後彼の研究がその分析に一役買うことになるだろうと思う。米国政治史のパターンを研究することによって、ある種の推測をするという手法を用いるらしく、私のように不勉強な輩にとっては非常に興味深かった。中でも印象的だったのは、「今の状況は第一次世界大戦直前の状況と酷似している」という指摘だ。曰く、「第一次世界大戦直前は、世の中が非常にオープンになっていくという雰囲気があり、自由貿易が推奨され、金融業が経済を席巻して羽振りが良く、誰もが戦争など望んでいなかった。しかし、イギリスという覇権国の力が衰え、他方ではドイツが勢力を伸張していた。結果として大戦が起きた。現在も、自由貿易の議論は賑やかであり、実業よりも金融業が世を席巻しており、そしてアメリカの覇権が衰えて、中国という新たな勢力が経済的にも軍事的にも無視できない存在となってきている。」という。彼は、米国の実態経済の脆弱化は相当に深刻であり、製造業は大方海外に出て行ってしまい、農業もかつてに比べると大分縮小しており、金融業・サービス業のみで何となく回しており、例えばサブプライムローンの様ないい加減なものが庶民の間に普通に蔓延している不健全さ等を挙げ、これから米国の衰退は不可避であると考えている。外資系のコンサルティングファームで勤務した経験から言うと、米国流の経営というのは余所から高給で迎えられたCEOが、自分の任期の間にその待遇を維持するために株主が喜ぶ経営ができれば良い、というものである。株主が喜ぶ経営とは株価(企業価値)の上昇であり、そのために必要なのは財務諸表の内容を良くすることである。てっとり早く財務諸表を改善するには、不採算部門を切り捨てて採算部門のみを確保することになる。そのためには合理化という美名の下にコストカットを励行し、他社の好い部分をM&Aで獲得することが有効であり、経営コンサルティングというのもそのために行われる。会社を愛し、長期的に会社や産業を育てるという発想は、そこに無い。監査法人もCEOに気に入られるためには粉飾決算も厭わないというのは、エンロン事件に見られるとおりである。企業活動という意味では、明らかに米国社会はドライであるようだ。そのツケが、米国の衰退として表れているのであろうと思う。企業価値経営を標榜する実体無きベンチャー企業の胡散臭さを糾弾し、「物言う株主」と言いながら利ザヤ稼ぎしかしないインチキ投資家を許さない日本社会の方が、健全であると言える。

 話を元に戻すが、「では、第一次世界大戦のような大きな戦争が起きる可能性があるのか?」と問うと、彼は「あると思う。」と答えた。彼の見立てでは、次の大規模戦争がもし核を用いるものになるとすれば、可能性としてはパキスタン・インドであろうという。次に可能性の高い地域はイスラエルだというが、パレスチナの人々のための領土確保を目的とするイスラム諸国から先に仕掛けることは無く、やるならイスラエルが先に手を出すと考えている。しかしながら、私が懸念するイランの台頭については、それほどの危機感は持っていない。何故なら、イランの現政権では一向に経済的に楽にならず、そのことにイラン国民の多くは不満を抱いており、反米というお題目についていかないという。中・露によるイラン政権の支援については、「米国がカーター政権時代の1979年にイラン介入に大失敗をしたのと同様、よその国が入っていって上手く統治出来るはずがない」という意見だ。そう言えば、先日出会ったCSIS(戦略国際問題研究所)の研究員も、「オバマ政権を見ていると、カーター政権末期を彷彿とさせる」と言っていた。その他の要因としては、エジプト、サウジアラビア等の親米国家がまだ彼の地域にはあり、米国の石油もサウジアラビアとの関係が有効であれば、当面心配は無いと考えている。これらから考えると、米軍がイラクから撤退したとはいえ、イランが台頭する可能性は低いとの見解である。

 因みに、米国が太平洋地域においてプレゼンスを縮小させる可能性は、非常に低いと観ているそうだ。「人権・民主主義を標榜してそこに存在意義を求めてきた米国が、仮に異なる価値観を持った国家が軍事的に台頭するような事態が起これば、これを看過することはできず、その意味において太平洋におけるプレゼンスの維持、ひいては地政学的に重要な砦となる日本へのコミットメントは変わらないが(勿論、沖縄の基地問題への対応が、影響する)、中国の経済的な覇権は容認するだろう」とのことである。元々アメリカは、ジョージ・ワシントンによる建国の頃から内向きの志向があって、内向きが上手くいかなくなると大義名分をつけて戦争によるブレークスルーを行う。彼の言うとおり歴史は繰り返すとすれば、今後の国際政治における舵取りでは、第二次世界大戦後60年以上続いた思考法を切り替えていかねばならない。私が考えている、資本主義は60~70年ごとにリセットが必要であり、そのリセットは戦争という形になるという見立てと一致する部分が多く、大変興味深かった。「これからの20年間は、要注意」というのが、アメリカ政治を18年間研究し続けている彼の意見であった。日本は一層、アンテナを鋭敏にして国際政治の動向を見極めねばならないが、そのためには世界の各地で信頼できるコネクションをきちんと構築できるかどうかが肝要である。(了)

(柄山直樹 PAC道場第2期生)

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