DC道場フェロー・レポート(上院番外編)

 DC道場・上院フェローとしてのDC滞在も終わりを迎え、最後の週にはウッドローウィルソンセンターで2つの会議に出席した。1つは1970年代前半の朝鮮半島についてのオーラルヒストリー会議であり、もう1つは歴史研究が朝鮮半島の現状分析にどのように役に立つかについての会議であった。

 1つめのオーラルヒストリー会議(10月31~11月1日)では、1970年代に政策決定を担った米韓両国の元政府高官、軍人、外交官、専門家らが参加するなか、各国の研究者がさまざまな側面から当時の事情についてお話を伺った。金日成一家のロシア語家庭教師であり、のちに脱北した金賢植氏も会議に参加しておられた。主要なトピックは、1970年代前半に発生した各種の事態、具体的には黄海における北方限界線(NLL)をめぐる危機、在韓米軍撤退と国連軍司令部解体に関する議論、韓国の核開発、国連における「朝鮮問題」についての南北の攻防、板門店ポプラ事件の顛末などであった。

 歴史研究を行っていると、年に数回、度肝を抜かれるような「目から鱗」の発見をするものである。私はこうした体験を「Wow moment」(=「ワーオ!」と思わせる瞬間)と勝手に名付けているが、今回の会議では、わずか3日間で少なくとも3度の「Wow moment」があった。具体的には、1975年にNLLをめぐる黄海での攻防で韓国の駆逐艦が北朝鮮の漁船を撃沈させた事件の背景、1976年のポプラ事件の背景となった北朝鮮の国内事情、2010年の北朝鮮による延坪島砲撃が事件のはるか前から構想されていたという事実、などである。詳細はウィルソンセンターが作成中の議事録および今回の会議をもとに執筆する自著に譲るが、その内容はまさに驚くべきものであった。

 2つめの会議(11月2日)は、「朝鮮半島の歴史についての研究が、朝鮮半島情勢の現状分析にどのように役に立つか」をテーマとするものであった。興味深かったのは、70年代の韓国による核開発と90年代以降の北朝鮮による核開発を比較すると、いずれに対しても米国が似たような方法(経済制裁による脅迫など)で計画中止の圧力をかけたのであるが、その圧力は韓国には通じたが、北朝鮮には通じなかったという指摘であった。つまり、核を放棄させるための経済制裁は、同盟国に対しては効果的だが、そうでない国に対しては効果がないというのである。皮肉な話ではあるが、これが歴史の教訓なのであろう。

 なお、11月2日の会議はウィルソンセンターのウェブサイトでウェブキャスト版を閲覧できるので、ご関心をお持ちの皆様には是非ご覧いただきたい。

 また、私自身の発表「北朝鮮の挑発行動の類型と今後の行動予測」については、日本語で作成したメモ(北朝鮮の挑発行動の類型と今後の行動予測(道下徳成 2011.11.2).doc)と合わせてウェブキャストを見ていただければ幸いである。(了)

(道下徳成 政策研究大学院大学准教授・PAC道場第1期生)

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