政治家のスタッフの役割:前原政調会長の演説に思う

 9月第1週のLabor Dayの3連休が終わると、いよいよ、夏休みももう終わりだという気持ちになる。連邦議会も夏季休暇を終了して審議を開始、7-8月は観光客以外はひっそりとしていたワシントンDCには活気が戻ってくる。

 そんなLabor Dayの連休直後の9月7日、私の勤め先でもあるスティムソン・センターは日本財団、海洋政策研究財団、笹川平和財団と提携し、「3・11後の日米同盟」と題する公開シンポジウムを行った。基調講演には一時は総理になるかと思われた前原誠司・民主党政調会長。基調講演に続くパネル・ディスカッションでは、添谷芳秀・慶応大教授がモデレーターとなり、塩崎恭久元官房長官、神谷万丈・防衛大教授、シーラ・スミス外交評議会上級研究員、マイケル・グリーンCSIS上級アドバイザー兼ジョージタウン大助教授との4名がパネリストとして出席、東日本大震災への対応が日米同盟に与えた教訓などについて1時間半弱、議論した。非常に盛況なシンポジウムであったのだが、日本の報道を見ていると、演説における前原政調会長の武器輸出三原則や集団的自衛権に関する発言をめぐって与党・民主党内では早くも不協和音が生じているようだ。

 アメリカでは政治家は、自らの発言が最大限の政治的影響力を持つよう、発言の時期を慎重に検討する。発言そのものの内容はもちろん、どのような機会を捉えて行うかについても綿密な政治的計算が働く。例えば、オバマ大統領が総額4000億ドルともいわれる追加景気対策となるAmerican Job Act (米国民の雇用法案)に関する発言をオハイオ州やノースカロライナ州など、ワシントンDCの外で行っている背景には、「ワシントンDC以外の場所」しかも「これまで製造業が産業の主で、経済の低迷の影響を直接受けており」且つ「大統領選挙で重要な州と見なされている」場所でそのような発言をすることで「平均的な米国民のために働く大統領」をアピールする狙いがある。そして、自分の上司の発言が可能な限りの政治的影響力を持つように、「いつ」「何を」「どのように」「どこで」発言するを上司たる政治家と相談しながら考えるのは、政治任用者の重要な役割である。
このような視点から今回の前原政調会長の演説を採点してみよう。彼の演説は確かに米国のアジア政策に関心がある人々の間では「さすがマエハラは戦略的なことを言う」と好評を博した。しかし、この演説を行うことで前原氏が何を目指していたのか、あるいは野田政権が発足したばかりのこの時期に与党である民主党の政調会長がワシントンで講演する、という時期をどのように最大限に利用すべきなのか、について前原氏と彼を支える人の間でしっかりとした議論が行われた形跡はない。

 それどころか肝心の日本では、次の日こそ各新聞が彼の演説について報じ記事にこそなったが、その後、前原氏演説の中で提案した「集団的自衛権の見直し」や「武器輸出三原則の緩和」について議論が広まる気配はない。むしろ、一川新防衛大臣などはこの演説が行われた翌日の9月9日の記者会見でこのことについて尋ねられ、「党の中の防衛、安全保障、外交に関わる分野の部門の皆さん方がおられますから、そういう人達でよく議論をするということが重要でないかと私は思っております。そういう中である程度のものがいろいろと政府側の人間も議論したいということであれば、またその段階で議論を深めていくということになるのではないかと思っております。」となんとも他人事なコメントをしている。前原氏の演説の目的がこれらの問題について、国内で実質的な議論を深めるきっかけを作ることであったとするならば、この演説は「アメリカ人には受けが良かったが、所期の目的は達成できなかった」、つまり失敗であったということだ。むしろ、この講演が民主党内でこれらの問題に対して異なる意見を持つ人の態度を硬化させることとなり、却って議論がしにくくなるような結果になってしまったとすれば、本末転倒である。

 ちなみに、共催者として言わせてもらうと、前原議員の基調講演だけに焦点が当たった報道にはかなり不満が残った。もちろん、基調講演がメイン・イベントなので、そこに関心が集まるのは当たり前なのだが、実は当日、記録的な大雨が降ったにもかかわらず、2百人を超える聴衆が会場のウィラード・ホテルに集まっていた。日本への関心の低下が叫ばれて久しいワシントンで、この人数は画期的な数字なのだ。しかも、私の手元にある出席予定者リストをみると、聴衆の中の日本人と非日本人の割合も3:7で非日本人が多い。日米関係のイベントに行ったら、日本からの駐在員と特派員が聴衆の半分以上を占めていた、なんてことが当たり前のワシントンでは、この聴衆の中の日本人率の低さも非常に珍しいことだ。東日本大震災を契機にワシントンではまだまだ、日本に対する比較的高い関心が続いていること、これは鳩山政権以降、存在感が低下する一方だった日本にとって奇跡に近いことなのだが、そのことを示すこの二つの事実を、日本の新聞社はどこも報じていない。

(辰巳由紀 キヤノングローバル戦略研究所研究員)

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