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2016.04.20

Paulo Nogueira Batista Junior氏講演録 「BRICSの設立した新開発銀行の目的と今後の方針」

  • 小手川 大助
  • 研究主幹
    小手川 大助
  • [研究分野]
    海外情報・ネットワーク

 キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)は2015年12月2日に、シンポジウム「地球規模の公共プロジェクトの必要性とBRICS Bank」を開催しました(モデレーター:小手川大助研究主幹)。これは同シンポジウムでの講演者のひとり、新開発銀行(BRICS銀行) 副総裁パウロ・ノゲイラ・バチスタ・ジュニア氏(Paulo Nogueira Batista Junior, Vice-president of the New Development Bank established by BRICS)の講演録です。



 私は新開発銀行(The New Development Bank: 以下NDB)についてお話をしたいと思います。BRICSの国々でつくったものです。その本部は上海にあります。BRICSは皆さんご存じだと思いますが、ブラジル、ロシア、インド、中国、そして南アフリカです。私は今、上海に住んでおり、NDBの副総裁の一人です。その前は8年間ほどIMFの理事をしておりました。私の母国ブラジルとその他IMFの国々を代表する理事としてワシントンのIMFに行く前は、大学で講師をしていました。

 私がIMFにいたときにはG20のプロセスやBRICSのプロセスにも積極的に関わっておりました。BRICSという言葉は、ゴールドマンサックスのエコノミスト、ジム・オニール氏が創りだした、これらの国々の名前の頭文字を取ったものです。それが政治的な現実になったのはかなり後のことで、BRICSの国々が協働し始め、定期的にいろいろと会合を持つようになった2008年でした。


BRICSの協力関係


 BRICSの国々の協力関係には二つの段階があったと思います。2008年まで、それから2011年まで、そのころまではBRICSは国際的なガバナンスに、G20のプロセスやIMFの枠内で関わってきました。私たちはG20のプロセスを去ったわけでもありませんし、IMFにもまだ入っています。しかし2011年から2012年ころ以降は、ワシントンの制度、あるいは国際的なガバナンスを変えていくという希望が、西側が支配的になっているために、2008年の危機のころに私たちが期待していたよりも非常に低くなってしまったとBRICSは感じたのです。アメリカや欧州などの西側諸国が国際的なガバナンスに重要な変化をもたらすであろうという約束をしてくれました。しかしその約束は実際には果たされませんでした。これは私個人の意見です。ですからBRICSは別の道を歩み始めたのです。

 2012年に、BRICSのリーダーたちはコンティンジェンシー・リザーブという制度と、BRICSの銀行をつくるということに積極的に動いていったわけです。そしてそれが今、上海にあるNDBなのです。

 本日私がお話しすることは、NDBの公式見解ではなくて、私見であることをまずお断りしたいと思います。


新開発銀行(The New Development Bank:NDB)の統治構造とAIIBとの違い


 まずは、NDBの統治構造を説明したいと思います。ある意味それはとても普通の伝統的な構造です。まず、財務大臣で構成される理事会があります。それから、財務副大臣で構成される取締役会があります。彼らはしばしば会合を開きます。今年は7月と11月に開催していますし、次回は1月です。さらにマネジメントチームがあります。そのマネジメントチームはインド人の総裁と残り4か国からひとりずつ計4人の副総裁で構成されており、彼らは上海在勤です。そして現時点で約45名のスタッフがいます。この統治構造は5か国間での政治的な合意に基づき徐々につくられてきています。・・・


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BRICSの設立した新開発銀行の目的と今後の方針(PDF:324KB)


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