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2018.02.05

両角大先輩をおくる

  • 林良造
  • 理事・特別顧問
    林良造

 昨年8月21日に通商産業省の大先輩にあたる両角良彦氏が97歳で亡くなられた。両角氏は、元通商産業事務次官で電源開発の総裁を務められたのみならず、ナポレオン研究者としても広く知られている。

 ただ、私にとっては、何よりも社会人生活を始めて最初にお仕えした局長としての印象があまりに大きい。当時まだ特振法の熱気がのこる省内で、カミソリ両角の異名をとっていたことなどは、京都から出てきて何もわからない私にとってはあまりピンときてはいなかった。ただ厳しい顔つきと優しい目が強烈な印象を残した人であった。

 父と同じ年齢で何らかのやり取りがあったのか、素朴な私を身内のような優しさで見守ってくれたような気がしている。ある時は、疲れ果てて局長室のソファーで寝込んだ時にふと目が覚めると、座って書類を読みながら「まだ寝ていていいんだよ」と言ってくれたり、ある時はご自身の長期の入院生活に触れながら、「君も時々病気になるといいよ、その間に本当に大事なことを考え抜くことができるから」と冗談とも本気ともとれるような話をしてくれた。

 その後数年して、若手経済官僚として独禁法の日本への移植を行った両角先輩が書かれた「競争と独占の話」を、読む機会があった。それは市場競争を経済政策の中に位置づける視点が浮かび上がるものであり、その後先輩がフランス勤務で見たものを加味して経済政策として展開していった官民協調経済・特振法につながっていく原点でもあったように思われる。そのような流れを自分なりに理解した時に、産業振興の政策を情熱・権限・政治などとは別の視点で見つめ、根幹的な政策の理念を抽象的なものではなく経済の実態の中で位置づけることを追求した姿に改めて感激し、自分も将来あのようになりたいとの強烈な憧れをもって役人生活を送ることとなった。

 このような思いは、私にとってはその後現役時代に、反対を押し切った形で休職をしてケネディスクールで教鞭をとるという選択につながり、そこでもう一人の師となったRaymond Vernon教授とともにクラスを持つことができた。Vernon教授はエドワード調査団の一員として安田財閥の解体や戦後の経済政策の確立に携わった、極めて人間味あふれる人であった。そしてやはり市場というものの実体を現実の企業や経済の作用の中に位置づけ、競争の場となる市場と企業行動を鋭く分析する視点を持ち続けた人であった。

 現在、私が、政府と市場の関係を軸とした経済政策と政策決定過程の研究を続ける一方、東京大学の公共政策大学院の立ち上げやキヤノングローバル戦略研究所、明治大学国際総合研究所で日本の改革のための筋の通った政策を提示できるようなシンクタンクを作ることに情熱を傾けてきた原点は、あの時に感じた両角大先輩へのあこがれである。また、その後の日本経済のたどった道を振り返ってみると、市場の力と政府の力がぶつかりまた補完しあうというこのテーマの深みと永続性がみえるような気がしている。

 そして、お別れの際に、奥様にお会いして、そのような思い出と思いをお伝えする機会があった。かくしゃくとした奥様は「そういえば独禁、独禁と言っていましたよ。」と少しうれしそうな顔をされたような気がした。謹んでご冥福をお祈りしたい。