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2015.05.28

寿命の不平等

  • 吉川 洋
  • アドバイザー
    吉川 洋

 昨年初め、パリ・サンジェルマン教会の脇にある本屋に立ち寄った私は、棚にひっそりと立っている1冊の本を見つけた。Thomas Piketty, Le capital au XXIe siècle平積みはなかった。フランス語はほとんど読めない私だが、著者の論文を読んだことがあったことや、タイトルに魅かれパリ土産にこの分厚い本を買った。ほどなくして英訳本が出ると、母国フランスより米国で大ブレーク、著者ピケティは「ロックスター並み」の経済学者となった。今年1月に著者が来日したこともあり日本でも翻訳本がベストセラーとなり、雑誌などメディアで大きく取り上げられたことは周知のとおりである。
 ピケティ現象が生まれた背景は、言うまでもなく世界的に所得分配について関心が高まっていることである。過去30年アメリカでは、異常と言えるほどにトップ1%(あるいは0.1%)の高所得層への富の集中が進んだ。もっとも日本では、ドイツやフランスなど大陸ヨーロッパの国々と同じように、そうした傾向は見られない。むしろ中下層の所得水準にある人たちの「下振れ」が深刻な問題となっている。
 さて、ここで紹介するのは、所得分配の不平等と並んで、ひょっとするとそれ以上にわれわれが注目すべき「寿命の不平等」である。同じ年に生まれても、人それぞれ死ぬときの年齢は異なる。ある年に生まれた人々の寿命のばらつきはどれほどであったのか。それは歴史的にどのように変化してきたのか。この興味深い問いに直接答える統計はない。しかし、ある年に死亡した人々が何歳で死亡したかという統計はあるから、その情報を利用すると、同じ年に生まれた人々の寿命にどれほどのばらつきがあるかが分かる。こうして過去にさかのぼり、「寿命のジニ係数」を計算することができる。
 寿命のジニ係数の歴史はきわめて興味深いものだ(Peltzman, S. "Mortality Inequality," Journal of Economic Perspectives, 23(4), 2009)。古くまでさかのぼることのできる欧米先進諸国のジニ係数は、おおむね同じ動きをしている。1750年から19世紀中葉までは、ジニ係数は0.5ときわめて高かった。これは、今日の所得分配で言えば、不平等度が高いと言われるラテンアメリカ並みの高さである。フランス革命の頃は同じ年に生まれても、長生きする人、短命である人のばらつきがきわめて大きかったのである。しかしその後1850年から1950年までの100年間で、ジニ係数は0.15くらいまで下がった。その後、低下のペースは鈍化したが、2000年には0.1と低下傾向は続いている。今日では寿命の不平等は、所得の不平等よりはるかに小さくなったのである。
 19世紀末には欧米先進国と比べて高い水準にあった後進諸国のジニ係数も、1950年までに顕著に低下した。20世紀前半は世界的に寿命平等化の「黄金時代」であったと言える。しかし、いくつか興味深い事実も散見される。たとえば、旧ソ連では1960年頃まで低下したジニ係数が、驚いたことにその後は上昇に転じているのである。社会主義体制の行き詰まりがこうした統計にも表れている。
 われわれにとって最も関心の高い日本のジニ係数は、19世紀末0.4程度だったが、1920年代初頭まではまったく低下がみられず、若干であるが上昇すらした。顕著な低下はわが国の場合、戦後に生じた。寿命のジニ係数からみても、戦前の日本社会は大きな問題を抱えた社会であったと考えられる。

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