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2018.08.02

米イラン関係は言葉の格闘技

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年8月2日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 一国の大統領の言葉はかくも野卑で軽いのか。7月22日トランプ氏のツイートを読んで改めてこう思った。米大統領の言動はもっと知的で洗練され、成熟しているはずだが、彼はこう言い放った。

 「イランは二度と米国を脅迫するな。さもないと史上例のないような報いを受けることになるぞ。気を付けろ!」

 大統領だけではない。ペンス副大統領も4日後、同盟国についてこう演説した。「トルコは拘束している米国人牧師を解放せよ。さもないと報いを受けることになる」

 ペンス、お前もか! と言いたいところだが、彼は大統領の指示で動いたはず。トランプ氏も直前のロウハニ・イラン大統領の発言に反応しただけだ。彼らの精神年齢の低さには驚くばかり。それではイラン側の発言はどうか。

 「トランプさん、虎の尾を弄べば後悔することになる。...イランとの戦争は全ての戦争の母となることを米国は知るべきだ」

 さらにロウハニ大統領はホルムズ海峡の封鎖に触れ、こうも述べたらしい。「政治の基本を知る者は『イラン原油輸出阻止』などと言わない。イランは歴史上常にその水路の保護者であったからだ...」

 イラン最高指導者もイラン原油輸出が止まれば海峡封鎖も辞さないとのロウハニ大統領の発言を支持した。売り言葉に買い言葉とはこのことだが、米国とイランの対立は今後もエスカレートしていくのだろう。一部にトランプ氏の米国はイランとの軍事対決も辞さないと見る向きもあるようだが、筆者は楽観的だ。

 理由は2つある。第1は、両国間の対立が言葉の格闘技の域を超え物理的格闘に至る可能性は低いと思うからだ。

 イランは米軍の強さを正確に理解している。一方米側もイランが中東での米国の勝利を阻止する力を持つことは十分分かっている。こうした相互抑止が働く以上、米イラン間では当面、言葉の格闘技が続くだろう。それでは今回のラウンドはどうだったか。語彙の貧困な米国大統領は「報いを受けるぞ、気を付けろ」などの脅迫を繰り返すだけ。これに対し、イラン大統領は「全ての戦争の母」なる表現で応じた。どっちもどっちという気もするが、あえて言えば今回はイラン側優勢だ。

 「全ての××の母」なる表現はイスラム教の聖典コーランに源を持つ由緒ある慣用句で、中東地域で頻繁に使われているらしい。中でも同表現を有名にしたのは、1991年1月の湾岸戦争開戦直前、今次戦闘は「全ての戦闘の母」と述べたフセイン・イラク大統領だ。実は、米軍もこの表現が気に入ったらしく、昨年アフガニスタンで超大型爆弾を投下した際、米空軍は当該爆弾を「全ての爆弾の母」と呼んでいたそうだ。

 米イラン関係が険悪化しない第2の理由はイラン側があえてホルムズ海峡封鎖に言及したことだ。一部にはイランの海峡封鎖を懸念する向きもあるが、筆者はまずあり得ないと思っている。そんなことをすれば、直ちに米国と湾岸アラブ同盟国の海軍がホルムズ海峡を逆封鎖し、イラン向けの原油タンカーだけ通航不能となるだけだからだ。

 最近のイラン海軍の能力向上は著しいが、それでも現時点で米海軍の敵ではない。1980年イラン・イラク戦争勃発時、筆者はエジプトでアラビア語研修中であり、2年後にはイラクに在勤した。当時からホルムズ海峡封鎖は外務本省の最大関心事だった。あれから40年弱、イランが自殺行為となる海峡封鎖を試みたことは一度もない。

 されば、当面、米イラン間で言葉のボクシングが続くのだろう。トランプ、ロウハニ両氏には、次ラウンドでも軍事的戦闘ではなく、より気の利いた大人の表現による言葉の格闘技を期待したいものだ。

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